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一夜明け、杉元たちは早朝から月島の死体探しに取り掛かった。月島にはそれなりに世話になったみょうじにとっては、なんとも縁起の悪い話である。また杉元たちは知る由もないが、彼女は危険を犯してまで偽の刺青人皮をかき集め、なんとか江渡貝へ託したという経緯がある。それも視界に入れることすら嫌だった彼の作品――――あの実に趣味の悪い鞄――――に触れてまで。

それが呆気なく炭鉱事故で紛失しました、なんて結末はみょうじからすれば面白くないわけで。もちろん、杉元達には口が裂けても言えないが。月島の遺体が見つからないことを、彼女は一人こっそり願っていた。

そうやって皆が月島の死体捜索を進める中、脚が使い物にならないみょうじは江渡貝の家で待機となった。ただし監視役として常に誰かが付いている形で、だ。監視があろうとなかろうとどうせ動けはしないのだが、第七師団が彼女を助けに来る可能性や、何らかの方法を使って連絡を取り合う可能性を考えたのだろう。

ただ、みょうじからすればそのどちらも"ありえない"ことだった。なにせあの鶴見が自分のために兵士を割く訳がないし、リスクを犯してまで連絡を取り合う程の信頼関係もないのだから。

「おそらく月島は死んでない」

しばらくして死体捜索から戻ってきた尾形が、みょうじのところまでやって来てそう言葉を落とした。じっと彼女を見下ろすその表情からは何も読み取れない。なぜわざわざ私に言いに来たんだ、と思いつつ、みょうじはその事には触れずに「そうか、残念だったな」と抑揚のない声で返した。

「おいおい、お前の仲間だろ?薄情な奴だな」
「裏切った奴がよく言う」
「辞めろよ、傷付くだろ」

そう言う尾形の顔には薄らと笑みが浮かんでいる。にやにや笑っていると言った方がいいかもしれない。どうやら反応を見て楽しんでいるらしいと気付いたみょうじは、相手にするのも馬鹿らしいとそっと彼から視線を外し、そうして今度は土方の方を見た。

「それで、どうするんです?熊岸長庵を探しに行くんですか?」
「……いや、人間剥製に残された皮と贋物の刺青人皮に共通点が必ずあるはずだ。きっとこの家に手がかりが残されている」
「ここは早く出た方が良いと思いますけど」
「何?」
「鶴見中尉なら証拠隠滅を図るでしょうから」

その時、奥の部屋からガシャンッと窓の割れる音が響いた。

「例え私が巻き込まれようとも」

みょうじの言葉を背に、尾形が咄嗟に音のした部屋へと向かう。そうして扉を開いたその先には、轟々と燃え盛る炎があった。異変に気付いた家永が玄関から逃げようとしたものの「外へ出るな!撃たれるぞ!」と尾形によって制止される。曰く、家の周りは既に兵士に囲まれているらしい。

瞬く間に銃撃戦が始まり、みょうじは咄嗟に床へと伏せた。同時にずきりと脚に鋭い痛みが走る。この怪我では逃げることも叶わない。このまま焼け死んでしまうのだろうかと、どこか他人事のように考えた。

「いけいけッ!2階だッ!2階の狙撃兵を探せッ!」

ついにはバァンッと激しい音を立てて開かれた扉から、2人の軍人が突入してきた。聞き覚えのある声に、みょうじははっと顔を上げる。そこにいたのは二階堂だった。彼もみょうじの存在に気付き、2人の視線がガチリとぶつかる。

「良かった!生きてた!月島軍曹があんたを連れて帰れって!」
――――月島が?」

みょうじの言葉は独り言と化した。すぐに二階堂と土方の取っ組み合いが始まったのだ。おそらく二階堂には聞こえてすらいないだろう。

"俺に汚れ仕事はさせるなよ"そんな言葉を吐いた人間が、なんとも殊勝な事をするものである。薄々感じてはいたが、いつもあんな無愛想な面をしているくせに中々甘いところがあるらしい。いや、単にまだ利用価値があると思われているだけなのかもしれないが。

みょうじがそんなことを考えているうちに、土方と二階堂の戦いに勝敗がついた。土方が二階堂の脚を切り落としたのだ。ぽつんと残された彼の右脚を見て、みょうじは思わず顔を顰めた。

「逃げるなら今しかない!急げ!」
「行くぞジイさん!」

急かす声が聞こえたかと思うと、駆け寄ってきた尾形によってみょうじの身体がひょいと担ぎ上げられる。俵を担ぐみたいに肩に乗せられて、腹を圧迫されたせいでみょうじの口から「うっ」と呻き声が漏れた。眼前には尾形の背中、顔を上げれば火の海がそこまで迫っていた。どこからか二階堂のものと思われる呻き声が聞こえてくる。

「……私は置いていけ」
「そういうわけにはいかん」

みょうじは抵抗しようと腕を振り上げ「次は肩に撃ち込んでやろうか」すぐに下ろした。

「諦めるんだな」

そう言って尾形はふんと鼻で笑うと、まるで鼓のようにみょうじの尻をばしんと叩く。このいけ好かない男の後頭部に肘鉄をお見舞したい。そう思いつつもぐっとその衝動を堪えたみょうじだった。



「浮かない顔だな、月島」

陸軍病院から兵舎へと戻り、状況を報告しに部屋を訪れた月島に鶴見はそう声をかけた。江渡貝の家へ証拠隠滅のために向かわせた兵士たちが負傷者を出して戻ってきたのだから、月島が鶴見の言う「浮かない顔」をしていても当然なのだが、彼の意図した事は別にあり、また月島もそれを十分に理解していた。

「みょうじが心配か?」
「……彼女は巻き込まれたようなものですから」

江渡貝もみょうじも、元々は金塊争奪戦には無関係の人間である。ただ自分たちが利用しただけ。そのせいで江渡貝は死に、みょうじは尾形に連れ去られてしまった。さらに二階堂の話では、彼女は右脚を負傷していたのだという。その傷も以前受けた腹の傷も、自分たちに関わらなければ負わずに済んだものだ。

「そう易々と死ぬたまではない。彼女の身体能力の高さは貴様も分かっているだろう 」
「……はい」
「どうした?随分と絆されたようだな。惚れたか?」

思わぬ問いかけに月島はぎょっとして、すぐに「いえ、まさか」と否定した。この胸のわだかまりはきっと、単に罪悪感から来るものだ。

江渡貝をあの場に残し、自分一人だけ逃げたことは月島の胸に重くのしかかっていた。自分の死を悟った彼は、心酔する鶴見のために命を賭したことへ誇らしささえ感じているようだったけれど。「"鉄"です!"鉄"と伝えて下さい!」そう言った彼の顔には確かに笑みが浮かんでいたのだから。

江渡貝からすれば初めて自分を肯定してくれた人のために役目を果たし、その結果がたとえ死だったとしても本望だったのかもしれない。ただ、巻き込んだ側の人間としてはそう割り切れるものでもない。

――――いつか彼女もそういう最期を遂げるのだろうか。金塊を巡る争奪戦に利用され、そのせいで死んでいく、なんて。

「惚れた腫れたなどと言う歳でもありませんよ。ただ、」
「ただ?」
「…………彼女の作る飯がうまかったので」

鶴見は静かに目を伏せると「そうか」と小さく呟いた。

「そういえば、私もパンケーキを作ってもらう約束をしていたな」

そう言いながらくるりと踵を返し窓の方を向いた鶴見の背中を、月島はただ静かに見据えたのだった。