07
4月1日、新年度の始まり。新入生が入学してくるその日、私は相澤さんの指示によって1人グラウンドに来ていた。なんでも個性把握テストとやらをするらしく、その準備をしておけと言われたのだ。とは言っても準備物なんてたかが知れているし、指示されていた内容はすぐに終わってしまった。
入学初日だから新入生はこれから入学式があるはずだし、もしかして私はそれが終わるまでここで一人待ちぼうけということだろうか。相澤さんにしては時間配分が酷いような。――――なんて思ってしまった私は、まだまだ相澤消太という人間を理解し切れていなかったらしい。
「個性把握……テストォ!?」
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」
予想していたよりもずっと早く運動場に現れた相澤さんとその担当クラスの子達と思われる集団。生徒たちの動揺する姿を見て、私は一瞬気が遠のきかけた。入学式に出ないなんてアリ?っていうか昨日、体育館にパイプ椅子搬入したの私なんですけど!?あの労力はなんだったの!?そんな不満が湧いてくるものの生徒たちの手前文句も言えず、出かけた言葉は飲み込んだ。
「それとこの人は用務員のみょうじなまえさんだ。時々授業を手伝ってもらう」
突然振られた(少しばかり雑な)紹介に、慌てて「よろしくね」と余所行きの笑顔を貼り付ける。「よろしくお願いします!」と揃って返ってきた声に、若いっていいなぁとそのフレッシュさを眩しく感じた。
「みょうじ、ボールと測定器」
「あっ、はい」
相澤さんの言葉に、慌てて足元のカゴからボールと測定器を取り出し彼に手渡す。相澤さんはそれを受け取りながら「個性の使い方をよく見ておけ」と私にだけ聞こえる声で呟いた。ただ手伝わせるだけじゃないところがなんとも彼らしい。さすが自他ともに認める合理主義。
相澤さんはこれからやる内容について簡単に説明し、爆豪くんとやらを指名して早速個性を使ってボールを投げてみるよう指示を出した。前に出てきた爆豪くんを見て「あ、入試で死ね死ね言ってた人だ」と思ったのも束の間、やっぱり彼は「死ねぇ!!」と声を張り上げて爆風と共にボールを投げ飛ばしたのだった。
(……やっぱりどう見てもヒーロー志望には見えない)
そんな事を思いながら内心青ざめていると、彼が705mという驚異的な数字を出したことにより生徒たちがはしゃぎ始めた。「すげー面白そう!」なんて盛り上がっているが、私からすればあの死ね死ね君がこんな力を持っているなんて恐怖でしかない。
個性のある世界で生きてきた子達とは価値観がまるで違うんだなぁとそのギャップをしみじみ感じていると、先程の「面白そう」発言が気に入らなかったらしい相澤さんが「最下位は除籍」なんてことを言い始めた。どうやらそんな楽観思考の甘ったれはいらない、という事らしい。
「"Plus ultra
"さ。全力で乗り越えて来い」
言っていることはまるで熱血教師のようだが、彼の目がいつも通り死んでいるものだから思わず苦笑いが漏れた。彼の主張もヒーローという過酷な立場を考えればごもっともだが、それにしても横暴のような。だってまだ入学初日である。しっかり先生をしている相澤さんを見られると思っていたのに、相澤さんはどこまでも相澤さんだった。
そんなこんなで始まった個性把握テスト。驚異的な数字が出るわ出るわ。皆創意工夫を凝らし、自身の個性を有効的に活用していた。そんな彼らを見ながら、私だったらどうするかを考える。
紙、紙――――、いや、何も出来なくない?体力テストに紙がなんの役に立つの?唯一思いついたのは、ボールを紙にして紙飛行機として飛ばすくらい。余程上手に紙飛行機を飛ばさない限り、きっと普通にボールを投げた方が距離は出るような。相澤さんは「使いようによっては驚異に成りうる」と言っていたけれど、私には全くそうは思えなかった。
相澤さんが言うのだからきっと何かやり方があるのだろう。そう思いながらテストの手伝いをしつつ生徒たちを観察していると、ある男の子の様子がおかしいことに気が付いた。入試の日、ロボ・インフェルノを殴り倒した子だ。
「あの子、個性使わないんですね」
「……そのようだな」
「すごい結果出せそうなのに」
あれ程の超パワーを持っていれば全てのテストでぶっちぎりの数字を出せそうである。それなのに彼の結果は尽く一般的なものだった。このままではあの子が最下位、つまりは除籍処分となってしまう。入試の様子を見た限りではその方が良いように思うけれど。だってあんな無茶な戦い方をしていたら命がいくらあっても足りない。
そうして今度は彼――――緑谷くんにソフトボール投げの順番が回ってきた時だった。見るからに焦った顔をした緑谷くんが、ぐっと表情を引き締めてボールを勢いよく投げた。その様子に一瞬期待したけれど、その結果は46mと驚異的と呼ぶには随分物足りない数字だった。
「個性を消した」
「えっ」
個性把握テストなのに?と動揺する私を他所に、相澤さんが緑谷くんへと近づいて行く。「個性を制御できないんだろ?」「誰かに助けてもらうつもりだったか?」緑谷くんに詰問する彼に、私の疑問も解消されていく。そうか、だから緑谷くんは入試であんなにボロボロになってしまったのか。必至の副作用ではなく、単に彼がコントロールできていないだけ。少し前の私と同じように。そりゃあ相澤さんも彼を認めはしないだろう。
「そっそんなつもりじゃ……」
「どういうつもりでも周りはそうせざるをえなくなるって話だ」
入試の日、私が緑谷くんの行動の是非に疑念を抱いた時「俺も同じ意見だよ」と彼は言った。私の場合は"外"から見た意見だったけれど、彼の場合はいずれヒーローとして一緒に戦う可能性を見越したものだった。言われてみれば確かに一緒に戦う仲間がすぐに戦闘不能になっては迷惑でしかないだろう。
「緑谷出久、おまえの力じゃヒーローにはなれないよ」
ヒーローを目指している緑谷くんからすればこれ以上残酷な言葉はないだろう。だけど相澤さんの言葉はとても現実的で説得力のあるものだった。
「個性は戻した……ボール投げは2回だ。とっとと済ませな」
相澤さんの声色からして、最早それは除籍宣告のようだった。というかきっとそのつもりなのだろう。それが確定する瞬間はあまり見届けたくないなぁ、なんて思うもののこの場を離れる訳にもいかず、少しばかり憂鬱な気持ちで緑谷くんの2投目を見届けた。
「――――えっ!」
2投目、彼の投げたボールは物凄い勢いで空に向かって吹っ飛んで行った。相澤さんの持つ測定器を盗み見れば、そこに示された数字は705.3m。「まだ……動けます」涙目になりながらもニッと口角を上げる緑谷くん。彼の人差し指は腫れ上がっていたけれど、再起不能というには小さすぎる負傷だった。
「こいつ……!」
いつもの死んだような表情を崩し、顔を綻ばせる相澤さん。その隣で私も、これが"Plus ultra"かと興奮せずにはいられなかった。
- 7 -
*前 ◇ 次#
top