06


あの衝撃的な入学試験からしばらくが経ち試験後の慌ただしさも少し落ち着いて来た頃、ついに私のアパート探しの話が出た。ずっと学校の一室、それも来客室として使用されていた部屋で寝泊まりしていたので非常に嬉しい話だった。部屋にあるものはテレビとベッド、そして小さな冷蔵庫のみ。そんな部屋では休まるものも休まらない。しかもトイレまで地味に遠いし。シャワー室なんてめちゃくちゃ遠いし。

だからようやく自分のちゃんとした部屋が持てることがとてつもなく嬉しかった。部屋のインテリアを考えてワクワクしてしまうくらいには。しかし相澤さんの案内してくれた物件を見て、そんなワクワクも吹っ飛んでしまった。

「え?あの、私の部屋ですよね?」
「あぁ。不満か?」
「不満っていうか……」

目の前には超高層マンションがそびえ立っている。自動ドアの奥には立派なエントランス、その次の自動ドアの奥には豪華なロビー。想像の遥か斜め上を行くその光景に、ドッキリでも仕掛けられたのかと勘ぐってしまう。いや、相澤さんがそんな無駄なことをするはずもないのだけれど。

「もっとこう……1Kの部屋とかなかったんですか?学生アパートみたいな」
「セキュリティを考えたらこうなったんだよ」

"セキュリティ"の言葉により、エントランスには駐在警備員までいることに気が付いた。これ金持ちが住むタイプのマンションですよね?元の世界での私の給料教えてあげましょうか?それにいくら雄英で用務員として雇ってもらっているとは言え、こんなマンションの家賃が払える程の給料はもらっていない。もちろんそれ相応の仕事しかしていないので給料に文句はないのだけれど。

「ここ家賃いくらなんですか……」
「金の心配はしなくていい。雄英から家賃補助が出る」
「えっ!」

補助っていうかそれはもう寄付の範疇では?豪邸に住めて嬉しいを通り越して畏れ多いレベルだ。マンションを見上げて呆然としていると、相澤さんが「行くぞ」とさっさとエントランスに向かって歩き出したので慌てて追いかけた。

「あの、不動産屋の営業マンとかは……?」
「ん?あぁ、もう契約してあるよ」
「はぁ!?ちょっと待って!今日は部屋探しするんじゃなかったんですか?!」
「部屋見に行くぞって言っただろ」
「内見って意味じゃ……」

私の混乱を他所に相澤さんはスタスタと先へ進み、どこからか取り出したカードキーでロビーへと入りそのままエレベーターに乗り込んだ。私はロビーをじっくり見ることもできず、唯一確認できたのはエレベーター横にフロントがあってコンシェルジュがいることくらいだった。

慣れない環境に緊張してただひたすらに彼の後ろを着いていくその様子はさながらアヒルの親子、もしくはRPGの移動画面みたいだ。いやRPGだと相澤さんが勇者になっちゃう?やっぱりアヒルの親子ということにしよう。とまぁ、そんなどうでもいい事を考えてしまうくらいには私の頭は現実逃避を始めていた。

「これが家の鍵な。念の為スペアは雄英で保管する。万が一の時しか使わないから安心しろ」
「カードキー……なんか最先端っぽくてカッコイイですね」
「……そうか?」

そう言って怪訝な顔をした彼に、そういえばこの人は高給取りであることを思い出す。私みたいに日々日用品の値段を気にしたり、ガソリン代が高いと不満を漏らしたりするような生活とは無縁なのだろう。なにせ職業が高校教師兼ヒーローなのだ。潤沢な給料を貰っているに違いないし、さぞかし立派な家に住んでいるのだろう。そんな彼が何故こんな小汚い格好をしてゼリー飲料を愛飲しているのかは謎だが。寝袋使ってその辺の床で寝始めるし。合理性を追求しすぎて人間らしさが欠如している気がする。

そうやって我ながら失礼なことを考えている間に自分の部屋へとたどり着き、相澤さんに促されるままに解錠して扉の向こうへと足を踏み入れた。

「う、わぁ……ひっろ!!」

まず玄関が広い。廊下も広いしその途中にあるトイレも広い。当然のようにリビングも広くて、しかも3LDKだった。私独り身なんですけど。こんなに部屋があっても絶対持て余しちゃう。

「ていうかもう家具入ってる!?色々買うの楽しみにしてたのに……!」
「ほとんどレンタルだ。いつ元の世界に帰るか分からないしな」
「……それもそうか……いやでも、」

カーテンはあの色でソファはこの色、なんて想像してはワクワクしていたのに。スマホの検索履歴は「インテリア お洒落」「一人暮らし 便利」等々で埋め尽くされているくらいだ。楽しみを一気に奪われてしまって、テンションはみるみるうちに急降下した。

「私の住む家くらい自由に決めさせてくださいよ……」
「護衛が四六時中張り付くことになるがそれで良ければ」
「それはちょっと……ていうかそこまで守られる理由はなんですか?私ただの一般人ですよ?」
「異世界から来ただの、個性とは違う能力だの、敵に狙われる要素が十分過ぎるほどあるんだよ。お前はもっと危機感をもて」
「危機感って……」
「入試で個性の力を見ただろ?あれを悪意をもって使う人間がいることを忘れるな」

彼の言葉に、入試で見た光景が頭を過ぎりぞっとする。中学生でさえあれだけの力を持っているのだから、成人した人間がその気になれば簡単にテロだって起こせてしまうだろう。火を吹いたり水を自在に操ったり、加減を間違えれば人を殺せる力なのだから。

「その怖さは分かりますけど!でも私なんか狙っても何にもならないでしょう……だって紙ですよ?紙!」
「まだその能力の全貌は分かっていないが……使い方によっては脅威に成りうるよ」
「……使い方?」
「それは新学期が始まったら説明する。まだまだお前の能力について確認したいこともあるしな。とりあえずは目の前の暮らしのことだけ考えておけ」

目の前の暮らしとは、この豪邸での?立派すぎて自分の家なのに緊張しそうなんですが。それを訴えたところでこの男にはなんの意味もないことは分かりきっているのでわざわざ言わないけれど。



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