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「チンポ先生、ヤマギシの脳みそです」

そう言って牛山に匙を向けるアシㇼパに、みょうじは少しばかり狼狽してばちりとひとつ瞬きをした。「チンポ先生」の呼び名にも未だ慣れない上に、脳みその生食に動揺したのだ。大体チンポ先生ってなんだ。そんな疑問は尋ねる時機を早々に逃してしまっていた。

既にジュルジュルと脳みそを啜っている杉元をなんとも言えない気持ちで眺めつつ、いたいけな瞳で脳みそを差し出されている牛山にみょうじは少しだけ同情した。

「食っていいものなのかい?それ……」
「杉元ぉ?ヒンナだよなぁ?」
「ヒンナヒンナ」

ヒンナの意味は分からないが、きっと「美味しい」に代わるものだろう。その割には杉元の目が死んでいるけれど。結局牛山は食べる覚悟を決めたらしい。虚無の顔でヤマギシの脳みそを口に運ぶ牛山をみょうじは気の毒に思った。アシㇼパは彼が食べたのを確認すると、今度は尾形へと匙を向けた。

「いや俺はいらん」
「じゃあなまえ、ほら」
「いや……私もいらない」
「しょうがない奴らだな!」

彼が躊躇なく断ってくれたおかげでみょうじも断りやすい雰囲気になり、彼女は尾形に少しだけ感謝した。好き嫌いはしない方だが流石に脳みそは受け付けなかったのだ。

「あとは内臓ごとチタタㇷ゚する」
「……チタタㇷ゚?」

聞き慣れない言葉に首を傾げつつ、みょうじはじっと調理の様子を眺める。どうやらヤマギシをひき肉状にするらしい。チタタプと言いながら全員で肉を叩いていくのがアイヌの慣習のようだった。

「チタタプ チタタプ」
「おお、いいぞなまえ。ほら尾形もなまえを見習え」

みょうじが見よう見まねで肉を叩けば、尾形の視線が真っ直ぐ彼女に向けられた。無言のまま注がれるその視線に居心地の悪さを感じつつもみょうじはそれに気付かない振りをして、ただ目の前の肉に集中する。頭の片隅で、何を考えているか分からん奴だ、と思った。自分が周りから全く同じように思われているなど、彼女は知る由もない。

そうして出来上がったチタタㇷ゚を4人で囲み、その美味しさに舌鼓を打つ。ずずず、と啜った汁が食道を通って身体をじんわり温めていく。つい前日、銃撃戦の最中にいたことが信じられないほど穏やかな時間だった。

「……アシㇼパは逞しいな」
「アイヌならこれくらいできて当然だ」

そう言いつつも、ふふんと得意げな顔をするアシㇼパにみょうじの口元が僅かに緩む。みょうじは彼女の澄んだ硝子玉のような瞳をじっと見つめて、綺麗な目だ、とその美しさに惹き込まれた。鬼殺隊に入ってから今日のこの日まで、ここまで純真無垢な瞳をもつ人に出会ったことはなかった。綺麗な人も、優しい人も強い人も、必ずその奥底には暗い影を宿していたから。

「なまえさんは鶴見中尉のとこで世話になってるって言ってたよな?江渡貝のところに来る前は何してたんだ?」

ふと向けられた杉元の問い掛けに、みょうじは師団での日々を思い返した。

「雑用全般だよ。掃除、洗濯、裁縫……お使いとか」
「隊員と一緒にってことだよな?男所帯に女一人って、大変だろ」
「…………まあ、うん」

それだけ言って視線を落とした彼女に、杉元と牛山はかける言葉が見つからなかった。服装といい女としては異様に短い髪といい、まるで男のような身なりをしているのはきっと身を守る術なのだろう。軍人とは言え素行の良い者ばかりではないから、きっと色んな苦労があるに違いない。二人共がそんなことを思ったのだ。

その実、みょうじはただ話すのが面倒だっただけなのだが、そんなことをほぼ初対面の2人が察せるはずもなく。

確かに冷遇はされていたが、彼女自身は特段気にしたこともなかった。大変と言うより、面倒だと言う方がしっくりくる。なにより師団での仕事は、仲間がばたばた死んでいくわけでも、鬼や恐ろしい上官(柱)達と対峙するわけでもない。隠のそれに比べ随分と平和な仕事だと思っていたくらいだ。もちろん、これが戦時中ともなれば話は別なのだろうが。

「……流れで連れて来ちゃったけどさ、もしなまえさんが師団に戻らないって約束してくれるなら俺は解放してもいいと思ってる」
「おい杉元、何勝手なこと言ってやがる」

杉元の言葉にいち早く反応したのは尾形だった。

「金塊探しなんて危険なことばっかだろ。なまえさんの身に何かあったらどうするんだ」
「……仮にこいつに戻る気がなかろうと鶴見中尉がそれを許すとは思えんな。そもそもただの女を師団で雇う訳がない。何かこいつを抱える理由があるに決まってる」

2人の視線がみょうじに移る。鶴見との間に何かあるのか、と言外に問い掛けるそれに、彼女はふっと視線を落として口を開いた。

「私には鶴見中尉の考えていることは分からない。まぁ、理由もなく雇う訳がないというのは同意する」

実のところ心当たりは大いにある。"仕事ぶりを評価されている"などそんな話ではなく、彼女が8年後から来た人間であるというただその一点である。もちろんそんな話をここでする訳もなく、みょうじには知らぬ存ぜぬを決め込む以外の選択肢はなかった。

彼女の言葉を受けて、尾形は「こいつは連れて行く」と結論を下すように言い切った。

杉元は考え込むように額に手を当てると、少ししてハァと深いため息をついた。それからすぐにパッと顔を上げ、決意した顔で真っ直ぐにみょうじを見据える。

「こっちの都合でこんな危険な旅に連れ回すんだから、なまえさんには危害が及ばないよう約束する。そこは安心して」

そんな杉元の言葉に牛山が同意するように一つ頷く。さらにアシㇼパが「なまえを危ない目に遭わせる奴がいたら私がストゥで殴ってやる」と細い棍棒の様なものを掲げた。

彼らにとってみょうじは"第七師団の給仕の女"でしかないから、そこらの一般女性と同列に捉えられているのだ。実際には人並み以上の身体能力があるわけなのだが。

とはいえ、そんな彼女も流石に"不敗の牛山""不死身の杉元"と称される二人に敵う程強い訳ではない。場合によっては、実際に彼らに守られる場面だって出てくるだろう。

ただ、誇らしげにストゥを構えるアシㇼパにだけは、みょうじは"かわいい"以外の感想が出てこなかった。「私に任せろ」と言わんばかりの顔をする彼女を微笑ましいとすら思った。(もちろん、彼女の知識や猟の技術が卓越していることは十分理解している。あくまで"戦闘"に限った話だ)

「こいつの噂を聞く限り、守ってやる必要はなさそうだがな」

3人のやり取りを横目に、尾形はハッと鼻で笑いそんな言葉を零した。「噂?」と牛山が聞き返すと、尾形の視線がみょうじへと向けられる。どこか嘲るようなその視線を、受けた本人はじとりと見つめ返した。

「米俵三つ同時に担いてただの、素手でヒグマを倒しただの、大変な奴に助けられたなと言われたもんだ」
「「エッ」」
「……いや……なんだそれは、覚えがないぞ。どうせ宇佐美だろ」

とんでもない尾ひれを付けられたものだとみょうじが呆れたようにため息をつく。人をおちょくりからかうのが好きな宇佐美が、尾形にあることないこと吹き込んだのだろう。愉快そうに話すその顔まで容易く思い浮かんでしまう。

「しかし隊員を一人打ちのめしたのは事実だろ。これは色んな奴から聞いたからな」
「…………」
「エッ……なまえさん、本当に?」

嘘だよね?とでも言うような杉元の視線から、みょうじが分かりやすく顔を逸らす。

「…………まぁその……男は急所ぶらさけてるしな」

その意味をすぐに理解した杉元と牛山は、さっと自身の股間に両手を当てがったのだった。