07
銃剣術の訓練中、月島は窓の外に人影を見つけ、静かにそこへ近寄った。そこに居たのはみょうじで、彼女は真剣な眼差しで訓練の様子を眺めていた。きっと仕事に一区切りついて、手持ち無沙汰となってここへやって来たのだろう。
「そんな所で見てないで中に入ったらどうだ」
「……いいんですか?」
「構わん。邪魔にならんようにな」
そう言ってすぐ隣の出入口を顎でしゃくれば、みょうじはそこからそろりと足を踏み入れた。そして再びじっと訓練の様子を見据える。訓練もほとんど終盤に差し掛かり、今は締めの地稽古――――実践的な打ち合い――――の最中である。みょうじの視線の先には鯉登の姿があった。
「キエエエッ!!」
激しい猿叫と共に、ぶんっとこちらまで木銃を振る音が聞こえてきそうである。「薩摩の初太刀は外せ」を十二分に理解している相手はすんでのところでそれを避け、それから木銃と木銃をぶつけ合った。
月島がちらりとみょうじへ視線をやれば、軽く組んだ手をひょいひょいと小刻みに動かしている。頭の中で鯉登相手に対戦しているのだろう。刀の訓練を受けてきたと言っていたから、血が騒ぐのかもしれない。
「休みの日にでも手合わせを頼んでみては?」
そう声を掛けると、みょうじはぱっと組んでいた手を振りほどいた。その反応からするにどうやら無意識だったらしい。
「……もう刀は捨てました」
――――女などとっくに捨てたと言っているんです
先日のみょうじの言葉が頭を過ぎる。女を捨て、刀を捨て、そして帰るところすら失い、今の彼女には一体何が残っているのだろう。彼女の冷めきった瞳は、諦める事に慣れてしまった人間の――――月島のそれと同じ色をしている。月島はそんな彼女に、まるで自分を見ているような気にさえなった。
「仕事に戻ります」
それだけ言うと、彼女は足早に訓練場を出たのだった。
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「エビフライが食べたい」
夕食後、ふと鯉登が漏らした言葉を隣にいた月島は潔く無視した。が、そんなことで折れるような相手ではないことも重々承知している。その予測通り、無視を決め込んだところで「なぁ、月島ぁん」とゆさゆさと肩を揺さぶられる始末。
「この辺りで売っているところなどありませんよ」
「月島、お前作れんか?」
「そんな洒落たもの作れるわけがないでしょう」
不満そうに唇を突き出す上官に、月島はため息が漏れそうになったのをぐっと堪えた。そしてふとある人物を思い浮かべる。
「みょうじなら作れるんじゃないですか」
「あのおなべがか」
「料理はできると言っていましたし」
「……むう」
きっと頼みたくないのだろうな、というのは直ぐに分かった。どうにも鯉登とみょうじは相性が悪いのだ。2人とも月島が世話をしているようなものだから、ここの仲が悪いと彼にとっては大変にやりづらい。とは言え片方は上官に当たるから、鯉登を立てる以外の選択肢はないのだが。
「背に腹は代えられん!行くぞ月島ァ!」
「えっと、……何処へ?」
「みょうじの所に決まっているだろう!」
「……今からですか」
どうやらよっぽどエビフライをご所望らしい。とは言え彼女に頼んだところでどうせ休みの日にしか食べられないのだから、何もいま探さずとも良いはずなのに。そう思いつつも、鉄は熱いうちに打て、と言わんばかりの彼の勢いを止められるはずもなく。このきかん坊が上官である以上は逆らうことも出来ず、結局は大人しく彼の後ろをついて行った。
「みょうじはどこにいるのだ」
「この時間なら炊事場かと」
「そうか!それは丁度良い!」
炊事場は2人のいる廊下を右に曲がってすぐの所にある。きっと今頃みょうじは食後の片付けをしているはずだ。先を行く鯉登が廊下を曲がりながら早くも「おい!みょうじは、」と言いかけて、「キエッ!」と短い叫び声を上げた。そのうえ突然その場に立ち止まるものだから、月島はあわや鯉登の背にぶつかりそうになった。
「少尉殿、どうされ――――は?」
鯉登と同じように月島も言葉に詰まる。飛び込んできた光景に目を疑った。2人の視線の先で、みょうじが洋はさみを手に自身の髪の束をざくりと切り落としていたのだ。「いや、何で?」と2人の心の声が一致する。
「なっ、なにをしちょっど!」
先に我に返ったのは鯉登だった。慌てて彼女に駆け寄って、羽交い締めのようにして洋ハサミを取り上げる。みょうじは鯉登に拘束されつつも一瞥しただけで特段それを気にする素振りもなく、目の前にいる隊員3人を睨め付けて口を開いた。
「これで満足か?乳房も切り落とそうか?お前らの魔羅を切り落として私の股間に縫い付けてもいいぞ」
「!? コラ!! おなごがなんちゅうこっをゆど!!」
「……貴様ら、部屋に戻れ」
月島の言葉に3人の男はこくこくと頷くと、逃げるようにしてその場を去っていった。そこでようやく鯉登が彼女の拘束を解く。男達の逃げて行った方を今なお睨みつけているみょうじに、月島はため息混じりに問いかけた。
「……で、どういう状況なんだ」
「…………別に、なんでもない」
「なんでもないは無いだろう」
「あいつらがうるさいから黙らせただけだ」
不機嫌そうに唇を尖らせるその表情は先程の鯉登にそっくりだった。あぁもう、と月島は額を片手で覆い大きなため息をつく。その横で鯉登がみょうじの大雑把に切られた髪を見ておろおろしていた。身だしなみには人一倍気を使う人だから、"女の命"とさえ言われる髪がこんなことになってしまって衝撃を受けているのだろう。
「
女を捨てた、という先日の彼女の言葉に向けたものであろうその声色は、とても優しいものだった。みょうじは一瞬押し黙ったのち、ゆっくりと口を開く。
「日本語を喋ってくださいと言ったでしょう。何を仰っているのかさっぱりです」
彼女の言葉をきっかけに、その場がしんと静まり返る。すぐに鯉登が「な、な……」とわなわなと声を震わせ始め、3人の間に何とも言えない空気が流れた。それを打ち破ったのは月島だった。
「くくっ……、」
「月島ぁん!?ないごて笑るかぁ!」
うっせたや元には戻らん――――不意に自身に突き刺さった言葉を、その痛みを、どうしようもなく誤魔化したくなったのだ。