距離感というものを覚えて

中学までの私は、体育の次に昼休みが嫌いだった。いや、厳密に言えば嫌いだったのは"昼食の時間"だ。理由はその食べる量にある。

「ほんっとなまえって大食いだよね……そんな細いのにどこに入んの」
「個性に全部持ってかれるの。下手したら栄養不足になるから無理してでも食べなきゃ」
「そういう個性の子他にもいるけどさ、結構大変そうだね。太んなくて羨ましーとか思ってた」
「まぁ流石に慣れるけどね」

私の前に並べられた肉・肉・肉の料理達。少し前までは人前でこれだけの量を食べることが恥ずかしくてたまらなかった。だけどヒーロー科を目指す以上は個性訓練も欠かせなくて、そして個性を使えば使うほど食べなくちゃいけなくて。「女子なのにこんなに食べんの?」なんて思われるのが嫌で、昼食を減らして授業と授業の合間にコソコソと食べる毎日だった。

だけどそんな悩みも士傑に入学してからは綺麗さっぱりなくなった。個性訓練が常の環境にいるから、私と同じタイプの個性持ちは男だろうが女だろうが相撲取り並みに食べるのだ。「私だけこんなに食べて恥ずかしい」なんてこともないし、周りも「あぁそういう個性ね」といった様子で好奇の目で見られることもない。おかげで精神的に随分と楽になった。大袈裟と思われるかもしれないが、こうして食堂でも人目を気にせず堂々と食べられることは私にとって感動に値する事なのだ。

「大食いと言えば夜嵐くんもだよね」
「アイツはまた別っていうか……個性関係なく素で大食いでしょ」
「あんだけ元気だと基礎代謝も凄そうだし納得だけど」
「確かに」

そんな話をしていると、友人が「あっ夜嵐くん」と私の後方に視線をやった。噂をすればなんとやら。彼女の視線を追うように後ろを振り向けば、確かにそこには夜嵐の姿があった。というか、こちらに向かって――――

「ここいいっスか!?」
「……いやです」
「こないだはあんなこと言ったけど、これから長い付き合いになるんだからやっぱ仲良くした方がいいと思うんスよね!」
「ねぇ嫌だって言ってるんだけど」
「俺は絶対にあんたと仲良くなってみせる!」
「その前に距離感というものを覚えてもらえますかね」
「じゃあまずはお互いを知るところからだな!」
「全然"じゃあ"じゃないんだけど……」

どうしてこうも会話が成り立たないのか。そしてまさか高校生にもなって幼稚園や小学校で言われるような"皆で仲良くしましょうね"を実践しようとする奴がいようとは。いくらヒーローという綺麗事を実践するお仕事を夢見ているとは言え、理想と現実くらい弁えておくべきでは?人間なんだから好き嫌いもあれば合う合わないもある。だからこそ適切な距離感を大事にすればいいだけの話だろうに、どうしてわざわざ嫌いなはずの私に構うのか。博愛主義でも掲げているのだとしたら非常に迷惑だから辞めてほしい。

「聞きたいんスけど、何であんたエンデヴァーが好きなんだ?」
「なんでわざわざアンチ相手に語らなきゃいけないのよ」
「俺も好きになれるかもしれん!」
「あの良さが分かんない奴に好きになってもらいたくない!」

夜嵐の声のデカさに呼応するように私の声まで大きくなっていく。感情が昂っていくのを自覚しつつも止められそうにはなかった。そんな様子に友人が「なんだかんだ仲良いよね」なんてぽそりと呟くものだから「どこが!」と彼女にまで大きな声を出してしまった。

「だってなまえがこんなに感情的になることないじゃん」
「それはコイツが……!」
「おお!一歩前進だな!」

友人に言われた手前、夜嵐の言葉に声を荒らげることもできず大きなため息と共に頭を抱えた。何が一歩前進だ、何も進んでなんかいない。そう身悶えする私をよそに、夜嵐は更に一歩進む為にと「一緒に訓練しよう!行こう!」なんてことをほざき始めた。いや、私まだご飯食べてるんですけど。

「いきません。ご飯くらいゆっくり食べさせて」
「そうか!じゃあ俺も何か食べる!」
「いやあんた教室でバカでかい弁当出してなかった……?」

私の言葉を見事にスルーして、奴は配膳カウンターの方へと向かった。本当にまだ食べる気なのか。そう思っていたら「ハンバーグ定食で!ご飯大盛り!」なんて注文の声まで聞こえてきた。思わず友人と共に呆気に取られてしまう。

「夜嵐くんって本当に嵐みたいだよね」
「ていうかまじでここで食べる気……?なんで……?」
「なまえと仲良くなりたいんでしょ」
「いやだからなんで?」
「夜嵐くんてほら、何でも大好き!人類みな兄弟!って感じじゃん?距離あると詰めたくなるんだよ、たぶん。クラスで仲悪いのなまえくらいだしさ、なんていうかこう……コンプしたいんじゃない?」
「……はた迷惑な」

アイツが来る前に食べきろう、そう思うものの目の前にはまだまだ料理が残っている。このままでは夜嵐が来る方が早そうだ。

「でもまぁ、一緒に訓練はいいじゃん。実力は確かなんだから」
「それは……認めざるを得ないけど……」
「体育祭も迫ってるしさ」

彼女の言う通り、2週間後には体育祭が開催される。こんなことで頭を悩ませている場合ではないのだ。皆が優勝を目指して努力している時期だし、それは私だって同じである。

「体育祭!熱いっスよね!!わくわくするっス!」

――――何より、早くもクラスのトップとして認識され始めているこの男にだけは負けたくなかった。


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