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爆豪くんとの会話でひとつ思い出したことがあった。林間合宿の肝試し中に敵が襲撃した際、轟くんに個性のことを打ち明けた件だ。あの時は事情が事情だったからやむを得なかったけれど、口止めするのをすっかり忘れていたのだ。言いふらすような子ではないと思うけれど、念の為話しておきたかった。それに爆豪くんと同じように彼にもお礼を伝えたかったし。彼がいなければ私は敵の個性で串刺しになっていただろうから。
二度目の敵襲撃という事もあり雄英もかなりバタついていたけれど、今日から通常通り授業が再開(とは言えまだ夏休みだけど)されることになっていた。私も合宿時と同じように飲料やら軽食の運搬係を仰せつかっているので、どこかで轟くんと話すタイミングがあるはず――――そう思っていたのだけれど。
「なまえさん大丈夫だったんですか!?」
「お見舞い行ったのに会えなくて……!すぐ退院しちゃったし!」
「敵に攫われたって聞いてめちゃくちゃ心配しましたよ!」
体育館γに行くや否や生徒たちにわちゃわちゃ囲まれて、轟くんと2人でこっそり会話などできる状態になかった。こんなに心配してもらえるだなんてありがたい話ではあるのだけれど。
「心配かけてごめんね、事情聴取やらで忙しくて」
「つーかなまえさん、あそこからどうやって抜け出したんスか!?なんか瓦礫が、」
切島くんが言い終える前に「ちょっ、ストップ!」と慌てて彼の言葉を遮る。いけない、これもすっかり失念していた。切島くん達が敵のいるあの場に飛び出して来た直後、私は個性を使ったのだ。あの時は逃げるのに必死で何も考えていなかったけれど、そうかあの時の様子もばっちり見られていたのか。
ていうかこの感じだと私が個性を使ったことを既に他の子達にも話しているのでは……?「爆豪は無事助けられたんだね!なまえさんは!?」「なんか瓦礫消したり戻したりしながら逃げてた」といった具合に。うん、大いに有り得る。どうしたものかと焦りが募り始めたその時、ぽんっと誰かの手が頭に乗せられた。
「みょうじはモノを紙に変える個性がある。こちらの事情で無個性で通してもらっていた。それを使ってあの場から抜け出したんだよ」
「えっ……言っちゃっていいんですか!?」
「敵にも知られた今、隠す理由もない。というかもう隠しきれないだろ。そのうち生徒たちの訓練にも活用させてもらうつもりだ」
突然の暴露に戸惑っていると「話は以上だ。訓練に戻れ」と相澤さんはさっさとその場を離れてしまった。生徒たちも混乱の色を浮かべ何か言いたげな顔をしていたが、結局は口を噤んでまた訓練へと戻っていった。きっと相澤さんが怖いのだろう。それはとてもよく分かる。っていうか公表するならするで構わないけれど、予め言ってくれればいいのに。本当いつも急なんだから!
結局轟くんとこっそり話す必要もなくなって、彼には飲み物を運ぶついでに声を掛けた。「合宿の時、助けてくれてありがとう」と言えば「ん……ああ」とあたかも今思い出しました、というようなリアクションをされてしまった。
「助けられてねぇだろ。実際攫われちまったし」
「でも轟くんいなかったらあそこで串刺しになってたよ」
「アンタも無茶するよな。まさか自分より弱ぇ奴に守られるとは思わなかった」
「う゛……あの時はあれが最善だと思ったんだよ……」
「まあ、おかげで無茶される方の気持ちは分かった」
「……あ、あれはだから……轟くんはまだ高校生で、私は大人だからさ……」
轟くんが涼しい顔して痛いところをドスドス付いてくる。嫌味か?いや、きっと素なんだろう。普段の言動もどこか天然っぽいところがあるし。それが分かるから余計に胸がちくちくと痛んだ。
「……アンタ、姉さんに似てる」
「えっ、うそ。嬉しい」
「? 姉さんのこと知ってんのか」
「いや知らないけど。轟くんのお姉さんなら絶対美人さんじゃん」
「あぁ、顔は似てねぇよ。俺が言ってんのは心配性なとことかお節介なとこだ」
「……アッそうですか」
なんだこの複雑な気持ちは。ちょっとテンションが上がってしまった自分が恥ずかしい。なんだかいたたまれなくなって「じゃ、訓練頑張って」とそそくさとその場を離れた。相澤さんの"いつまでくっちゃべってんだ"と言わんばかりの視線も怖かったし。
それから八木さんも体育館にやってきて、生徒たちにアドバイスをして回っていた。彼のお尻のポケットに"すごいバカでも先生になれる!"という本が入れられているのを見た時には思わず吹き出してしまい、八木さんにきょとんとした視線を向けられた。流石に頑張っている人を揶揄う趣味はないので「なんでもないです」と咳払いして誤魔化した。
しかし思いのほかツボってしまい、収まりそうにない笑いに慌てて踵を返し顔を背ける。「うっ、わ」その瞬間、生徒の誰かが破壊したであろう石山さんのセメントの破片に躓いてしまった。――――あ、転ける。
「あっ」と八木さんの驚く声が聞こえて、それからパシっと手を握られた。だけど思わずその手を振りほどいてしまった。今度こそ支えを失った私の身体が地面に崩れ落ちる。
「いっ、たぁ……」
「だっ大丈夫!?」
「ご、ごめんなさい!大丈夫です!」
差し出された八木さんの手には気付かない振りをして、打ち付けた腰を擦りながら自力で起き上がる。彼の手が所在なげにさ迷ったのち、そのままゆるりと降ろされた。申し訳ない気持ちになりながら、私はやっぱりそれに気付かない振りをした。
脳無を紙にしてしまったあの日から、どうにも人に触れるのが怖くて仕方なかった。
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