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突然始まった戦闘もようやく終わり、静けさを取り戻したコタンを見渡してみょうじはごくりと固唾を飲んだ。至る所に転がる死体。その中には探していた熊岸長庵のものもあった。こんな光景は見慣れている。それを弔う作業にすら。しかしこれまでと決定的に違うのは、これが人と人が争いあった結果だということだ。

「杉元のやつ……ほとんどひとりで偽アイヌ共を皆殺しにしやがった。おっかねぇ男だぜ」

ほとんど独り言のように紡がれた尾形の言葉に、みょうじはちらりと杉元の方へと視線を移した。何やらアシㇼパに声を掛けている彼の表情は、憂わしげな色を乗せた柔らかいものだった。それがこの無数の死体を生み出した男の浮かべる表情かと思うと、そのあまりの歪さに一層恐ろしさを感じた。

分かっている。殺らなければ殺られていたのだと。誰も死なず事が済むような状況ではなかったことくらい。みょうじは誰も殺さないままに終わったが、もしアイヌの女たちがトドメを刺さなかったら、死に損なった者の中に銃を持つ者がいたら、――――殺されていてもおかしくなかった。だからこの惨状を作り上げた男を悪く言うつもりはない。

しかし、杉元の隣でどこか固い表情を浮かべるアシㇼパを見て思う。どうかあの綺麗な瞳が濁ることのないように、と。

その時、ついと杉元の視線がみょうじの方を向いて2人の視線が絡み合う。それから直ぐに杉元が彼女の方へと近付いてきた。彼との距離が縮まるにつれその顔が僅かに強ばっていることに気が付いて、戦いの名残りだろうとみょうじは思った。暴れ回った直後だからきっとまだその興奮が残っているのだ。

「なまえさん、大丈夫だった?どっか行っちゃったから心配してたんだ」
「あぁ……悪い。嫌な予感がしたから離れてたんだ」
「怪我してない?襲われなかった?」
「問題ない。それより杉元の方が、」
「俺は大丈夫。不死身だから」
「…………そう」

それから杉元はゆるりと辺りを見渡して「手伝わなきゃ」と小さく零した。コタンの女たちは既に死体を運び始め、家から穴を掘る道具を持ち出している。杉元がそれに交ざろうと歩き出して、後に続こうとみょうじも一歩足を踏み出した。途端、右脚にずきりと痛みが走り「っ、」と思わず息を飲んだ。それに気付いた杉元がぱっと彼女を振り返る。

「脚、痛いんじゃないの?なまえさんは休んでて」
「あぁ、別にこれくらい、」
「ダメダメ!せっかく治りかけてるのに悪化したらどうするの」
「でも埋葬が、」
「動ける奴でやるから。――――アシㇼパさん!なまえさんの脚診てあげて!」

気遣わしげな顔で窘めてくる杉元に、みょうじは些か呆気に取られた。つい先程まであんなに激しく暴れ回っていた男がこの程度の傷を気にするだなんて。つくづく不思議な男だと、そう思わずにはいられなかった。



みょうじの傷の手当てが済み、杉元達も埋葬を全て終えたところで、コタンの女たちがお礼にと料理を振舞ってくれることになった。近くの川へと移動し皆がオオウバユリを加工する姿をみょうじは少し離れたところで眺め、時々解説を務めるアシㇼパの言葉に耳を傾けた。本当は手伝いたかったのだが怪我人だからと止められてしまったのだ。

「おいそれさっき囚人の頭を殴ってたやつだろ」

そうアイヌの女に目敏く指摘する尾形に思わず苦笑いが漏れる。先程みょうじが武器として振り回していた物もそれと同じ杵だったのだ。おそらく彼女が使ったものもどこかに紛れているのだろう。それなりに血や泥が付着していたから洗っているとは思うけれど。いや、流石に使わないかとみょうじは自己完結する。

そうやって加工されたオオウバユリは、最終的には団子となってみょうじ達に振る舞われた。皆でその美味しさを満喫する中、みょうじはそこで初めてオソマの意味を知ることになる。

「やっぱり杉元のオソマは何にでも合う!スゴイオソマ!」

「オソマ?」「オソマ……」とざわつくアイヌの女たちを見て、杉元が「ほらほらアシㇼパさんがオソマ言うからうんこ食べてると思ってるよ」と呆れ顔で零した。

「うんこ…………」

みょうじがアイヌ達のどよめきに紛れて小さく呟く。――――私もオソマ行ってくる――――あの時自分が言った言葉がどういうものだったのかようやく理解したのだ。

「あっ、そうそう、オソマってうんこのことなんだよ」
「……アシㇼパは味噌をうんこだと思ってる……?」
「うん、最初はそれで食べてくれなくてさ。今は気に入ってるみたいだけど」

若い女性の口から些か下品な単語が紡がれることに戸惑いながらも、杉元は彼女の問い掛けに答える。するとみょうじの肩がふるふると小さく揺れ始めた。

「ふっ……くく、あははっ」

突然派手に笑いだしたみょうじに、杉元は驚いて目を丸くした。そして彼だけでなくアシㇼパも、牛山も、尾形までもがぱっと彼女の方に視線を移す。初めて彼女がこんな風に笑うところを見たのだ。短い付き合いとは言え、喜怒哀楽を殆ど表に出さない彼女がこうやって笑うのはきっと珍しいに違いないという事は分かった。

その実、師団の人間だって一度も見たことがないのだから。

「アシㇼパ、私にもオソマ分けてくれよ」
「あぁ!この団子にぴったりだぞ!」

その日の夜は、女たちの笑いが溢れる実に賑やかな時間となった。



一夜明け、杉元一行は村長に化けていた囚人――――詐欺師の鈴川聖弘を連れてコタンを出ることになった。土方達と合流して処遇を決めるのだという。

また元々の狙いであった熊岸長庵が死んだことで、みょうじは自身が解放されることを少し期待していた。これ以降の彼らの計画を知らないから、例え彼女が鶴見の元に戻ったところで問題は無いはずだからだ。しかしそう打診してはみたものの、結局はそれも「土方の判断を仰ぐ」ということになってしまった。因みに杉元は解放に前向きで、尾形が否定的な態度を示した。

どうも尾形はみょうじに執着しているらしい、とこの頃には暗黙のうちに皆がそう認識していた。その理由までは誰も分からないが、最初に"命の恩人"とやけに強調していた時点でそのきらいはあったのだ。

「ここの村は男がいなくなったからずっとコタンに居ろと言ってる。チンポ先生が大人気だ」

女たちが惚れ惚れした顔で「チンポセンセイ」と口々に言う姿は些か異様な光景である。彼女達はチンポの意味を知っているのだろうかとみょうじは苦笑う。アシㇼパは分かった上でそう呼んでいるようだから、もしかすると抵抗がないのかもしれない。

「なまえ」
「なまえサン」
「……え、私?」
「なまえも人気だな。囚人達から守ってくれたからって」

どうやら男だと思われているらしい。紛らわしい身なりをしているのだから仕方ないと、みょうじは曖昧な笑みを返す。そんな彼女に尾形がそっと近付き耳打ちする。

「随分と雄々しく戦われたようですなぁ」

こいつは嫌味を言わなきゃ気が済まないのか、とみょうじは無言のまま尾形の肩にどすっと拳をお見舞いした。尾形は無表情のままそれを喰らい、ただ一言「女だと言ってやらんのか」と続ける。

「一期一会の縁だ。わざわざ恥をかかせる必要はないだろ」
「……ほう、てっきり女色かと」
「そのはない」

結局引き止める女達に別れを告げ(且つコタンに残ろうとした牛山を2人がかりで引きずって)杉元一行はコタンを後にしたのだった。