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今か今かとその帰りを待ちわびていた人は、全ての授業が終わった頃に職員室にやってきた。そう、相澤さんと管さんである。相澤さんはいつも通りの無表情だったが、管さんは見るからにご機嫌な顔をしていた。それぞれの自席に着く前に、管さんが勝ち誇った表情で相澤さんを一瞥したのはきっと気の所為ではない。その様子に、仮免試験の結果を何となく察してしまう。

「爆豪くんと轟くんが落ちた!?」

きっとB組の方が良い結果だったんだろうな、そう思いつつ恐る恐る尋ねた本日の成果は、あまりに予想外のものだった。

「え、嘘でしょ……?B組は?」
「全員合格だ」
「2トップだけ落ちたんですか?」

私の言葉に相澤さんが不機嫌そうに眉を寄せて視線を逸らしたものだから、慌てて「あっごめんなさい」と取り繕う。流石にもう少し言葉を選ぶべきだった。だけどびっくりして思わず口をついて出てしまったのだ。

だって、そんな結果を一体誰が予想できただろうか。なにせ爆豪くんと轟くんは体育祭の優勝者と準優勝者で、尚且つヒーロー事務所からのドラフト指名もぶっちきりの数を獲得した2人なのだ。

「爆豪くんはまぁ……分からなくもないですが。轟くんも?」

爆豪くんは勉強も出来るし戦闘センスだってずば抜けているが、その粗暴な性格はおそらく唯一にして最大の欠点である。それは私の評価などではなく周知の事実だ。敵連合ですらそう認識しているくらいには。本当にヒーロー志望なのかと私もつい最近まで疑っていたくらいだし、仮免試験でもその辺りがマイナス評価だったのかもしれない。

試験の評価基準など私には知る由もないが、いち一般人として言わせてもらえば、単純にあんな口の悪いヒーローは嫌だ。試験の時だけいい子ちゃんでいるようなタイプとも思えないから、きっとありのままで臨んだのだろう。うん、少なくとも私ならマイナスに評価する。

そういう訳で彼の不合格は失礼ながらとても納得がいってしまうのだけれど、まさか轟くんも同じく不合格だなんて。何事も淡々とこなしそうな子なのに。

「試験中に他校の奴と張り合いやがってな……まぁ、追試で挽回してもらうしかない」
「張り合う……?他校の子と?っていうか追試なんてあったんですね」

相澤さんの言葉は到底想像できないもので、疑問符が頭の中を飛び交った。それこそ爆豪くんなら分かる話だけれど、あの轟くんが"他校の奴と張り合う"?そんなに熱い子だっただろうか。とは言え相澤さんが嘘をつくとも思えないので、実際にそういう事があったのは事実なのだろう。どうやら私はまだ轟くんの人となりを理解しきれていなかったらしい。

「2人ならきっと追試で合格してくれますよね」

だって2トップだし、そう思って伝えた言葉には「だといいがな」と深いため息混じりのぼやきが返ってきたのだった。



その日は生徒たちも即解散となったそうで、おかげで私も残業することなく仕事を終えることができた。自室に戻るや否や思う存分ダラダラ過ごし、本当はこのままベッドから動きたくなかったのだけれど、食い物を寄越せと主張を始めた胃袋に負けて寮を出た午後10時。こんな時間に食べるのはよくないと重々承知しているが、それでも空腹には勝てなかった。お風呂の後に外出だなんて、カップラーメンのストックを切らしていたことが大いに悔やまれる。

向かう先は学校から1番近いところにあるコンビニである。割高ではあるけれど、さらにその先にあるスーパーまで向かう気力はなかった。グウと文句を言うお腹を、唯一冷蔵庫にあった炭酸飲料で黙らせながらコンビニまでの道のりを進む。なんと私としたことがお酒も切らしてしまっていたのだ。まぁ仮にあったとしても歩きながらお酒を呑むつもりはないけれど。

「今日はパスタ……いやカツカレーも捨て難い」なんて独りごちながら、最早行きつけとなったコンビニの陳列棚を思い浮かべる。時間的にもカツカレーはなしだな、そう思い至った時、ふと頭上からバサリと大きな音がした。

「こんな時間にお出掛けですか?」

何の音だろう、そう思って見上げたと同時に降ってきた声は初めて聞くものだった。黄色のサングラス越しにぶつかる視線、その背中には闇に溶けそうな深紅の翼。

「えっと……、どちら様ですか、?」
「その反応は新鮮ですね。これでもNO.3のヒーローなんですが」
「え!ごめんなさい、疎くて……」

すとんと地面に降り立ったその人は「ホークスです。初めまして」と人好きのする笑みを浮かべた。

「女性がこんな時間に1人で出歩いてるのはいただけないなぁ」
「……もしかして職質的なやつですか?すみません、コンビニ行ったらすぐ帰るので」
「あぁ、そういう訳じゃないんです。あなたに用があって来たんですよ」

「えっ」と声を漏らす私に、彼はコンビニの方向を指さして「歩きながら話しましょうか」と首をこてんと傾けた。突然の状況に戸惑いながらも、促されるがまま彼の隣を歩く。それから彼は簡単な自己紹介をしてくれた。曰く、福岡を拠点に九州で活動しているヒーローらしい。

私のことは神野の件をきっかけに警察を通じて知ったとのことで、ずっと話す機会を伺っていたそうだ。今日はたまたまこちらに来る用事があって、近くに来たついでにと雄英周辺を飛んでいたら私がいた、とかなんとか。いや、そんな偶然があるのか?何だか胡散臭くて段々怖くなってきた。

「雄英に掛け合ってもらえたらすぐに会えたと思いますけど……」
「いやぁ、敵連合の襲撃もあってぴりぴりしてるでしょ?雄英に言っても門前払いされると思いまして」
「……私に用って、門前払いされるような内容なんですか?」
「あはは、そんなに警戒しないでくださいよ」

それから彼がすっと笑みを消して真面目な顔をするものだから、何を言われるのかと思わず身構えてしまう。

「あなたの力を公安が欲しがっていまして」

「……公安?」聞き返した自分の言葉が、やけに耳に響いた気がした。



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