18

コタンを出た杉元達は土方一行と落ち合うため約束の宿へと向かった。先に到着していた永倉が彼らを出迎え、そこで白石が兵士達に捕まったことを知らされる。なんでも今現在、土方とキロランケが白石奪還に動いているらしい。おかげでみょうじと鈴川の処遇も決まらず、その日は皆で2人の帰りを待つこととなった。

旅の疲れを癒そうとゆっくり風呂に浸かったみょうじは、思いのほか火照ってしまった身体を冷ますために縁側へと出た。手拭いでがしがしと拭いただけの髪はもう乾き始めている。やっぱり短い方が楽だな、と自身のそれに手櫛を通した。

「もう足は大丈夫なのか?」

不意に掛けられた言葉に振り向けば、そこには永倉の姿があった。どうやら彼も風呂上がりらしくその肩には手拭いが掛けられている。

「殆ど治りかけです……が、昨日また少し傷が開いてしまって」
「はっは、お嬢さんはどうもお転婆のようだな」
「状況が状況だったんですよ」

ふう、と彼女は頬を掻いて軽くため息をついた。それからもう一度永倉の方へと視線をやって、その姿を上から下まで眺め回す。

「永倉さんって……もしかして"あの"永倉さんですか」
「新撰組の、という意味ならそうだが」
「! じゃあ、土方さんも"あの"土方さん……?」
「鬼の副長と謳われた土方歳三だ」

もしかしてと思って尋ねはしたものの、返ってきた言葉にみょうじは目を丸くした。なにせ土方歳三は40年近く前に亡くなっているとされる人物だからだ。最初はみょうじもただの同姓同名だろうと思っていた。しかし江渡貝の家で彼が二階堂の脚を斬り落とすのを目にした時、その太刀筋に「まさか」と有り得ないはずの結論の尾を掴んだのだ。

「……まさかお二人と会えるなんて……人生何があるか分かりませんね」
「なんだ、新撰組に詳しいのか?」
「私も剣士の端くれ……だったので」
――――だった?お嬢さんが?」
「女が刀を振ってはおかしいですか?」

永倉はみょうじの視線に真っ直ぐ射抜かれて「いや、」と少し気まずそうに顔を逸らした。しかし永倉の反応も仕方の無いものだ。女の剣士が居ないとは言わないが、その数は極小数なのだから。彼はコホンとわざとらしい咳払いをしたのち、彼女に手を差し出して「手を見せてくれ」と促した。みょうじはそれに素直に応じ、自身の右手を永倉へと向けた。

「確かに剣士の手だ……が、随分と刀を握ってないな?」
「もう5年以上は」
「指南してやろうか」
「……いえ、もう刀は捨てたんです。兄弟子にさえ見限られる出来損ないだったもので」

ふっとみょうじの表情に影が差したことに気付いた永倉は、深く追求することもなく「そうか」と短く呟いた。そして彼女の指の付け根辺りにあるマメ"だったもの"の感触を何度か確かめたのち、そっとその手を離す。

2人の間をひゅるりと夏の生ぬるい風が通り過ぎて行った。



翌日、ようやく土方とキロランケと合流したものの、2人の白石奪還は失敗に終わったと聞かされた。彼らによれば白石は既に旭川にある第七師団本部に着いてしまっているだろうとの事。脱獄王と呼ばれる白石であっても脱出は厳しい───仮に出来たとしても、いつになるか分からぬものを待つ訳にもいかないという結論へ辿り着く。となればやはり白石奪還に動くしかないわけなのだが、場所が場所、相手が相手なだけに皆の表情は曇るばかりだった。

「尾形お前見てこいよ。第七師団だろ」
「…………俺はいま脱走兵扱いだ」
「キロランケは?元第七師団だろ?」
「俺はカムイコタンで顔を見られた」

そんな会話にぴんと閃いたみょうじが「私が行こうか」と声を上げるものの「そのまま逃げる気だろ」と早々に尾形に見透かされぴしゃりと却下されてしまった。内心チッと舌打ちし顔を顰めた彼女に、尾形がじとりとした視線を送る。

結局、白石の刺青は既に写してあるからと皆が彼の奪還を潔く諦めようとした。しかし杉元がそれに異を唱える。

「いや……俺は助けたい。この詐欺師を使おう」

どうやら鈴川は殺されずに済むらしい。同時にみょうじの解放も先送りとなってしまった。白石奪還作戦に動くとなる以上、第七師団と繋がりの深い彼女を解放する訳にはいかないのだ。

その後杉元一行はすぐに旭川に向けて出発した。本部が目と鼻の先なのに、と解放の機会を失ったみょうじは分かりやすく不満気な顔をした。

ただ、いくら第七師団に雇われている身とは言え、それは鶴見のいる小樽に限った話であって、本部は彼女の存在すら把握していない。だから仮に本部へ駆け込んだところで保護してもらえる望みが薄いことは彼女自身もよく分かっていた。鶴見の名前を出したところで連絡をとってくれるかも怪しいだろう。結局は自分の足で小樽まで向かう必要があるのだ。白石奪還に彼らが気を取られている間に逃げ出すことも考えたが、この屈強すぎる男達、それも遠距離射撃に長けた尾形がいる以上それは得策でないだろうとの結論に至った。



「お嬢さんは鶴見中尉の元へ戻りたいのか」

ふと土方から落とされた言葉に、みょうじは少し考える素振りを見せたのちに「そのつもりでいます」と返した。

「なぜ第七師団にこだわる?……いや、鶴見中尉から逃げられないだけか?」

――――"ただの女を師団で雇う訳がない。何かこいつを抱える理由があるに決まってる"
みょうじは以前尾形が口にした言葉を思い返した。きっと土方も同じように考えているのだろう、と。そう思われるくらいには、師団が彼女を雇っていることは特例中の特例なのだ。隊員だけで賄える業務の中、わざわざ軍人でもない人間を、それも女を雇っているのだから。何か理由があると勘繰るのも自然な話である。

「これは私の意思ですよ。身寄りのない女が生計を立てられる仕事など早々ないので。手放す訳にはいかないんです」
「お嬢さんなら嫁の貰い手もあるだろう」
「…………どうですかね」

そう言葉を濁しはしたものの、みょうじにその気は一切なかった。今更そこらの娘のような生き方はできそうにない、というのが彼女の本音である。そもそも女らしさの欠片もない上に、背中に大きな傷を抱えた行き遅れの女など一体誰が娶ってくれると言うのか。

――――それに。

目を瞑れば、瞼の裏に焼き付いた男の後ろ姿が一枚の写真のようにはっきりと浮かび上がる。いっそ神々しささえ感じる程のあの勇猛な姿は、これから先も忘れられそうにない。みょうじは背中の古傷がじくりと疼くのを自覚した。

「永倉から聞いたが元は剣士だったそうだな。どうだ、私の一派に来るか?」
「……はは、それは魅力的な話ですね」

本気とも冗談ともとれない土方の言葉を、みょうじは薄く笑ってさらりと躱した。それから先を歩くアシㇼパの背中へと視線を送る。

鶴見のところへ戻る気でいるのは本心だ。しかし同時にあの少女へ少しずつ情が移りつつあることもまた自覚していた。

あの綺麗な瞳の輝きがどうか失われることのないように。そう願ってしまうくらいには。