05
全ての試験が終わってどうにか自分の役割も無事に終えた頃、私の頭の中は真っ白になっていた。というか、一つ目の試験会場で既にそんな状態だった。どうやら人は入ってくる情報が許容量を超えると、思考を放棄してしまうものらしい。
「さぁ、誰かに見られる前に戻ろう」
石山さんに促されるままに現場を離れ、建物の裏に隠していた原付に跨る。ちなみに運転は石山さんである。なんとこの原付、埋島さんの手によって改良されているのでシートは2人乗り仕様になっているし最高速度は180kmときた。最早原付とは呼べない代物だが「私有地だから」で全て済まされたのである。
石山さんにしがみつき頬を掠る風の音を聞いていると、この数時間で目にした映像が頭の中を流れていった。まるでゆっくり記憶を整理していくみたいに。まだ幼さを感じさせる中学生達がロボットを次々に破壊していく姿、攻撃を受け負傷する瞬間――――なにより衝撃的だったのは、手足がバキバキに折れてしまったあの男の子だ。
ロボ・インフェルノが出現し皆が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う中、突然とんでもないジャンプを見せたかと思うと、今度はとんでもないパンチを繰り出したのだ。あの巨大ロボを倒す程の強烈な一撃に、私の中の山田さんが「Wooow!!」と叫び声を上げた。そして次はきっと華麗な着地を見せるのだろうと思いきや、ただただ重力に従い無抵抗の姿で落ちていったのだった。
途中ふわふわ浮いていた女の子に助けられたようで、地面に叩きつけられることなく済んだことには心底ほっとした。とは言えその一部始終を見ながら「え!?え、ええ!!……ええええ!?!?」と、それはもう情緒がめちゃくちゃだったけれど。
地面に伏せたまま起き上がる様子のない男の子を見て、というかそのボロボロの姿を見て、私はすっかり取り乱してしまった。隣にいた石山さんに「リカバリーガールがいるから大丈夫」となだめられてなんとか気持ちは落ち着いたものの、冷静に考えれば全然大丈夫じゃないような。
「疲れただろうからゆっくり休んで。お疲れ様」
「お疲れ様でした……」
「俺はまた会場に戻るから」
「分かりました」
そんな会話ののち、先生方が集まっているモニタールームに送り届けられ、出迎えてくれた相澤さんに引き渡された。さながら私は宅配便の荷物である。頭上で「ちょっとショックが大きいみたいです」「そうか」といった会話が交わされるのを、どこか他人事のように聞いていた。
「お疲れさん、どうだった?」
相澤さんの漠然とした問いかけに、色んな思いが湧いてくる。それはもう、どれから話せば良いか分からないくらいには。なんなら「どうって何に対しての"どう"?!」と曖昧すぎる質問にツッコミたいくらいだ。
「仕事は、無事にやり終えましたけど……紛争地域にでも放り込まれたのかと……」
「まぁ実技試験の最中だからな」
「高校入試であれってアリなんですか!?兵隊の養成とかじゃなくて?!」
「れっきとした入学試験だよ。皆それを分かった上で受験してる」
この目で見て、説明を受けても未だ信じられない。だってそこかしこで爆発音や破壊音が聞こえるような状況だったのだ。これが国立高校の入試内容だと信じろという方が無理がある。あそこで戦っていたのがたった15歳の少年少女だなんて。自衛隊の訓練と言ってくれた方が余程現実味がある。
「ていうかあれ、ヒーロー科の実技試験ですよね……?」
「そう説明しただろ」
「なんか"死ねぇ!"とか暴言吐きながらロボット破壊してる人がいたんですけど……」
「あぁ、今年度の首席だな」
「首席!?あれがヒーロー科の首席でいいんですか!?」
「結果が全てだよ」
普通、ヒーローともなれば人格も考慮されるべきではないだろうか。面接とか適性診断とか、色々やり方はあるだろうに。
「それと、ロボ・インフェルノに向かって行ったあの男の子……」
「……あぁ、いたな」
「彼も合格ですか?」
「おそらくな」
見ていた限りでは、あの時はどうやら転んだ女の子を助けるために飛び出したようだった。それはたぶん正義感とか利他の精神とか呼ばれるもので、きっとヒーローの本質的なところなのだと思う。――――だけど。
「あれをヒーローと呼んでいいんですか?」
「……どういう意味だ?」
「自己犠牲って言葉は綺麗ですけど、あれを美談にしちゃいけないでしょう。あれじゃただの……」
捨て駒じゃないですか。言いかけた言葉は飲み込んだ。人のために咄嗟に飛び出したその行動力は凄いと思うけれど、仮にあれがヒーローとしての在るべき姿だと言われると釈然としない。"死ぬ気で助ける"と"助けて死ぬ"では雲泥の差があるのだ。あの男の子の場合は間違いなく後者だった。
私にとってヒーローなんてずっと夢物語の存在でしかなかったけれど、それが実在するこの世界では映画やドラマとは違って都合よく正義の味方だけが生き残るわけでもないだろう。ここでの"ヒーロー"とは偶像崇拝的なものではなく、きっと警察とか消防とか、そういうものと同じような立ち位置なのだと思う。だとしたら余計に、自己犠牲の精神を良しとするのは違うだろう。自分の命があってこそ救命が成り立つのだから。
なんて、ヒーローどころか公務員ですらない私が偉そうに何を言っているんだという話だが。
「言いたいことは分かる。というか、俺も同じ意見だよ。……ただ勘違いするな」
「え、」
「これはヒーローの試験じゃないんだ。今からアイツらを育てて行くんだよ」
そう言って相澤さんは部屋に設置されたいくつものモニターへと視線をやった。つられるように私もモニターを見れば、そこには先程の試験で疲れた顔の、しかし中学生らしい無邪気な表情を見せる子達が写っていた。そうか、ヒーロー云々の前に彼らはまだまだ子どもなのだ。
「……相澤さんが1年生の担任やるんでしたっけ」
「そうだが……なんだその目は」
「いえ、なんでもないです」
彼らのヒーロー育成を、無精髭を生やした生気のない目をしたおじさんがやるというのだから、それはそれで余計に心配なのだけれど。
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