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ホークスさんとの偶然の出会い(本当に偶然かは少し疑っているけれど)を果たした翌日、私はとある居酒屋の個室で彼と酒を交わしていた。――――いや、どうしてこうなった?

ホークスさんが手配したこの店は居酒屋とは言えどうも高級志向らしい。流石ヒーロー御用達。少人数用の部屋だというのにやけに広い空間にそわそわしながら、私の知っているお通しよりも随分単価の高そうな小鉢をつつく。ちらりと前に投げた視線の先では、ホークスさんがそれはもう美味しそうな顔で焼き鳥を頬張っていた。ていうかお行儀悪いなこの人、肘を着くな肘を。

「……それで、公安がどうのっていう話は、」

食事の感想ばかりで中々本題に入らないことに痺れを切らし、私が先に口を開いた。"あなたの力を公安が欲しがっていまして"数日前の彼の言葉が頭を過ぎる。あの日彼は「まァここでするような話でもないのでまた後日」とすぐに話を切り上げたのだった。ただし雄英には秘密にしておくようにと念を押されて。

曰く「雄英はどうも過保護みたいで。学校だからそういう気質なんでしょうけど、あなたはいい大人ですし。自分のことを勝手に判断されるのも嫌でしょ」とのこと。ホークスさんの言葉にそれもそうだと思い、とりあえずは彼の言う通りにした。確かに雄英は私に関する事柄を勝手に決めてしまうきらいがある(仕事とか家とか)。立場上それは仕方ないとは思うし、私の安全を考えた上での決定だろうから文句を言うつもりはないけれど。だからといって全く不満がないかと言えばそれはまた別の話だ。

「まぁまぁ、その前にちょっとお話しましょうよ。あなたの個性の話を詳しく聞きたいんです」
「……警察から聞いているのでは」
「なんでそう警戒するかなぁ。もちろん聞いてますよ、なんでも紙にしちゃうんですよね。いやぁ、便利な個性だ」
「まぁ、物を運ぶのには重宝してます」
「他にはどんな使い方を?」
「……不燃ごみを可燃ごみにしたり」

ホークスさんはブッと吹き出したのち、笑いを堪えているのか俯いてふるふると肩を揺らした。「いや、めちゃくちゃ便利なんですよこれ。おかげでゴミの分別はしなくていいし、ゴミ袋は一種類しか買わずに済むし」私の弁解が追い打ちとなったらしく、彼は大きな笑い声をあげた。

「はははっ……いやスミマセン。平和的でいいですね。好きですよそういうの」
「褒められてる気がしないんですが」
「やだなぁ、本心ですよ。いいじゃないですか、面倒ですよねゴミの分別」

ウンウン、と頷く彼をじとりと睨む。が、「そんなに怒らないでくださいよ」と、にへらと笑みを向けられただけだった。なんというかこの男、食えない。やり手の営業マンみたいな胡散臭さがある。ホークスさんは手元のサワーをひと口飲んだのち「それで公安のことですけど、」とようやく本題に入った。思わず姿勢がぴんと伸びる。

「その便利な個性を公安の役に立てて欲しいんですって」
「えーと、……それは具体的にどんな風に?物を運ぶだけなら私じゃなくても……」
「死体処理ですよ」
「ブフッ」

思わぬ言葉に今度は私が吹き出す番だった。今この人、死体処理って言った?

「えっ、……え?」
「あぁ、この話は内密でお願いしますね。……まぁなんというか、公安の仕事も色々あるわけですよ。裏の顔と言いますか。要はその証拠隠滅をして欲しいんです。結構大変なんですよ、痕跡もなく死体を処理するって」
「いや……えーっと、そもそもその裏の顔を私に明かしていいんですか?」

思い浮かぶのは、いつかの映画で見た"国家主導で行われている暗殺を主人公が暴く"的なアレだ。あくまでフィクションの域を出なかったような話が突然目の前に落ちてきて、流石に簡単には受け入れられなかった。

もし仮にそれが本当だとしても、普通はごく一部しか知らないような機密情報なのではないだろうか。それをただの一般人である私に言う?益々胡散臭い。

「そりゃあ秘密にしてくれるのが1番ですけど、あなたが漏らしたところで誰が信じるんですか。陰謀論者扱いされて終わりですよ」
「……いや、だとしても……っていうかそんな仕事私にはできませんよ」
「生き物も紙にできるんでしょ?さっきあなたがいった不燃ごみを可燃ごみに……それと同じことですよ。別に殺せって言ってるわけじゃないんですから」
「あー……言葉を変えます。それを聞いて引き受けるわけないでしょ。そんな勧誘の仕方、営業マンとしては失格ですよ」

「営業マン?」とキョトンとする彼に「こっちの話です」と咳払いして誤魔化す。

「まぁ、俺はこの話反対ですから」
「は?」

思わず素っ頓狂な声が漏れる。この人はさっきから一体なんなんだ。どうにも掴みきれないこの男に、段々宇宙人とでも会話しているような気持ちになってくる。

「そういう汚い仕事を一般市民にやらせるなんておかしな話です」
「……誘ってきたのはあなたですけど」
「俺は指示されたから来ただけですよ。俺が断っていれば他の人が派遣されたでしょう。社会をより良くするお手伝いをして欲しい――――とか言って」

曰く、ここで私が断ってもまた別の人が来るだろうとのことだった。そこでどれだけ耳障りのいい話をされようと、結局指示されるのは死体処理の仕事だ、と。つまり彼は、私が公安に唆されないようわざわざ警告に来てくれたらしい。

「話はもう一つあるんです」
「……まだ何かあるんですか。もうお腹いっぱいですよ」
「こっちは興味あると思いますよ。あなた、異世界から来たんですよね?」
「あー……まぁ」

個性の事はまだしも、これまでほとんど触れられてこなかったその話題に思わず口篭る。異世界から来たのは事実だけれど、その言葉の響きはあまり好きではなかった。ようやく馴染んできたこの世界にとって、私は異物であると言われているような気がして。

しかしそんな僅かな不快感なんて簡単に吹き飛ばしてしまう程、続けられた言葉には破壊力があった。

「実はそれ、あなたが初めてじゃないんです」

今までなんの手がかりもなかった元の世界との繋がりを突然差し出され、「えっ」と驚きの声が漏れる。「殆どの人間は知りませんけどね。多分、根津校長も」そう付け加えたホークスさんは、再びサワーに口をつけた。

「私の他にも……?その方は今どこに、」
「ああ、その人がいたのは4年前の話で、もういらっしゃらないんです。俺も一度会ったことがありますが、あとは記録上の話しか知りません」
「元の世界に帰ったんですか?」
「……いえ、自死しました」

その答えになんと言って良いのか分からなくなり、二の句を継げなかった。自殺?どうして?もしかしてそれが唯一の帰る方法だったり――――いや、試す勇気などないけれど。

「理由、とか……聞いても良いですか」
「まぁ病んじゃったんでしょうねぇ。さっきあなたに言った仕事をやっていたんですよ。同じ能力をもっていましたから」

それからホークスさんはぽつりぽつりと詳細を話してくれた。その人は若い男性だったそうだ。その身は公安の預かりとなり、そこで多くの仕事を任されていた。戦う能力はなく、主に事後処理担当として。

私と同じモノを紙にする能力。発動条件は身体のどこかが対象物に触れていること。しかし途中から能力が覚醒したらしく、視界にさえ入っていれば紙化できるようになったという。ただでさえ精神的に不安定だったところに、能力の覚醒によってみるみる内に病んでいったそうだ。そしてある時その男は、仕事を共にしていた公安の人間――――レディ・ナガン(ホークスさんの前任者らしい)にこう言った。

「自分が何者か分かった、って」
「……どういうことですか?」
「さぁ?その翌日に自殺しちゃったらしくて、何も分からずじまいです」
「えぇ……めっちゃ大事なとこ……!」

ほんとですよねぇ、とホークスさんは他人事のように呟いて焼き鳥へと手を伸ばした。こんな重たい話をしながらよく肉なんて食べられるな、とは思うが、仕事柄慣れているのかもしれない。死体処理、なんて簡単に言ってしまうくらいだし。

「その件もあって、あなたが公安と関わることには反対なんですよ」

そう言った彼の真剣な顔は、どこぞの営業マンなどではなく正真正銘ヒーローのものだった。へにゃり、とすぐにまたあの貼り付けたような笑顔に戻ったけれど。胡散臭い印象が少しだけ払拭されたその人に、心の中でこっそり謝罪する。怪しいと思ってごめんなさい。

そして彼から一連の話を聞いて頭に浮かぶのは、先日見た不思議な夢の内容だった。



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