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嫌な予感とは当たるもので、死穢八斎會の件に結局は生徒も参加することになった。捜査に関することは流石に箝口令が敷かれているのか報告書に書かれることもなく、おかげで彼らが実際に何をしているのかも分からずただ心配だけが募っていく日々を過ごした。
生徒の参加が決定した日、相澤さんにその理由を尋ねれば「ここで引かせたところで勝手に行動する可能性が高いと判断した」との答えが返ってきた。彼のその判断はきっと正しいのだと思う。特に緑谷くんに関しては、神野の事件の日に自ら敵連合の元へ赴いた前科がある。そのお陰で爆豪くんが助かったのも事実だから、頭ごなしにその行動を否定することはできないけれど。
相澤さんが一緒なら、インターン先のヒーローも一緒なら、流石に大丈夫だろうか。少なくとも3つの事務所が関わっているということは、それなりの数のプロがいるはずだ。仮免取り立ての子どもにわざわざ危険な役割を担わせることもしないだろう。だからきっと大丈夫。――――だけど多くのヒーローに協力を要請をしているということは、それだけ大きな事件である証拠なわけで。
結局不安を拭いきれないままに、その日は訪れてしまった。相澤さんは出張で不在。緑谷くん、切島くん、麗日さん、蛙水さんは揃って公欠。おそらく今日が死穢八斎會の元へ乗り込む日なのだろうと、誰に聞かずとも分かってしまった。
「ダイジョーブだって。イレイザーもついてる」
そう言葉を掛けてくれたのは山田さんで、同時に「ほら」と缶コーヒーを差し出された。「ありがとうございます」受け取ったそれを両手で包み込み、じっとプルタブに視線を落とす。これでも飲んで落ち着け、ということなのだろうが、今はそんな気分にはなれなかった。
――――ナイトアイの訃報を聞いたのは、それから数時間後のことだった。
「なまえちゃん、落ち着いて。生徒達の無事は確認できたから」
「深呼吸だシンコキュー!」
「着いて来ないでください……!先生達まで紙にしちゃう」
職員室を出て、足早に校舎の外へと向かう。足を一歩踏み出すごとにクシャッと紙を踏みつける音がした。身体に触れた部分から瞬く間に紙化していくのだ。職員室を出る際には扉も紙にしてしまった。落ち着け、そう思うのに暴走は止まらない。酷く息苦しいのは精神的なものなのか、それとも周りの空気を紙化しているからなのか。涙がぽろぽろ落ちてきて、拭う度にそれも紙に変わっていく。夢で見たものとまさに同じ光景だった。夢に比べ暴走を抑えられているのは不幸中の幸いだ。
「落ち着いたら戻ります。後で紙も元に戻します。今は……本当にごめんなさい」
その言葉に、私を追いかけていた山田さんと香山さんが戸惑いながらも歩みを止める。「後で様子見に行くから!」背中越しに飛んできた声にこくこくと何度も頷いた。
誰もいない場所、紙化しても迷惑が掛からない場所、頭をぐるぐる動かしてどこに向かうべきかを考える。そうして辿り着いたのは、体育祭会場に使われる施設だった。年に一度しか使われないそこは滅多に人が訪れることはない。会場が砂地になっているのも良かった。こちらの世界に来てすぐ、公園で個性が暴発してひたすらに砂を紙化させてしまったことを思い出したのだ。
会場に着いてすぐ、その場にへたりとしゃがみ込んだ。涙が止まらない。個性の暴発も止められない。もうどうしていいか分からなかった。
「っ、うぅ……」
顔も知らない1人のヒーローが死んだ。現場にはたくさんのヒーローがいて、7人もの高校生が駆り出された。いや、相澤さんが言うには本人の意思だそうだから"駆り出された"は語弊があるかもしれないけれど。
相澤さんは10針を縫う怪我、切島くんは全身打撲に裂傷、天喰くんは顔面にヒビ、通形くんに至っては敵の攻撃により無個性にされてしまったのだという。1番心配していた緑谷くんを含め他の生徒は殆ど無傷だそうだけれど、悲惨な現場にいたことには違いない。一歩間違えれば大怪我をしていても、死んでしまってもおかしくはなかった。
現場の様子は先程ニュース速報で映像が流れていた。住宅街の十字路に巨大な穴がぽっかり空いていて、その周りにはパトカーや救急車が何台も停まっていた。そんな光景を目の当たりにしてまず思ったのは「これ本当に日本の話?」ということ。インフラの老朽化や工事中の事故でもなく、内戦や紛争が起こっているわけでもなく――――そうだ、ここは私の知っている世界とは違うのだ。こんなことが出来てしまう個性をもった人間が、普通に街中を歩いている。街の平和を守るために命を落とす人がいる。そんな現場に子どもまで派遣される。私はそんな世界に来てしまったのだ。
「……帰りたい」
かさかさと紙が揺れる音に紛れてそう小さく零す。なんとか個性の暴発を止めるために、この世界で楽しかったことを思い出そうと記憶を手繰り寄せるけれど、頭に浮かぶのは恐ろしかったことばかりで。思い返せば入試も体育祭も、日々の戦闘訓練だって怖かった。最初から恐怖の対象は敵だけじゃなかったのだ。
私はこの世界の正義も悪も到底受け入れられそうにない。
「また随分と散らかしたもんだな」
どこからか聞こえてきた声にはっと顔を上げれば、そこには相澤さんの姿があった。どうやらもう病院から戻ってきたらしい。私がどれくらいここに居たのか分からないけれど、いつの間にか辺り一面が紙でびっしり覆われていた。きっとそれなりの時間が経っているのだろう。
「……相澤さん、私、ひとつ思い出したことがあるんです」
相澤さんは座り込んだ私に視線を合わせるようにしゃがみ込むと「なんだ」と真っ直ぐ私の目を射抜いた。なんとなくそれが気まずくて、逃げるように視線を逸らす。
「前に私が八木さんに似た人をアニメで見たって言ったこと覚えてますか」
「あぁ、言ってたな」
「……ここにくる直前、その漫画を手にしていたんです。すごく酔ってたから忘れてたけど、少し前にその時の夢を見て……」
相澤さんはすっと視線を落とし、思案する表情を見せた。彼が答えに辿り着く前にと口を開く。
「ここは、私にとって漫画の――――紙の世界なんです」
頭のどこかで気付いていたはずなのに、どうして目を逸らし続けていたのか。そんなはずはないと自分に言い聞かせてきたのか。
彼らが生身の人間ではないなんて思えなかったのだ。いや、思いたくなかったと言った方が正しいかもしれない。生徒達の努力を、困難を乗り越え成長していく姿をずっとこの目で見てきたから。彼らと真剣に向き合い、導こうとする先生達を見てきたから。彼らの存在はフィクションと言うにはあまりに現実的で、だけど私の知るリアルとも随分かけ離れていて。
「相澤さん、私……元の世界に帰ります」
やり方は分かっている。全て"あるべき姿"に戻すだけだ。
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