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土方の登場によって杉元一行と盗賊たちの戦いは幕を打った。話によれば都丹庵士は杉元達を鉱山会社が差し向けた刺客だと思っていたらしい。誤解が解けた今、もう襲ってくることはないからと彼の処遇は土方一派に委ねられることとなった。ただし刺青の写しを条件に、である。

都丹は自身を硫黄山での苦役に課した犬童を酷く恨んでいた。そんな彼を土方は網走監獄への潜入に連れていくつもりらしい。鋭敏な聴覚を持ち射撃の腕もある都丹が味方となれば確かに心強いし、都丹からすれば犬童への復讐にもなる。つまりは互いの利害が一致したのである。

建物の中で交わされるそれらの会話を、みょうじは壁に背を預け盗み聞いていた。

「これではいつまでたってもお前の人生は闇から抜け出せない」

聞こえてきたアシㇼパのどこまでも真っ直ぐな言葉に、みょうじはふっと笑みを浮かべる。都丹がなんと返したかまではこの距離では聞き取れなかったが、きっと彼からすれば耳の痛いものに違いない。みょうじはそこで話が終わったことを察して、そっと建物を離れた。



そうして杉元一行と土方一行が再び合流し、都丹も加わったこの大世帯が向かった先は網走監獄――――ではなく、とある写真館だった。

「なんだって急に写真なんか……」

そう疑問を漏らすキロランケに杉元が「アシㇼパさんの写真をフチに送ってあげようと思ってね」と答える。ついでに思い出として皆で写真を撮ろうと言うのだ。確かにアシㇼパの写真を送ってやればフチも少しは安心するだろう。

しかし記念撮影それ自体に特に興味のなかったみょうじは、皆が何だかんだ乗り気で撮影を始めたのを横目に静かに写真館を出た。そして扉を潜ってすぐのところで尾形の姿を見つける。

「お前も撮ればいいだろ」

彼は建物から出てきたみょうじを見てそう言った。

「そっくりそのまま返すよ」
「魂を抜かれてはかなわんからな」
「そんな迷信を信じてるのか」

みょうじの言葉に尾形はふっと薄い笑みを浮かべただけで何も答えなかった。代わりに「これからお前はどうするつもりだ」と別の話題を口にする。

「これから?」
「網走監獄を出た後だ。金塊探しを続けるのか」
「……いや、金塊には興味が無い。小樽に戻るつもりではいるけど、これだけお前らに肩入れして師団に戻れるかどうか――――後は風の吹くままだよ」

尾形はしばらく押し黙ったのち「俺と一緒に来るか」と零した。普段一匹狼のような立ち位置にいる彼がそんな台詞を言うことに物珍しさを感じつつ、みょうじは少し考えるように首を捻る。

「尾形は杉元達に同行するんじゃないのか」
「あいつらが俺を信用しているとでも?」

その言葉にみょうじがどこか納得したような顔で「あぁ」と小さく漏らした。ただでさえこの旅は常にきな臭さがまとわりつくものだ。今はたまたま思惑が一致しているから一緒にいるだけであって、皆が同じ志を有しているわけでも、信頼や友情といったもので繋がっている訳でもない。袂を分かつ時がいつ来ようとおかしくはないのだ。不安要素がキロランケとインカㇻマッだけでないのは皆も分かっていることだろう。

そのいずれ来るかもしれない"袂を分かつ時"に一緒に来いと尾形は言っているのだ。

「あんたが私を信用しているとも思えないけど」
「"命の恩人"だぜ? してるに決まってるだろ」
「はっ、胡散臭いことこの上ないな。それに、そもそも私があんたを信用してるとでも?」
「助けた命には最後まで責任もてよ」
「…………どんな理屈だ。捨て猫でもあるまいし」

みょうじは自身の前髪を無造作に掻き上げると、空を仰いで小さく息をついた。

「私の目下の望みはアシㇼパがのっぺら坊に会うのを見届けることだ。それが終わったらこの旅を降りる。……あまり大事なものを抱えたくないんだ」

その言葉の意味を問うように、尾形が彼女をじっと見つめる。みょうじはその視線の意味を理解しつつも、答えるのが憚られるのか少し複雑そうな顔をした。しかしこの男はそれを察して引くような奴でもないとすぐに諦めた。

「大事なものを失うのは怖いだろ。そういう意味で師団は居心地がいいんだ。仕事として割り切れるから」
「この旅がその"大事なもの"になりかけてるように聞こえるが」
――――だから、本当にそうなる前に旅を降りるんだ」

尾形はすっと目を細めて彼女を見つめたのち、踵を返し背を向けた。「大事なもの、か。俺には分からん話だ」と、それだけ言って歩き出す。みょうじはその後ろ姿をただ静かに見送った。

丁度その時、彼女の背後で扉がギイと音を立てて開いた。そこからひょっこり顔を出した杉元が「なまえさん、写真撮らないの?」と問い掛ける。

「あぁ、写真は苦手なんだ」
「良かったらアシㇼパさんと一緒に撮ってあげてよ」

虚をつかれたように目を丸めたみょうじは「いやでも」と断り文句を探して口をもごもごと動かした。そんな彼女も「アシㇼパさんも喜ぶ」と言われてしまえば観念する他なかったらしい。根が張ったようにその場から離れなかった足が、建物の方へと一歩踏み出された。

「なまえ、どこにいたんだ!ほら、一緒に撮ろう」
「……うん」

写真館に入るや否や、中にいたアシㇼパに手を取られ背景布の前へと連れて行かれる。自分より幾らか小さいその手をきゅっと握り返し――――その"大事なもの"になりかけてるように聞こえるが――――尾形の言葉を思い返す。もうなっている、なんて、本当は認めたくないけれど。

「写真できたぞ。ほら、良く撮れてる」

しばらくして手渡された2人並んだその写真は、雑嚢の一番底に仕舞い込まれたのだった。