08


「それで合理的虚偽とか言って前言撤回!ほんと振り回される生徒達が可哀想でしたよ」
「HAHAHA!まぁ除籍は誰も出なかったんだろ?今年の1年生は優秀じゃねーか!」
「……え?」
「見ろよコレ、イレイザーの記録」
「通算除籍指導数……154回!?」
「オイ、勝手に何見せてんだ」

一日の授業を終え生徒たちも全員帰宅した頃。相澤さんがいないのをいい事に山田さんと今日の出来事について話していると、すぐに本人が現れてしまった。噂をすればなんとやらだ。

「154って……指導っていうか最早パワハラじゃ……?」
「見込みもないのに希望をもたせる方が可哀想だろ」
「でも緑谷くんずっと絶望した顔してましたよ」
「お前もあいつの合格には不満げだっただろうが」
「不満だなんて人聞きの悪い!心配ですー」

イーッと顔を顰めて見せれば、相澤さんは呆れたような顔で「どっちも一緒だ」と吐き捨てた。

「それより、授業を見て何か得るものはあったか」
「え?……え、いや……これと言って何も……」

口篭る私に、今度はわざとらしいため息をつかれた。慌てて「あっ、ボールを紙飛行機にするのは思いつきましたよ!」と弁解すれば、さらに大きなため息が返ってくる。彼のそんな反応にバツが悪くなり助けを求めるように山田さんに視線を移すと、べっと舌を出してとぼけた顔をされた。私に味方はいないのか。

「爆豪の爆破、轟の炎と氷、青山のレーザー……紙にできるとは思わないか」

相澤さんの言葉にはっとする。これまでは"モノ'にしか個性を使ったことがなかったから、そんな発想に至ることもなかったのだ。

そうだ、あの時相澤さんは「個性の使い方を見ろ」と言ったのであって「個性を体力テストにどう使うか考えろ」とは言っていない。"個性"というものがどれだけ幅広く力を発揮するものなのか、生徒たちの創意工夫をわざわざ私に見せてくれたのだ。――――とは言え、流石にそこまで汲み取るのは難しくないか?

「……やったことがないので、どうでしょう」
「これまでは個性のコントロールに重点を置いていたからな、そろそろ次の段階に入る。その個性でどこまでできるか調べるぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!紙にするってことは触れなきゃいけないんですよね?その、炎とかレーザーに……?」

恐る恐る尋ねる私に、相澤さんは少し考える様子を見せたのちニヤリと凄みのある笑みを浮かべた。

Plus ultra
(さらに向こうへ)
さ」

いやだからそれ、パワハラにしか思えないんですって。呆然とする私を見て山田さんが「まぁアレだ、頑張れ」と何の役にも立たない労いの言葉を掛けてくれたのだった。



「あ、水……そうですよね流石に……」

訓練場に着いて相澤さんが準備したのは、水の入ったペットボトルだった。炎に触れて火傷するところまでリアルに想像していた私は心底ほっとした。相澤さんがそこまで人でなしじゃなくて本当に良かった。

「最初から危ないことをさせる気はないよ」
「それはつまりいずれさせるって事ですよね」
「これが成功したらな」

なんでもないような顔をしてそう言ってのける彼に、じわじわと恐怖心が湧いてくる。ここまでくるともう人体実験じゃないですか。いや、これまでの訓練も実験的要素はあったけれど、それでも身の保証は保たれていた。内心青ざめる私を他所に、相澤さんはペットボトルの蓋を開けて「ほら」とそれを差し出した。

「手を出せ。水を紙に変えるイメージな」
「は、はい」

イメージ、それは私の個性を使う上でかなり重要な要素である。対象物が紙へと変化する具体的なイメージを頭に思い描くことで初めて個性が発動する。紙を元に戻す時も同じだ。もちろん個性が暴発してしまった時はこの限りではない。

そっと手のひらを上にして差し出せば、ペットボトルがゆっくり傾けられてビチャビチャと水がこぼれ落ちてきた。水はそのまま重力に従って、真っ直ぐ私の手のひらへと到達する。

「……あっ、」
「成功だな」

水が私の手に触れた途端、それは紙へと変化しひらひらと地面に落ちていく。それが確認できるや否や、相澤さんはすぐに水を垂らすのを辞めた。まさかこんなことができるなんて。思わず自分の手をまじまじと見つめる。確かに水に触れたはずなのに、私の手には水滴のひとつも付いていなかった。

「成功ってことは……次は火ですか?」
「いや、他にも試したいことはある。そんなにやりたいなら別だが」
「いえ全く!」
「だろうな。じゃあ今度はこの紙を水に戻してみろ」

言われた通り今度は地面に落ちた紙に触れてみると、バシャッと音を立てて紙が消え去った。じわじわと地面に水が染み込んでいく様子に、こちらも成功したことが分かる。

「この個性はかなり汎用性が高いみたいだな。少なくとも固体でなくとも作用することは分かった。となると芦戸の酸もお前なら無効化できるってわけだ」
「あ、……そうか、そうですよね……」
「無効化どころか、紙からまた酸へと戻せば武器にもなる。……分かったか?みょうじ、お前の個性は驚異に成りうると言った意味が」

"モノ"を紙に変える個性とばかり思っていたから、それを人の個性に対して使うという発想はこれまで全くなかった。だけど実際には芦戸さんの酸もそうだし、瀬呂くんや八百万さんのような個性だって私は無効化できてしまう。となると、相澤さんが危惧していた「敵に狙われる」の意味が途端に理解できてしまう。単に運搬に便利なだけの個性ではなかったのだ。

それを先生達は最初から分かっていたから、私を雄英で保護しセキュリティが万全な家まで用意した。新学期が始まる際、生徒の前では個性を使うなと厳しく指導された意味も今なら何となく理解できる。

もし私の個性が轟くんの炎や爆豪くんの爆破にも作用するなら――――それはつまり、私の個性がさらに強力であることの証明となってしまう。そうでなければいいのに、なんて思ってしまうのは私が凡人の生き方しか知らないからだろう。だって少し前までは有象無象の一人だったのだ。いきなりこんな力を授かったって持て余してしまう。

「例えば、ですけど。爆豪くんや轟くんのような個性だけじゃなくて、……空気とか――――生物、とか」

自分の手のひらを見つめながら相澤さんに問い掛ける。少しの間が空いたのち、彼は「試してみないことには何とも」と肯定も否定もしなかった。

「そうじゃなかったらいいなぁ」

その言葉には何にも返してくれなくて、おかげで独り言と化して空気に溶けてしまった。



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