相手にするのも疲れる

士傑高校ヒーロー科は原則部活動には参加出来ないことになっている。それは放課後に自主練という名のほぼ強制的な訓練があるからに他ならない。自主練の内容は教員にアドバイスを貰うこともあるが基本的に個人の裁量に委ねられていて、私はここ数日個性伸ばしに重点を置いていた。先日の対人戦闘訓練で使い物にならなかったからだ。それも腹の立つことにあのクソ坊主の個性のせいで。

"糸"という性質上、風に流されること自体はどうしようもないのだが、何か打破する方法があるのではと模索していた。そのためにはまず個性の汎用性を高めることが必要だろうと、極限まで細くしてみたり反対に強度を限界まで上げてみたりと色々試しているのだ。それに加えて個性の上限を上げることにも試みている。

「っ、はぁ……」

今日も今日とて個性の上限ぎりぎりまで訓練を続け、そろそろ切り上げるかと備え付けられた時計を見上げる。自主練開始から2時間半、まだ残っている生徒は多いが私はもう終わりにしよう。そう思って早速片付けに取り掛かったところで「みょうじ!」と私の名を呼ぶ声がした。それも私の大嫌いな声で。

「今からトレーニング室行くけど一緒にどうっスか?」
「行かない、もう帰るし。……ていうかアンタ、私とは合わないんじゃなかったの。何なの急に」
「授業でもっとコミュニケーションとれって言われたからな!」

まさかの回答に思わず呆気に取られてしまう。何なんだこいつは、天然か?薄々そんな気はしていたけれど。呆れながらも「それは訓練中の話でしょ」と返せば「同じクラスとして協調は大事っスよ!」なんて、随分と暑苦しい言葉を頂戴してしまった。

「無理に関わろうとしてくれなくて結構です。じゃあ私はこれで」
「あとみょうじは個性訓練より筋トレやった方がいいと思う!」
「……大きなお世話」

相手にするのも疲れる。そう思ってさっさとこの場を離れようと荷物を手に踵を返せば、がしりと腕を掴まれてしまった。むっとして振り向くと、夜嵐は驚いた顔で私の腕を見つめていた。「細いなあんた!これでどう戦うんだ!」「うるさいな」よくもまぁ人が気にしていることをこうもズケズケと言えたものだ。デリカシーというものがないのかこの男には。

「まだ時間あるから!筋トレ!Plus ultraっスよ!」
「……オーバーワークはしない主義だから」

ここ雄英じゃないから、なんて突っ込みは相手の思うツボだと思い飲み込んだ。パッと彼の手を振りほどき、そのまま訓練場の外へと向かう。背中に刺すような視線をビシビシと感じたけれど気付かない振りをした。



(あ゛ー、キッツ……)

週に3度ある体育の授業、実はこれが私の1番嫌いな教科だったりする。何せこの時間は個性の使用が禁止されており、さらには他の科と違ってスポーツに勤しむのではなく基礎体力作りのカリキュラムが組まれているのだ。

先日アイツに指摘された通り私は筋力がなく、もっと言えば体力もない。どちらも同年代に比べればあるものの、このクラスに限って言えば恐らく最下位に位置するレベルだ。そんな私にとってこの時間は拷問と言って差し支えないものだった。そしてここ暫くの授業内容は持久走ときた。それこそ1番嫌いな種目である。

「ハァ、ハァ、ハァ……げほっ、」

予想通りびりっけつでゴールに到着し、数歩だけ歩いたのちに膝に手を着いて立ち止まる。激しく肩で息をして、なんとか呼吸を整えようと酸素を取り込んだ。喉が張り付いて息がしづらいし、なんだか口の中が血の味がする。

念の為に言っておくが、何も一般的な持久走の内容でこうなっているわけではない。課題は10kmを40分以内に完走しろというもので、私はそれをなんとか38分台で走り切ったのだ。息も絶え絶えのこの状態は酷く見苦しいだろうが、課題をクリアしただけでも褒めてもらいたいくらいだ。クラスメイトの大半が30分を切っていることには目を瞑ってもらうとして。

ようやく少しだけ呼吸が整って来たところで、ぷるぷると震える足に鞭を打ちコースの内側へと移動した。それから数名のクラスメイトが談笑しているその近くにどさりと腰を落とす。ドコドコと太鼓を打ち鳴らすように脈打つ心臓を落ち着かせようと、何度も深呼吸を繰り返した。そこへ「みょうじよう」と私の嫌いな声が落ちてくる。

「そんなに体力ないならもっと訓練したらどうっスか」

落ちてきた声に反論するどころか、腹を立てる気力すらも残っていなくて。頭上から睨みつけてくる男を見上げるだけで精一杯だった。丁度ソイツの頭と太陽が重なっていて、眩しさのあまりぎゅっと目を細める。

「なんで個性訓練ばっかやってんスか。優先順位考えろよ」
「……うっさいわね。アンタには関係ないでしょ」
「関係ないってなんだ!クラスメイトだろ!」
「そういうの本当にいらないから」

なんでもいいから静かに休ませて欲しい。こちとら尋常じゃなく疲れているというのに。アンタみたいな体力オバケとは違うんだから。早くどっか行けよ、そう思いながら視線を落とし再び地面を睨みつける。しかしそんな無言の抵抗が通じるような相手ではなかったらしい。

「一緒にヒーロー目指す仲間だろ!」
「目標が同じってだけでしょ。ズカズカ踏み込んでこないで」
「あんたのそのスカした態度!ほんとに気に食わん!」

勝手にヒートアップし始めた夜嵐に、ハァと大きなため息をつく。これでは休まるものも休まらない。コイツはきっと引かないだろうから私が移動するしかなさそうだ。酷く億劫ではあったがのそりと立ち上がり、少々ふらつきながらその場を後にした。

「奇遇ね、私もあんたのその暑苦しいところ気に食わない」そんな捨て台詞も忘れずに。


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