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痛い。いや、熱い。撃たれた箇所を中心に太腿が燃えるような熱を放ち、そこからどくどくと血が流れ出ている。出血量を見るにどうも太い血管をやられたらしい。とは言えこれくらいの傷であれば呼吸で止血できるのに、痛みで意識が分散して集中できない。もっと上手く呼吸を使えれば。なんて、今更。それができないから隠になったと言うのに。

銃を構えていなかったから、撃たれるとは思わなかった。まさか脚を狙っていただなんて。油断した。こんな体たらくではまた叱られてしまう。誰に?――――ああそうだ、あの方にはもう、

みょうじは「うう、」と唸るような声を漏らすと、近くにあった布を手繰り寄せ患部に強く巻き付けた。それから殆ど這うようにして家の中を移動する。そうして玄関の辺りまでやってきたところで、意識が急に遠のいていくのが分かった。血を流し過ぎたのだ。

――――ちょっとばかしここで寝ててくれ

あの口振りから察するに、おそらく尾形がここに戻ってきたとしても殺されはしないのだろう。むしろこのまま無理に動いた方が死に繋がるかもしれない。なにせここを出たところでどこに向かえばいいのかも分からないのだから。尾形ではなく月島が戻って来る可能性だってあるわけだから、それならここに留まったほうが――――そこまで考えて、みょうじはふっと意識を手放した。



「あっ起きた。大丈夫?」

みょうじがぱちりと目覚めた時、眼前に人の顔が迫っていた。驚きのあまり身体がぴしりと硬直して、同時に右脚に鋭い痛みが走る。たまらず「うっ」と呻き声を上げれば「わぁ、ごめん!驚かせちゃったね。動かないで」と、男はオロオロした様子でそう言った。顔に走る大きな傷にがっしりした体躯。みょうじにはその男の見た目と言動がどうにも釣り合っていないように思えた。

ふと彼の背後へと視線を移せば、8人分の視線がこちらを向いている。しかも何故か鍋を囲みながら。え、どういう状況?と思いつつも、みょうじは動揺を顔に出さないよう努めた。そしてその集団の中に先程見たばかりの顔を見つける。

「…………"尾形上等兵"」
「よう、"命の恩人"」

ついさっきみょうじを撃ったことが嘘のように、尾形は実にあっけらかんと彼女に応えた。

「命の恩人?どういうことだよ」
「杉元、まずは飯を食わせてやれよ」
「あっそうか。ご飯、食べられそう?」

杉元――――鶴見と月島、それと二階堂が時々口にしている名である。みょうじは情報を整理しつつ、杉元に向かって小さく頷いた。すぐに綺麗な女性がお椀に鍋の具材を盛り、それが杉元の手に渡り、そうして彼女に差し出される。じんわりと熱をもつそのお椀を受け取りながら、みょうじはぐるぐると頭を動かした。

脚に巻いていた布は解かれて、いつの間にか丁寧に手当されている。拘束もないまま食事が施されるということは、少なくとも敵と見なされているわけではないのだろう。この家にいた時点で、第七師団側の人間ということは既に彼らも分かっているはず。それでもこうして殺さずにいるということは――――

彼女の頭の中で予想と仮説がどんどんと組み上がっていく。必要以上の情報は与えない。かと言って隠しすぎると怪しまれる。嘘はつかない。バレた時に一気に信用を失うから。それらは彼女なりの処世術であった。どこまで話して、何を隠すか。今この時点で、その線引きを見極めねばならない。

「えーと、まずは名前聞いてもいい?」
「……みょうじなまえ」
「なまえさんはここで何してたの?」
「鶴見中尉から江渡貝さんの身の回りの世話をするように言われて……ご飯作ったり、掃除したり」

その場にいる人間を代表するように、杉元がみょうじに質問を重ねていく。そして彼女の回答を全員がじっと耳をすませて聞いていた。まるでひとつの綻びも聞き逃さないとでも言うように。

「鶴見とはどういう関係だ?まさか兵士という訳ではあるまい」

そう尋ねてきたのは杉元ではなく長い髪と髭を蓄えた老人だった。彼の醸し出す雰囲気から只者ではないことが窺い知れる。まぁ、言ってしまえばここにいる全員がそうなのだろうが。

「前に尾形上等兵が川で死にかけているのを助けた時に、勘違いされて第七師団の人に撃たれたんです。そのまま彼らに保護されて、……その流れで鶴見中尉の元でお世話になっています」

鶴見にも月島にもタメ口を叩く彼女が、土方に対しては自ずと敬語を使っていた。彼の深く鋭い視線に無意識のうちに気圧されてしまったのだ。

「えっ、ちょっと待って!?尾形お前、そんな人を撃ったのかよ!?」
「撃たなきゃ逃げられてたんだ。仕方ねぇだろ」
「いやいや、もっとこう、縄で縛るとかあっただろ……」
「そんな余裕があるか。大体、こいつから情報が欲しいのはお前らも同じだろうが」

杉元と坊主の男に詰められながらも、尾形は全く悪びれる様子もなくそう答えた。みょうじのことを"命の恩人"と呼ぶ(ただしどこか皮肉気味に)彼だが、彼女からすれば尾形はもはや"死神"である。なにせ2度の接触で2度撃たれているのだから。

「さて、本題だ。お嬢さん、――――刺青人皮の真贋を見分ける方法をご存知かな?」

自身の長い髭を撫で付けながら問いかけるその言葉に、みょうじは辺りの空気がずんと重くなったのを感じた。

「……知りません。そもそも鶴見中尉からはその刺青人皮とやらの話も聞いてませんから」
「えっ、じゃあ金塊話に関わってすらないの?」
「完全にとばっちりじゃねぇか!おい尾形!なまえちゃんに謝れ!」

再び杉元と坊主男に責められる尾形だったが、彼は垂れてきた前髪を掻き上げるとふっと笑みを浮かべた。

「ははぁ、どうやらお嬢さんは言葉遊びがお好きなようだ。鶴見中尉から"は"聞いていない……だが俺を助けたあの日、あんたは杉元とアシㇼパの話を聞いてただろう」

尾形の言葉に杉元とアシㇼパが「「えっ」」と声を上げる。それを横目に、みょうじはあやうく出かけた舌打ちをぐっと堪えたのだった。