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アラームの音で目が覚めて、数分ベッドの中でぼんやり過ごしたのちにもぞもぞと起き上がる。それから数分を無駄にした自分を恨みつつバタバタと朝の支度をして、職員寮から徒歩3分の職員室へと向かった。扉を開ければ既に出勤している先生たちの視線がこちらに集まって、あちこちから「おはよう」と声を掛けられて。それに「おはようございます」と返しながら、職員室へ足を一歩踏み入れる。
そうして足が職員室の床に触れた時、くしゃっと紙を踏みつける音がした。
慌てて足元を見れば、なんと床の一部が紙と化していた。「え、?」と声を漏らしている間にも、足元から伝播していくみたいに職員室がどんどんと紙化していく。机も、本棚も、――――先生たちも。ついには視界が大量の真っ白な紙で埋め尽くされて、
「……ッ! 」
そこで意識が急浮上して、ぱっと目を開くと自室の天井が見えた。慌ててガバリと上体を起こす。
「ハッ、ハッ、ハッ――――」
荒い呼吸を繰り返しながら、心臓がドクドクと激しく脈を打っているのを自覚した。身体が燃えるように熱い。どっと汗が吹き出たのが分かった。
(……夢、か)
額に手を当て深く項垂れて、はぁと大きなため息をつく。ひどく憂鬱な目覚めである。スマホに手を伸ばせば、そこに表示されていた時刻は04:12。起床時間には随分と早いけれど、すっかり目が冴えてしまって二度寝もできそうにない。身体は疲れているはずなのに。
なにせホークスさんとの食事以降、ずっと同じことが続いていたのだ。
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ホークスさんと電話ができたのは、メールを送った翌日のことだった。ヒーローの仕事をこなしながら公安の仕事もしているとなるときっと相当忙しいに違いないから、当日の話にならなかったのも仕方のないことだろう。飄々とした人なので全くそういう風には見えないけれど。
電話口で彼に尋ねたのは2つ。「覚醒はどのような条件下で起こったのか」「レディ・ナガンに会わせてもらえないか」である。
覚醒については本当に突然の出来事だったそうだ。なんでもその男と仲の良かったヒーローが実は裏で悪事を働いており、公安の静粛対象に――――その死体を見て個性が暴走したらしい。辺り一体を紙化したとのことで、近くにいた人も巻き込まれてしまったのだとか。すぐに個性を解除して大事には至らなかったそうだが、その光景を想像しただけで恐ろしかった。
レディ・ナガンについては即答で「無理」と言われてしまった。なんでもその人は現在タルタロスと呼ばれる特殊な拘置所に収容されているらしく、警察やヒーローでさえ面会までいくつもの手続きが必要だとか。男と一緒に行動していたという彼女と話ができればもっと情報が得られると思ったのに。しかし仮に面会できる可能性があったとしても、そんな所に収容されている人と会う勇気などないこともまた事実だった。
ホークスさんから話を聞いたところで結局何も進展していない事実に気が遠くなりそうだ。元の世界への帰り方も分からないし、自分の個性とどう向き合っていいかも分からない。分かったのは私と同じ人生を辿った男は自殺したという事だけ。それならいっそのこと知りたくなかった。"自分が何者か分かった"って一体何なんだ。一般市民だよバカヤロウ、と最早怒りさえ湧いてくる。いや、一般市民と言うには随分と特殊であることは分かっているけれど。
そうやって少しばかり苛々しつつ、相澤さんに頼まれた小テストの丸つけをしていれば自席の内線が鳴り始めた。なにかと思って受話器を取れば相手は相澤さんで「体育館の鍵を持ってきてくれ」とのこと。あれ、今は3年生が赴いてインターンの説明をしているはずなのに。不思議に思いつつも、体育館γの鍵を手に職員室を出た。
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「通形くん対A組……?なんでそんなことに?インターンの説明を頼んでいたんじゃ……」
「通形の提案でな。言葉で説明するより身をもって経験した方が良いだろうとのことだ」
「なるほど……?」
通形くん、天喰くん、波動さんとは1年生ほどでは無いがそれなりに面識がある。私の身体が空いている時に3年生の授業の手伝いをすることもあるからだ。とは言っても「ビック3」と呼ばれる凄い子達という認識でしかないけれど。彼らの訓練を見ても何がどう凄いか具体的なことはさっぱり分からないのだ。所謂素人の「よく分かんないけどスゲー!」というやつである。
そんなこんなで通形くんとA組の対戦が始まって――――僅か数秒でA組の半数以上がバッタバッタとやられてしまった。
「おまえらいい機会だ。しっかりもんでもらえ。その人……通形ミリオは俺の知る限り最もNo.1に近い男だぞ。プロも含めてな」
「えっ、通形くんそんなに凄い子だったんですか……!?」
思わぬ言葉にびっくりしている間に残りの子達もやられてしまった。目にも止まらぬ早さ、とはまさにこのことである。通形くんが消えたり現れたりしているのを目で追うだけで精一杯だった。
「1年生も随分強くなったと思ってましたけど……それでもこんなに実力差があるんですね」
「圧倒的な経験の差があるからな」
「あぁ……インターンではその経験が積めるって話ですか」
「そういうことだ」
勝負がついてすぐに、生徒たちは通形くんの個性について盛り上がりはじめた。「個性が強すぎる」と。私はそんな事を思う暇もなかったのだけれど、言われてみればワープやらすり抜けやら、中々チート級の個性のような――――しかしそれは他でもない本人によって否定された。
「強い個性に"した"んだよね」
何とも不思議なものである。"脅威になり得る"と言われた個性をいらない思う私がいる一方で、血の滲むような努力を経て個性を強いものにした人がいる。
一体、彼と私の何が違うのか。おそらくそれは目指すものがあるかどうか、だろう。通形くんはヒーローになるために自分の持っている力を最大限活かす努力をしたのだ。情けないことに私はここにいる彼らのように"誰かを守るために個性を使う"など、そんな崇高な考えはもてそうになかった。それに伴う危険性まで受け入れる程の強さは持ち合わせていないのだ。そもそも自分の個性すら恐ろしくてたまらないというのに。
――――いっそ脳無にされた方が楽だったのかも
そんな言葉がふと頭を過り、ハッとする。……私、いま何を考えた?無意識の内に湧き上がった考えを、慌てて頭から消し去った。違う、私はそんなこと望んでいない。相澤さんの抹消が効かないこの力が敵連合に渡ってしまったら、一体どれだけの被害が出ることか。そんなこと、許されるはずもない。
……ただ、色んな事が少し煩わしくなってしまっただけだ。
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