路地裏組と談笑
昼休み終了間際、ようやく仕事に一段落ついたなまえは一人食堂へと向かっていた。他の先生達はまだ仕事に追われていて、午後の授業が始まってからか5限目の授業が終わってからの食事にするつもりらしい。相変わらずブラックな働き方である。
大勢の生徒たちが教室に戻る中、なまえだけがその流れに逆らうように廊下を進んでいく。その途中で轟の姿を見かけた彼女は無意識に「あ、」と声を漏らした。その声に気付いた轟と視線が交わる。
「今から食堂か」
「うん、もうお腹ぺこぺこ。今日の日替わりなんだった?」
「確か唐揚げ定食……」
「唐揚げかー、ありだな」
「轟くんは何にしたの?」と尋ねれば「蕎麦」と簡潔な答えが返ってきた。「渋いね」「そうか?」なんて会話を交わしつつ、なまえは頭の隅で蕎麦はなしだなと結論付ける。如何せん彼女はがっつり系が好きなのだ。
ふとなまえが腕時計を確認すると13:10を指している。昼休み終了まであと10分。まだ話す時間があると分かりなまえは別の話題を口にした。
「そうだ、ちょっと聞きたいんだけどさ。轟くんの個性が出た時ってどんな感じだった?」
先日山田から個性の話を聞いたばかりの彼女は、他の人にもそれを聞いてみたいと思っていたのだ。特に派手な個性の持ち主――――轟はまさに話を聞くのに打って付けだった。
「物心つく前だったから流石に覚えてねぇが……赤ん坊の頃はよく鼻ちょうちんが凍ってたってのは聞いたことある」
「鼻ちょうちんが!?」
思わぬ話になまえはブフッと吹き出した。そしてその光景を思い浮かべたが最後、笑いが止まらなくなった。「嘘でしょ!?」「いや写真も見た」「あははっ」「?」ひいひい笑うなまえに轟は首を傾げる。どうもテンションに温度差のある2人のやりとりに、通り過ぎていく生徒たちがちらりちらりと視線を向ける。何せ廊下で腹を抱えて笑うなまえはそれなりに目立っていた。そこへ食堂帰りの飯田と緑谷が通りかかる。
「轟くん!……と、なまえさんでしたか!珍しい組み合わせですね!」
「向こうまで笑い声が響いてましたよ」
「えっ嘘、恥ずかし!今さ、轟くんの個性が初めて出た時の話聞いてたの。そしたら……ふふっ、鼻ちょうちんが凍ってたって、あははっ」
「はは、器用だね轟くん」
緑谷と飯田もなまえに釣られて笑みを零す。轟の幼少期のエピソードに、というよりも完全にツボに入っているらしいなまえがなんとも可笑しかったのだ。なまえからすれば「轟くんの赤ちゃん時代とか絶対可愛い」「鼻ちょうちんとか何それ」「それが凍ってるとか最早ずるい」と可愛いやら面白いやらで堪らなかったのだ。彼女の目の前できょとんと首を傾げる轟がさらに笑いに拍車をかけていた。もちろん轟はそんなこと知る由もない。
「生で見てみたかったなー、2人は個性出た時どんなだったの?」
「う、あ、僕は最近発現したから……エピソードらしいエピソードは特に、」
「そっか、そうだったね。飯田くんは?」
「生まれた時にはエンジンが付いていたので……ああでも、歩き出した頃は制御できなくてよく転んでいたと両親に聞きました」
「……さらっと言ってるけど結構大変そうだね?」
「壁に激突していたらしいです」
「うわぁ」
「兄も同じ個性なので両親は慣れていたみたいです」の言葉に、なまえはこの世界での子育ての壮絶さを垣間見た気がした。それこそ産声で親の鼓膜を破ったという山田などその典型例だろう。
「アンタはどうだったんだ?個性が発現した時」
「私?私も緑谷くんと同じで最近個性が出たんだけど……公園で暴発してそこら中を紙だらけにしちゃった」
「やべぇな」
「もーほんとビックリだったよ!触るとこ全部紙になっちゃうんだもん」
「それどうなったんだ?」「相澤さんが助けてくれた」と会話を続ける2人に、飯田と緑谷が目を合わせて微笑む。それに気付いたなまえが「どうしたの?」と声を掛けた。
「あ、えと、職場体験後から2人ちょっと距離があるなって思ってたから……」
「仲直りしたならなによりです!」
「別に喧嘩してたわけじゃねぇ」
「ごめんね、心配してくれてたんだ。この通り仲良しだからダイジョーブだよ」
「ねっ」と同意を求めるなまえに轟も「おう」と返す。それに分かりやすくホッとした顔を見せた緑谷と飯田になまえは何だか胸の辺りがむず痒くなって、慌てて「ねぇそれより知ってた?」と山田の個性発現時の話を始めた。彼女よりも山田の個性に詳しい緑谷はサッと顔を青くして、飯田も少し引いたような表情を浮かべる。轟だけが「耳栓があったら良かったな」と少しばかりズレた発言をした。
そんな4人の会話に割り込むように予鈴のチャイムが鳴り響く。
「あっ次相澤先生の授業だ!」
「わ、ごめんね足止めして!じゃあ私は食堂行くから」
「食事まだだったんですね、こちらこそすみません!では行こう、轟くん、緑谷くん!」
「轟くんもう先行ってるよ!」
「何!?」
足早に教室へと向かう3人の背中に「午後も頑張ってねー」と声を掛け、なまえは小さく手を振った。
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