29

アシㇼパとみょうじが旅館の外に出てすぐに、パァンと重い衝撃音が辺りに響いた。「銃声だ」アシㇼパが不安げな顔で弓矢を手にする。

「温泉の方だな。襲われたか」
「私たちも行こう。火を灯すから待ってろ」
「いい、私は夜目がきく」
「あっ、なまえ!」

みょうじはアシㇼパの制止を聞かずに1人銃声のした方へと走り出した。新月だと厳しいが、ぎりぎり月明かりはある。襲撃が予想していたよりも早かったのは不幸中の幸いか。鬼殺隊にいた彼女にとってはこれくらいの暗闇も、夜の山を歩くことも慣れたものだ。むしろそんな環境とこのピンと張り詰めた緊張感に懐かしささえ覚えた。

カ……ッ、キン……

どこからか聞こえてきた微かな金属音にじっと耳を澄ませる。しんと静まり返った森の中、その音はやけに響いて聞こえた。おそらくは銃のボルトを操作する音だろう。その音を発したのは敵か、味方か。敵は何人で、味方は何人が銃を持っているのか。何一つ状況が分からないことにみょうじは内心チッと舌打ちをした。

しばらくして、遠くでちらちらと明かりが揺らめくのが見えた。灯火を掲げたアシㇼパである。不用心にガサガサと歩みを進める彼女の様子にみょうじは思わず狼狽する。敵は異様に耳の利く盲人達だから、アシㇼパの姿は見えずともすぐに彼女の存在とその位置に気付くはずだ。忠告すべきだったと顔を顰めたその時、アシㇼパのかざした灯りにふっと人の影が現れた。

「たいまつに近付くな!銃を持ってる奴がいるぞッ!!」

――――ジュパンッ

聞き慣れない男の声が聞こえたのとほぼ同時に、アシㇼパの目の前にいた人物の頭が撃ち抜かれた。血飛沫のせいかその人を照らしていた灯りがふっと消える。直後、連続した銃声音が響いた。

男を撃ち抜いたのはおそらく尾形だろう。そう判断し、銃声が止んですぐに最初に発砲音がした方角へと向かう。そこには予想した通り尾形の姿があって、彼は弾除けのため大木に背中を預けていた。みょうじは滑り込むようにしてその隣に合流した。

「……何で全裸なんだ」
「そりゃあ温泉に入ってたからな」

身を寄せ合い、殆ど密着した状態でこそこそと会話を交わす2人。みょうじは思わず姉畑支遁を思い出しそうになって、慌てて脳内に浮かび掛けた彼の姿を振り払った。どうにか気を取り直し、それからじっと辺りの様子を伺う。

「尾形、敵は見えるか」
「全く」
「あっちに1人と、向こうにも1人いる」
「なんで見えるんだ……お前、銃は使えるか」
「全く」

2人はため息をつきそうになったのを堪えて、ただじっと押し黙った。敵の位置を認識できない尾形と、射撃の腕がないみょうじ。なんとも歯痒い状況である。

「アシㇼパみたいに敵を照らしてこいよ。そうしたら一発で仕留められる」
「あいつらの聴力は異常だぞ。流石にそれを欺けるほど足音は消せない」

つまるところ、この状況で尾形とみょうじに成す術はなかった。結局2人はこのままここに息を潜め、夜が明けるのを待つことにした。太陽が出て明るくさえなれば形勢逆転は容易である。みょうじは隠として働いていた頃、毎晩のように日の出を待ち焦がれていたことを思い出した。まさかあの環境を離れてからも同じ状況になるだなんて。

それからどれくらい時間が経っただろう。僅かに空が白み始めた。どうやら盗賊たちはその事に気付いていないらしく、未だ撤退する様子は見られない。尾形は1人の男に狙いを定め、その胸を撃ち抜いた。森の中を銃声が木霊して、それからすぐに盗賊たちが逃げ始めた。こちらが攻撃を仕掛けたことで、夜が明けはじめたことを察したのだろう。

「尾形、あそこにいる男が見えるか。あいつがずっと舌を鳴らしていた。おそらく親玉だろう」
「……薄らだが、なんとか」

早速尾形はその男へと狙いを定め、引き金を引く。結構な距離があるというのに尾形の放った銃弾は男の集音器に命中した。身体にこそ当たらなかったものの、その正確性を目の当たりにしたみょうじは「よくこの距離で当てられるな」と感心したように漏らした。いつか尾形が鈴川聖弘に向けて言った「二千メートル以上俺から逃げきれるか試してみるか」というのは脅しのためのハッタリではなかったらしい。

「もうちょっと明るければ外さなかったのに」
「……そりゃあ頼もしい」
「このままじゃ逃げられる。追うぞ」

尾形とみょうじは急いで男達の後を追い掛け、そうして辿り着いた先には一軒の廃旅館があった。おそらくはここが奴らの寝床なのだろう。しばらくその旅館の傍で様子を伺っていると、そこへ杉元とアシㇼパがやってきた。当然のように杉元も全裸である。みょうじは何でもないような顔をしつつもすぐに彼から視線を逸らした。

「このまま突入して一気にカタをつける。アシㇼパさんとなまえさんは外で待機しててくれ」

杉元がそう言って尾形と共に廃旅館へ入っていく――――そこまでは良かったのだが。出入口付近に敵が潜伏していたのか、2人が入ってすぐに扉が固く閉じられ、またその直後に発砲音が鳴り響いた。

「なまえ、私たちも中に入ろう」
「中は危険だぞ。それより外から光を入れてやった方が……」
「私にいい考えがある」

アシㇼパは自身の背負い袋を漁ると、そこから菱の実を取り出した。手のひらに乗せられたそれを見てみょうじが「マキビシか」と呟けば、アシㇼパが小さく頷く。

「私はこれを撒きながら杉元と合流する。なまえは外から窓を開けてくれ。板が打ち付けられてるから私の力では厳しい」
「……分かった」

ここから見える限り、窓は頑丈に塞いであるようだった。おそらくは全ての窓が、もしかすると内側からも。確かにこれを壊すのはアシㇼパにとって容易ではないだろう。「気を付けて」「なまえもな」2人はそんな会話を交わし、すぐに別れた。

アシㇼパの背中を見送ったのち、みょうじは早速窓に打ち付けられた板に手を掛けた。何本もの釘で固定されているが、力づくで引っこ抜けないことはない。ただ大きな音を出せば旅館の中から撃たれてしまうだろう。綱でも掛けて離れた所から引っ張るか、と綱の代わりになりそうなものがないか森の方へと視線を移したその時だった。とある人物の姿を認めてみょうじは「あ、」と声を漏らした。

「久しぶりだな、お嬢さん」

そこには旭川ではぐれた土方の姿があった。