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「テメェもいんなら手伝えや……!」
「えー、無理無理。手伝うなって言われてるし」
ようやく内容の濃すぎた夏休みが終わり、通常授業が始まった2日目。私に課せられた仕事は問題児の監視、つまりは爆豪くんと緑谷くんの見張り役だった。なんとこの2人、仮免試験が終わったその日の夜に大喧嘩したのである。
「なまえさん、脚立ってどこにありますか?」
「本館一階の用務員室。鍵は職員室ね」
「ちょっと遠いな……ごみ捨てのタイミングで取りに行こうかな」
私にこの仕事が任されたのは学校の備品がどこにあるか、その殆どを把握しているからだ。まさか用務員であることがこんなところで役立つとは思わなかった。おかげで普段の仕事とは違い、ただソファに座っているだけで良いのは非常に楽でありがたい。
「一日で皆にかなり遅れをとっちゃったな……。あのっ、なまえさん、勉強教えてもらえたりしませんか!?授業に出る前に予習しておきたくて……!」
「ごめんね、それも無理。自分たちの偏差値いくつだと思ってるの?私に分かるわけない」
「ケッ、正真正銘の馬鹿かよ」
「や、やめろよかっちゃん……!」
「ウッセェ、口動かす暇あんなら手動かせや」
相変わらず喧嘩腰の爆豪くんと、及び腰の緑谷くん。今までと変わらないように見えて、どこか2人を包む雰囲気が柔らかくなったのはきっと気のせいではないだろう。というか爆豪くんの刺々しさが随分解消されたような気がする。仮免に落ちた事が効いたのか、それとも真っ向から喧嘩したことで何かが吹っ切れたのか――――「テメェそっちはやったつっただろーが!!クソナードが!!」いや、やっぱり気のせいかもしれない。
そう簡単に性格は変わらないよね、とつい苦笑いが漏れる。結局いつものようなやりとりを繰り広げる2人を遠目に、頭に浮かぶのは昨日のホークスさんとの会話で。
「ねぇ、ちょっと2人に聞きたいんだけどさ。……個性が覚醒することってあるの?」
「……覚醒?どういうことですか?」
「こう、能力がいきなり強くなるとか、発動条件が緩くなるとか」
「まどろっこしい聞き方しねーで直球で聞けやノータリンが」
「ちょっとかっちゃん言い方、」
「あー……例えば相澤さんが位置さえ把握してれば個性抹消できるようになるとか、芦戸さんが物を酸にできるようになるとか……」
「だから例えじゃなくて何があったか言えっつっとんだ!!」
「今はこうとしか言えないの!」
チッと盛大な舌打ちをした爆豪くんとは対照的に、緑谷くんは顎に手を添えぶつぶつと何やら独り言を唱え始めた。それを見守ること数秒、考えがまとまったらしい緑谷くんがぱっと顔を上げる。
曰く、訓練によって個性の新たな力を引き出せることはあっても、あくまでレベルアップの範疇であり"覚醒"と呼べるものではないとのこと。ただし個性に関しては未知数なところも多く、また時代を追うごとに個性が複雑化・強力化していることもあり所謂"覚醒"現象が起こってもおかしくはない、とのことだった。少なくとも現時点でそういった現象は認められていないそうだ。
彼の答えに納得はするものの、ホークスさんは確かに"覚醒"と言っていた。まぁ、公安なら世間にまだ公表されていない事実を知っていても何らおかしくはない。それこそ"異世界から来た人"を彼が知っていたように。
ホークスさんの言う"覚醒"の瞬間は一体どんな様子だったのだろう。同じ紙化の能力だったと言うのだから、私にもその可能性はあると考えた方が無難だろう。――――見るだけで紙化できるようになっただなんて。なんの前触れもなく個性が強化されたのだろうか、それとも訓練の末に?もしかすると個性が暴走し始めた(それこそ常闇くんの黒影みたいに)なんてこともあったのかもしれない。
もっと詳しく話を聞いておけば良かったと今更ながら後悔した。だけどあの時はあの時で情報量が多すぎて、それらを受け止めるだけで精一杯だったのだ。
もう一度ホークスさんに話を聞くべきかもしれない、そう思い至り自身のスマホに手を伸ばす。昨日の解散前に連絡先を交換していたのだ。「夜、電話してもいいですか?」我ながら簡潔すぎる一文を送信し、再びスマホをポケットに仕舞う。何かと忙しそうな人なので、もしかすると今日の話にはならないかもしれない。だけどできるだけ早く話を聞きたかった。
「……その、なまえさん、何かあったんですか?朝から元気がなさそうですし……」
「え?あぁ、超元気だよ。ちょっと昨日飲みすぎちゃっただけ」
「アル中かよ」
「お酒は好きだけどそこまでじゃありません!」
はぁ、とひとつため息をついて、ソファに背中を預け天井を仰ぐ。相談ついでに胸のわだかまりも少しだけ吐露してしまおうと「たださぁ、」と口を開いた。
「まだ自分の個性について分からないことだらけで、ちょっと参ってるんだよねぇ」
「覚醒ってもしかしてなまえさんの……」
「あぁ、それは別件。ただ、もし私にもそんなことがあったら嫌だなって。今でさえ強力な個性だって言われるけど、正直そこまでのものはいらないっていうか……」
「ええ、すごくいい個性なのに……」
「だって私、ヒーロー目指してる訳でもないからね。便利は便利だけど、必要ないといえば必要ないし」
こんな力を持っているせいで敵連合には狙われるし、死体処理の仕事なんて持ちかけられるし、正直なところデメリットが大きすぎるのだ。ただの凡人なのだから凡人らしい生き方をしたかったのに、この個性がそれを許さない。こんな個性を授かったのも、そもそもこの世界に飛ばされたのも、なぜ私なんだと思わずにはいられなかった。
「なまえさんの個性のことずっと聞きたかったんですけど、どこまで紙にできるんですか?」
「どこまで……?全部、なんでも。固体も液体も気体も、質量も関係なし」
「ええ!?上限は……?」
「なし」
「え!?何でもありじゃないですか!」
「そ。こんなの扱いに困ると思わない?」
「いやでも何でもありで上限もないとなると……」
そう言って再びぶつぶつと独りごち始めた緑谷くん。彼はヒーローオタクだと思っていたけれど、個性オタクでもあるのかもしれない。すっかり自分の世界に入ってしまった彼には苦笑いしかでなかった。すると暫く黙っていた爆豪くんが「つーかテメェ」とようやくその重たい口を開いた。
「その個性、サイズも重量も関係ねぇんだよな」
「うん、ないよ」
「じゃあ例えばビル一棟を紙化したらどうなるんだ」
「え……普通に紙に、」
「違ぇ」と爆豪くんに言葉を遮られる。
「"中身"はどーなんだって聞いとんだ」
「……中身、」
「建物の中身もまとめて紙化できるとなりゃあ、それこそ何でもありだ。紙化する物に触れているものも全部紙化……テメェの場合空気も対象だろ。そう考えると、」
「やめて」
今度は私が爆豪くんの言葉を遮る番だった。彼は顔を顰めつつも二の句を飲み込んだ。緑谷くんも異変に気付いたのか、独り言を止めてこちらに視線を向けたのが分かった。
「……それ、相澤さんには絶対言わないで」
「試したくないから」続けようとした言葉は、喉につっかえて出てこなかった。途端に静寂がこの場を包み、気まずい空気が流れる。だけどそれを気にする余裕はなく、ただ自身の両手に視線を落としじっと見つめることしかできなくて。
「……おいデク、脚立取りいくぞ」
「あっ、待ってよかっちゃん……!」
何も言わずただ私を一人にしてくれたことが今はとてもありがたかった。爆豪くんは口は悪くとも敏感に空気を読める子らしい。それは異を唱えることなく彼に付いて行った緑谷くんもきっと同じで。子どもに気を遣わせるなんて、本当に駄目な大人だ。だけど今はそんなことを気にする余裕もなかった。
――――試したくはない。だけど直感的に"できる"と、そう思ってしまったのだ。
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