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「え〜、馬と大仏どっちがいいと思います?」
「…………どっちでもいい」
「いやいや、ちゃんと選んでくださいよ。大事なことなんですから」
この日二人は、朝からとある店を訪れていた。月島がこの時代に来て初めて一緒に買い出しに行った店である。しかし本日真っ先に向かったのは、前回は見向きもしなかったコーナー ──宴会向けの商品が並べられた陳列棚だ。
なまえは右手に馬の覆面、左手に大仏の覆面を持ち、「こっち? いやこっちかな?」と何度も見比べていた。そのたびに、彼女の手にすっぽりはまった大仏と馬が無抵抗に揺れ動く。月島は心底どうでもいいという顔でその様子を眺めていた。
「そういえば服は何着ます? やっぱり軍服がいいですかね」
「……別になんでも」
「もー! 真面目に考えて!」
「大事なのは外見より内容だろう」
「見た目のインパクトがないと見てもらえないですよ」
見た目のインパクト──何を隠そう、今日は月島の配信者デビューのための買い出しに来たのである。
昨夜、月島に配信者になることを勧めたなまえは、さっそく彼に様々な動画を見せつつ、どんな動画を配信するべきか作戦を練っていた。
そうしてたどり着いたなまえの考えはこうである。
明治時代から来た人間など唯一無二の存在なのだから、それを活かさない手はない。「自称:明治からタイムスリップした人」という設定≠ノしてしまえばいい。ありのままを話せばいいのだから、そんなに難しくはないだろう。
タイムスリッパーを自称する人が、明治時代──それも当時の陸軍に異様に詳しい。きっと見る人には趣味が高じた変人に映るだろう。
歴史好きやミリタリ好きからはウケるのでは? 聞けば彼が所属しているのは「陸軍最強」と謳われる(らしい)第七師団──これは、もしかするともしかするかもしれない。と、なまえは思った。完全に深夜テンションである。
しかし一方で、妙に冷静な部分もあった。というのも、顔出しはなしにしようと決めたことだ。戸籍すらもたない彼の存在を、あまり大っぴらにするわけにはいかないと思ったのだ。
とまぁそういうわけで、今日は顔を隠すための覆面を買いに来たのである。
「軍服なら馬の方が良さそう。バランス的に」
もう好きにしてくれ、と月島は馬の覆面がカゴに入れられるのを黙って見ていた。これで2980円──少なくともこの金額分は稼がなければ、なんてことを考えながら。
「そもそも、本当にその……ゆう、ちゃ、ちゅう?……ナントカで稼げるのか? 俺は何をすればいいんだ」
「明治のこととか、こっちに来た感想とかを話す感じですかね」
「……話すのはあまり得意じゃないんだが」
「その方が現実味あって良いと思いますよ。軍人ぽくて」
「ぽいも何も軍人なんだが」
「だから自然体で、ありのまま話してくれたら良いんですよ」
「……そうか」
そうか、と言いつつ月島はあまりピンと来ていなかった。そもそも何をする仕事かよく分かっていないのだ。
なにせ彼のいた時代には、動画配信はもちろんのことテレビはおろかラジオもない。参考にといくつか動画を見せられたものの、一夜程度で理解出来るはずもなかったのだ。
「まぁ、私も手伝いますし。気楽に楽しみながらやりましょ〜」
月島が「気楽に」「楽しみながら」仕事をできる性分でないことは、この時のなまえはもちろん知る由もなかった。
◇
無事(?)覆面を調達できた月島となまえは、店を出て駅方面へと向かった。暦ではもう秋だというのに、太陽がじりじりと照りつけ、アスファルトから立ち上る熱気が二人を包んでいる。強い日差しに思わず目を細めながら、なまえは「あっつぅ……」と気怠そうに声を上げた。
通りを歩く人々は日陰を探しながら足早に進み、アイスクリームを手にした子供たちの笑い声が微かに聞こえる。その道中でふと、なまえが口を開いた。
「そういえば、私の職場この近くですよ」
「そうなのか」
「向かいに美味しい中華屋さんがあるんですけど、行ってみます?」
「……節約はいいのか」
「まぁまぁ、たまにはね? それに、これから月島さんが稼いでくれますし〜」
「簡単に言ってくれる」
「よし! じゃあ行きましょう!」
なまえは月島の返事も待たずに歩調を早め、職場方向へと向かった。その後ろを月島が呆れた様子で着いていく。この調子では予定より早く100万円が尽きそうだ。そうなるとやはり、あのゆう……ナントカで金を稼ぐしかないのだろう、なんてことを考えながら。
正直なところ、あの名刺を頼る方が良かったのではないか、というのが月島の本音だった。確かに真っ当な仕事ではないけれど、いずれ元の時代に戻るつもりでいる月島にとって、いくら経歴に傷がつこうと何も問題はないからだ。帰るまでの間、金さえ稼げればそれで良かった。
ただまぁ、世話になっているなまえがあれだけ難色を示したのだ。月島としてもそれを無視することはできなかった。
やはり、コレをやるしかないのか──と、月島は黄色のビニール袋に視線を落とした。袋の中の馬はまるで虚無を見つめているようで、月島はなんとも言えない気持ちになった。
ほどなくして、なまえが「ほら、あれですよ」と背の高い建物を指差した。
「私の職場です」
「……デカいな」
「あそこの5階だけですよ。あの建物、色んな会社が入ってるんです。で、ここが中華屋さん」
そう言ってなまえが目の前の店を指さした。店先から漂ってくる香ばしい香りが、月島の鼻腔を刺激する。赤い提灯がいくつも吊るされた、まさしく中華屋らしい外観の店だ。
二人は早速店の暖簾をくぐった。店内はひやりとした空気が心地よく、どこか昭和の香りが漂うレトロな雰囲気に包まれている。壁には色あせたメニュー表が所狭しと並び、手書きの文字が妙に懐かしさを感じさせた。
店員に案内された席に着くと、月島はメニュー表を一瞥してすぐに「俺はラーメンで」と言った。
「月島さんラーメンばっかり」
「良いだろう別に」
「せっかくなら餃子も食べてくださいよ。ここの美味しいんですよ」
月島はメニューの写真を見たあと、ちらりとカウンターに視線を移した。ちょうど常連らしき男性客が、ビールを飲みながら餃子をつまんでいる。
たしかに、あれは美味そうだ。と、月島は「じゃあそれも」となまえに勧められるがまま追加することにした。
「そういえば、ラーメン屋でも餃子頼んだことなかったですね。もしかして食べたことない?」
「ああ、初めて聞いた」
「たぶん月島さんの好きな味ですよ」
この日、月島のお気に入り食事リストに餃子が追加されたのだった。