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「絶対に嫌だ」

隅に転がっていた木箱に腰掛けていたみょうじは、腕を組み山田をじっと上目で睨み付けた。長吉が困った顔で「なまえさん!」と縋るように叫ぶ。

「こういうのは意外性がウケるんですよ。可憐な女性が怪力を見せる、客は驚くに違いありません」

「可憐な女性」という言葉に、みょうじはぞわっと嫌な感じがみぞおちの辺りで蠢いたのを感じた。それから忌々しいとでも言うような顔付きで、長吉の手にあるかつらと衣装を一瞥する。

「別に着飾らなくたって芸だけで良いじゃないか。お前らは芸人だろ」
「だからァ、如何にもって人が芸を見せるより『まさか!』って思わせた方が盛り上がるんですよ。分かるでしょ?」

長吉はまるで子どもに言い聞かせるかのように言った。

「せっかくその身体能力があるんだから有効的に魅せないと勿体ないですよ。ほら、袴で動くのはコツがいるので早く着替えて練習して下さい」



話は数刻前に遡る。杉元一行の樺太公演への出演が決まると、まずは彼らの実力を測るために様々な芸に挑戦することとなった。その結果は散々――――と思いきや、鯉登とみょうじは殆どの芸をこなしてみせた。とは言え、難易度の高い技も軽々とやってのける鯉登には流石にみょうじも敵わなかったが。

しかし彼女の身体能力、特にその馬鹿力は山田と長吉を十分驚かせた。「その腕のどこからそんな力が?」と戸惑う山田の言葉を受けて、みょうじはかつて甘露寺に同じ感想を抱いたことを思い出した。自分程度でこの驚きようなら、あの方を見たら卒倒するだろうな、と。実のところみょうじの力は隠としては平均的なもので、鬼殺隊士と比べれば足元にも及ばない。まあ、確かに一般人よりは優れてはいるけれど。とどのつまり、鬼殺隊士、特に柱達の身体能力と運動能力が化け物じみているのである。

閑話休題、芸を通じて自身の能力を存分に発揮したみょうじを見て、更にはそれをやってのけたのは女であると知って、山田と長吉はそれはもう驚いた。そしてこう言った。「女性らしい格好で出演しろ」と。長吉が持っていた鬘と着物はそのための物である。

しかも鬘はマガレイト仕様―――― 三つ編みを大きく輪にしてリボンで纏めたもの――――だし、着物は白地に桜の花が咲き乱れ、そこに桃色の袴ときた。あまりにも女性的、否、もはや少女のための衣装と言えるそれに、みょうじは抵抗せずにはいられなかった。その理由は何も衣装だけではない。みょうじはとある人物をきっと睨みつけ、真っ直ぐに指さした。

「あいつの目を潰せ。話はそれからだ」
「ばかすったれ! 私が出演できなくなるだろう!」

キエッ!と叫び声を上げる鯉登。実はこの男、一連の話を聞きながらニヤニヤ笑みを浮かべてみょうじを煽りまくったのである。「いいではないか、なぁ?」「たまには女らしい格好をしたらどうだ」「何、心配するな。馬子にも衣装と言うだろう」と言った具合に。鶴見から「みょうじを手懐けろ」と言われているのをすっかり忘れているかのようなその言動に、月島は呆れ返った。これでは壁ができる一方である。ただでさえ彼女は杉元の方に心を開いているというのに、だ。

「みょうじ、頼む。これでアシㇼパに近付けるかもしれないんだ。杉元とお前の名前が話題になれば、それだけ気付かれる可能性も上がる」
「そもそもなんで月島は少女団入りを受け入れているんだ。理解に苦しむよ。男としての尊厳はないのか?」
「仕事だからだ。……はァ、お前は淡々と仕事をこなせる奴だと思っていたんだが」
「…………」
「どうやら評価を改める必要があるようだ」

そう言ってじっと冷めた視線を送る月島に、「ああもう、分かったよ」とみょうじはがしがしと頭を搔いた。そうして気怠げそうに立ち上がると、長吉の手から鬘と着物を奪い取った。

「……化粧道具は」
「あ、それならフミエ先生が」

「持っています」と長吉が言い終える前に、みょうじはさっとその場を後にしたのだった。



「鯉登少尉殿、あまりみょうじを煽らないでください」
「む、煽ったつもりはないぞ? ただ女の格好をしたアイツが見たかっただけだ」

月島は眉間に指を押し当て、深いため息をついた。あれが煽っていない、だと?どう見ても小馬鹿にしているようにしか見えなかったし、何よりみょうじを苛つかせていたのは確実である。きっと彼との応酬さえなければ、もっとすんなりあの衣装を受け入れていたはずだった。

「……鶴見中尉殿から言われたもう一つの命令の件、頼みましたよ」
「ああ、それなら貴様の方が適任だろう」
「…………は、?」

思いがけない言葉に、月島は些か呆気に取られた。『そういう事は私より鯉登少尉殿の方がお得意でしょう』『お前も大概無愛想な男だからな』ここへ向かう船の上でそんな会話を交わしたのは記憶に新しい。それがどうしてこの短期間で真逆の答えに辿り着いたのか。――――まぁ、思い当たる節がないわけでもない。

「月島はみょうじの想い人に似ているそうだからなァ」
「……いや、それは……」
「実に有益な話ではないか。頼んだぞ月島ァ!」

そう言ってバンバンと月島の背を叩く鯉登。月島は大きなため息を漏らし頭を抱えた。有益も何も、彼女の言っていた『しなずがわ』がどんな男かも分からないし、色恋のあれそれなど遠の昔に忘れてしまった。そもそも鯉登や杉元のような華のある男が傍にいて、自分なんぞに気が向くはずもないのに。と、月島は期待されても困ると言わんばかりに「それこそ貴方の方が……」とだけ返した。まぁそもそも「恋慕の情で動く奴ではなさそうだ」と鶴見は言っていたのだが。

2人がそんな会話をしているところへ「おお!」と杉元の感嘆の声が飛んできた。その声に釣られて2人同時に振り向くと、先程練習場を出て行ったみょうじが戻ってきていた。――――鬘を被り、うら若い少女が着るような衣装を纏って。

その光景に、月島は咄嗟に鯉登へと視線を移した。「また下手な事を言わなければいいが」と心配したのである。これ以上機嫌を損ねたら、彼女ならこの場で衣装を脱ぎ捨てかねない。そうなると非常に面倒だ。しかしそんな月島の心配を他所に、鯉登は予想とは違った反応を示した。

「うふふ……うん、いいではないか」

そう言って実に満足気に微笑んだのである。それからおもむろにみょうじの傍に近寄ると、右から左からとじろじろ彼女を観察した。

「やはりズボンなどよりこちらの方が良いな。どうだ、買ってやるから普段から着たらどうだ」
「……着物は動きづらいと言ったでしょう」
「袴なら多少は大丈夫だろう」
「ズボンの方が楽です」

穴が空きそうなほどに注がれる視線が鬱陶しいのか、みょうじは鯉登を視界に入れないよう地面を睨みつけている。

「ふむ、しかし貴様はもっと落ち着いた色の方が似合いそうだな。海老茶や藍はどうだ」
「……これよりは幾らかましでしょうね」
「そうか!なら、」
「いりませんが」
「むう、」

鯉登は不服そうに唇を突き出して「折角きれかとにあったらしかもったいない」とじとりとした視線を向けた。

「……また異国の言葉が出ていますよ」
「…………うふふ、なんでんなか」

――――ほら、やっぱりあなたの方が適任ではないですか。そう内心で独りごちながら、腹の底でどろりと何かが渦巻いたのは何故なのか。遠の昔に感じた覚えのあるそれに、月島は気付かない振りをした。