鶴見の場合


金塊を巡る争いは函館駅での脱線事故を最後に幕を閉じ、以来忽然と姿を消した鶴見について誰もがその死を確信していた。というのも、彼の部下たちと中央から派遣された兵士たちが必死の捜索にあたったものの、なんの手掛かりも得られなかったためである。彼の身体は汽車とともに海の底へ沈んだか、津軽海流に乗って青森方面へ流されたか──あらゆる可能性が考慮され捜索の手は広範囲に及んだにも関わらず、だ。

しかしまさか、『(捜索開始時には既に)鶴見の身はとある女の手によってアイヌの集落に運び込まれていた』などと予測できる者はそういまい。捜索の明暗を分けたのは、唯一それができたであろう人間が、重症により当該任務から外されていたことだった。



「……う、」

捜索が開始されて四日目の朝、現場から僅か一里先のコタンにて鶴見は人知れず目を覚ました。ぼんやり開かれた視界の先、丸太と葦でできた天井を見てすぐにここがアイヌの家であると気付く。自ずと頭に浮かんだのはアシㇼパの存在だった。まさか杉元の救助のついでに自分も助けられたのだろうか。否、流石の彼女もそこまでのお人好しではないだろうとすぐさま自らの考えを否定した時、部屋の奥から足音が聞こえてきた。ついとそちらに視線を向ければ、仕切り用にぶら下げられた布の奥から見知った顔が現れる。

「……みょうじ」

鶴見は呆然と彼女の名を口にした。が、酷く掠れたそれは声というより吐息に近い。音は乾ききった咽頭に張り付いて、むずむずとそこを刺激した。それを吹き飛ばすようにコホコホと咳を繰り返したところで、ようやくみょうじが彼の覚醒に気付いたらしい。彼女は鶴見を見下ろすとその頬に薄い笑みを浮かべた。

「目が覚めたんだな、調子はどうだ」
「……あまり良いとは言えないな」
「はは、だろうな。待ってろ、水をもらってくる」

そういって踵を返した彼女を見送ったのち、鶴見はおもむろに右手を天井にかざした。二本の木の枝とともに巻かれた包帯、肩甲骨から腰のあたりにまで伸びる痛みと熱、腕を下ろそうとすれば今度は鎖骨の辺りに鋭い痛みが走った。どうやら至るところを骨折しているらしい。自覚した途端、身体中がびりびりと痛みを訴えた。まぁ生きているだけマシか、と言い聞かせてじっとその痛みに耐える。それからしばらくして、ようやくみょうじが戻ってきた。

「痛み止めをもらってきた」と水と一緒にそれを飲まされて、それから丁寧に汗を拭われる。実に甲斐甲斐しい看病を受けながら、しかし鶴見はその顔に暗い影を宿していた。そうしてじっと天井を見つめたまま口を開く。

「お前が助けてくれたのか」
「あぁ、間に合って良かった。ずいぶん沖に流されていたから、あと少し遅かったら見つけられなかっただろうな」
「何故、」
「ん?」
「今や私は中央から追われる身だ。こうなっては金塊を探すどころか軍にも戻れまい。私に着いてきたところでお前に利はないぞ」

そう言って鶴見は天井からみょうじへと視線を移す。そこにはいつもの無表情が──否、すこぶる不快そうな顔があって、鶴見は虚を衝かれたように目を丸くした。そこへ彼女の大きなため息が落ちてくる。

「どっかで聞いたような台詞だな。お前ら軍人は皆そうやって損得で動いてるのか?」
「……」
「死にかけの奴がいたら助けるだろ、普通」
「それがどんな悪人でも?」
「お前がいつ悪人になったんだ」

鶴見は咄嗟に二の句を継げなかった。多くの人を殺してきた。沢山の仲間を死なせてきた。それが悪人でないなら一体なんだというのか。しかし彼女があまりにきっぱり言うものだから、分かりきっているはずの答えが一瞬、確信を見失ってしまったのだ。それはまるで軽く息を吹きかけた蝋燭の灯りのように。そしてたちまち元の姿を取り戻す。

「地獄行きは決定していると思うが」
「あ、そう。でもそれを決めるのは閻魔様であって私じゃない」

つっけんどんながらそう言い切った彼女に、鶴見はまたもや呆気に取られた。そうしてやや間があって、小刻みに肩を震わせる。

「ふ、ふふ……あまり笑わせないでくれ、傷に響く」
「別に笑わせようとしたつもりはないけど」
「いやあ、君には敵わんな」

鶴見はひとしきり笑ったのち、満足そうにふうと息をついた。その頃にはもう、先ほどまでの陰鬱な影はすっかり消え失せていた。

「助けてもらったことには礼を言うが、ここまでで十分だ。お前は鯉登少尉たちの元へ行け。部下たちはこれから私の尻拭いをさせられるだろう、その手助けをしてやって欲しい」
「お前はこれからどうするんだ」
「さぁ……少なくとも日本にはいられないだろうな」

みょうじはそれに言葉を返すことなく、ただ静かに鶴見を見据えた。二人の視線が絡み合ったまま、しばしの静寂が訪れる。少しして、先に目を逸らしたのはみょうじの方だった。

「悪いがそれは聞いてやれない」
「……まさかアシㇼパ達のところへ行くつもりか」
「いや、そのつもりはない」

では一体これからどうするつもりなのか。鶴見が疑問符とともに眉間に皺を浮かべたところで、みょうじが言葉を続ける。

「前に友人から説教を受けたものでね」

そう言って彼女はにやりと笑う。どこか人を煽るようなその笑みが、鶴見には尾形のそれと重なって見えた。

「助けた命には最後まで責任をもて、ってな」