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今日も今日とて殆ど眠れず、げっそりした気分でアラームの鳴る時間を迎えてしまった。着実に疲れは溜まっていて、おかげでベッドから起き上がるだけでもしんどかった。なんというか日に日に重力が増している気がする。
重たい体に鞭を打ちながらのそのそと朝の支度を終え、欠伸を噛み殺しながら自室を出る。何かと目敏い先生達の事だから、きっとこの状況にも既に勘付いていることだろう。
昨日なんて色んな先生からお菓子を餌付けされたし、あの相澤さんに「今日は特にやってもらうことはない」と言わせてしまったくらいだ。そうして「寮の掃除でもしてこい」と誰もいない場所へと追いやられたおかげで、電池切れしたみたいにロビーのソファで眠りこけてしまった。一時間程で目が覚めたけれど、それでも幾分か頭がすっきりした。とは言え溜まりに溜まった疲労が取れたかと言われればNOである。勤務中に居眠りしておいて言うことでもないが。
「おはようございまーす」
職員室の扉をがらりと開けて、足を一歩踏み入れる。連日の夢の内容のせいでこの瞬間はいつもどきどきする。こないだは職員室、その次の日は体育館、その次は食堂、会議室……、と言った具合に私は夢の中で色んな場所を落葉の絨毯のような景色へと様変わりさせてきた。真っ白なその景色は落葉と形容するには余りにも無機質だけれど。
床が紙へと変化しないことに内心ホッとして、「おはよう」と返してくれた先生達に会釈しながら自席へと向かう。そこである事に気が付いた。
「あれ……相澤さんは?」
「ナイトアイに招集かけられて今日は出張」
普段なら早くから出勤しているはずの相澤さんの姿がないことに疑問を抱けば、山田さんがすかさずその理由を教えてくれた。招集?出張?初めて聞いたその内容に疑問符が飛ぶ。
「ナイトアイって……たしか緑谷くんのインターン先の、」
「そーそー、緑谷も行ってるはずだぜ。あとはー……麗日、蛙水、切島だっけか」
「ファットガム事務所とリューキュウ事務所……?大きな集まりがあるんですか?」
1年生のインターン先は全て把握している。なにせ少し前までその調整を手伝っていたし、インターンが始まってからは活動報告書のファイリングも任されているからだ。いくらヒーローに疎いとは言え、何度もその名前を見ていれば自然と覚えてしまった。
「ナイトアイ事務所が死穢八斎會っつーヤクザを追ってんだと。それの出動要請。あ、ヤクザは分かる?」
「それはまぁ、向こうにもいますから……っていうか、えっ!?ヤクザ取り締まるのにインターン生まで駆り出されてるんですか!?」
「Non-non!今日は会議だカ・イ・ギ!実際に駆り出されるかはまだ未定」
「……嫌な予感しかしない」
「それはまぁ、分からなくもねぇな」
けろりと言ってのける山田さんにもやもやが渦巻く。どうも私の心配と不安が伝わっていない気がする。この温度差はなんだ。
どうして危険だと分かっているところに子どもを送り込めてしまうのか。先生達が生徒の未来を考え彼らと真剣に向き合っていることは知っている。多分、私なんかよりもずっと。だからこそ余計に彼らの言動が理解できなかった。
齢15.6の少年少女に課す試練にしては些か厳しすぎやしないか。報告書を見る限り、インターンに行った子達はプロヒーローと同じような仕事をこなしている。職場体験では後方支援だったものが、今では前線で敵達と戦っているのだ。
数日前には切島くん、蛙水さん、麗日さんのネットニュースが上がっていた。華々しいデビューを称える記事だったしコメント欄も賞賛の嵐だったけれど、私としては恐ろしくてたまらなかった。
個性強化の違法薬物を使用した敵の捕獲、抗争の中で巨大化した敵2人の制圧。それをやってのけたのはまだ未成年の子どもだ。"頼もしい"?"カッコイイ"?そんなコメントが大多数を占めることに違和感しかない。だけどきっとこの世界ではそれが"普通"の反応なのだろう。私はまだその価値観のギャップに慣れずにいる。
「ただでさえ敵連合の件もあるのに、今度はヤクザですか。皆まだ高校一年生ですよ?……過去にはインターンで亡くなった子もいるんですよね。どうしてそんな、……」
ふと山田さんの表情が曇ったことに気付いて、咄嗟に口を噤む。もしかして触れてはいけない話題だったのだろうか。「イレイザーから聞いたのか」彼の纏う雰囲気ががらりと変わったことに戸惑いながら、彼の問い掛けにこくりと頷く。
「……生徒には違いねぇが……まァ、あれだ、死んだのは俺とイレイザーのダチだ」
「――――えっ、」
「イレイザーと同じインターン先でな。……だからアイツは"そういう事"には誰よりも敏感だ。なまえチャンが不安に思うのも分かるけどよ、そんな奴の判断を信じてやってくれ」
初めて知ったその事実に何も言えなくなってしまい、ふさわしい言葉を求めて視線をさ迷わせる。だけどそんなものは一向に見つかりそうになかった。ただ頭に浮かぶのは、きっとその場に居合わせたであろう相澤さんが何故それでもヒーローを目指すことができたのか、という疑問だ。
「友人が果たせなかった夢を」「生前に交わした約束を」映画やドラマであればそんなところか。だけどフィクションはあくまでフィクションでしかない。もし私がそんな底知れぬ絶望に見舞われたら、友人の命を奪った環境に再び飛び込む気になどなれないだろう。
「……山田さんは、怖くないんですか?――――今度は自分かも、とか」
「そりゃコエーよ!死ぬのが怖くねぇ奴なんざ頭イカれちまった奴くらいだ」
「ただ、」そう言って彼はすっと窓の外へと視線をやった。
「守りきれなかった時の失望感の方が怖ぇ」
その言葉を聞いた途端、目の前にいるはずの彼が酷く遠い所にいるような感覚に陥った。到底飛び越えられそうもない向こう岸に彼が立っているような、それでいてさらにその先を見据えているような、そんな光景が頭に浮かぶ。彼らとは生きる世界が違うのだと、まざまざと見せつけられた瞬間だった。
きっとヒーローとはそういうもので、ネットやテレビを見る限り世間もそれを求めている。いや、当然だと思っていると言った方が良いだろう。――――私には到底受け入れられそうにない。
私の前にこの世界にやってきた男が残した"自分が何者か分かった"という言葉。その真意は知る由もないけれど、これだけは分かる。"自分はこの世界の人間にはなれない"のだと。
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