4

ひょんなことから、月島を(一時的に)養うことになったみょうじなまえ。そうと決まれば、その後の行動はめっぽう早かった。

「よし、まずは買い物に行きましょう」
「……今から? 店も開いてないだろう」

現在時刻、午後8時。窓の外を見ればすっかり暗くなっている。確かに買い物に出掛けるには少し遅いが、店はまだ開いている時間だ。きっと月島のいた時代ではとうに閉店時間を過ぎているのだろう、となまえは思った。

「まだ大丈夫です。ちょっと準備するので待ってください」

分かった、と月島の返事を聞いて早速準備に取りかかる。とにかくメイクと着替えを──と、思ったところで月島を一瞥する。スウェットを着たおじさんと歩くのに、自分だけ気合いを入れるのも変だろうとメイクは簡単に済ませることにした。どうせマスクをすれば顔はほとんど隠れるのだから。

とりあえずヨレヨレの学祭Tシャツ(部屋着)を着替え、ボサボサの頭を整えて、時間を見れば午後8時34分。「じゃあ行きましょうか」と声を掛けると同時に、はっとあることに気付く。

(月島さんノーパンじゃん!)

ノーパンかどうかなんて、傍から見れば分かるはずもないけれど。しかしノーパンと知りながら外出させるのは駄目な気がする。

「ちょっと、先に、パンツ買いにコンビニ行ってきます。少し留守番しててください!」
「パンツ? コン……なんだ?」
「下着を買いに! 近くの店に!」
「あぁ、別にそんなもの……」
「良くないですから!」

そう言ってバタバタと家を出て、扉を閉めたところで再び部屋に舞い戻る。

「サイズ聞いてなかった!」
「サイズ……とは」
「ちょっと立ってください!」

素直にその場に立った月島の傍まで駆け寄ると、なまえは無遠慮に彼の腰に両手を添えた。

「え〜メンズサイズなんて分かんない……Mでいいかな、いやでも太ももデカ……パツパツより緩い方がマシか……Lだな。うん、大は小を兼ねる」

べたべたと腰周りを撫で回しながら、(月島にとって)呪文のような言葉をぶつぶつと漏らすなまえ。一体何の時間なのだこれは……と思いつつ、月島は甘んじてそれを受け入れた。年頃の娘がはしたない、という言葉が喉まで出かかったが、きっと下着を購入するのに必要な行為なのだろうと考えて。

「では行ってきます!」

再びバタバタと家を出ていくなまえを、月島は嵐でも見送るような気持ちで眺めたのだった。



なまえがコンビニから戻ってきたのは、午後九時を少し過ぎた頃だった。

「これはどっちが前なんだ?」「やば、Lじゃ大きかったか。端っこ輪ゴムで縛りますね」という一悶着はありつつも、ようやく本来の目的、買い出しに出発することが出来た。

(ちょっと怪しいけど……客層的に多分セーフ、と思いたい……)

上下スウェットにクロックス(どちらもなまえのものである)、そして坊主頭。見るからに柄が悪いが、選んだ店のおかげでむしろ周囲には溶け込んでいた。時間帯も相まって、派手な髪色をしたスウェットやジャージ姿の人もちらほらいるからだ。

ただ、月島の挙動は少しばかり浮いていた。

あまりキョロキョロしないように、という意識はあるようだが、それでも抑えきれない好奇心が見て取れる。まぁ、なまえからすればそう見えるというだけで、じっくり観察されない限りは気付かれることはないのだろうが。

「下着と歯ブラシ、靴下、あっ靴もか。布団は……今日はひとまず掛け布団だけでいいとして。服は明日ちゃんとしたの買うんで、とりあえず明日着ていく分だけ買っときましょう。あっ、ボディタオル買わなきゃ!」
「ボディタオル?」
「体洗うやつです」
「…………あぁ、なるほど」

それなら家にあっただろ──と言いかけて、そりゃあこんなオッサンと一緒に使うのは御免だろうと思い直す。汚いもの扱いされている気がしないでも……いや、確実にされているが、まぁそれも仕方ない。なんてことを冷静に考えつつも、月島はそれ相応のダメージを受けた。

「ついでに晩御飯も買いましょうか。何か食べたいものあります?」
「何でもあるんだな、ここは……。別に、食えるものならなんでも」

雑多に積まれた色とりどりの品物、どこからか流れてくる賑やかな音楽。明治には存在しない環境に目がちかちかして、月島はたまらず目頭を指で押さえた。景色がうるさいと感じたのは初めての経験である。

月島がそうやって情報量の過多に翻弄されているのを他所に、なまえはすいすいと陳列棚の迷路を進んでいく。この時にはもう、それを後ろから着いて行くだけで精いっぱいだった。

「ラーメンでいいですか?」
「……あぁ」

ラーメンとは何だ? と尋ねる気力もなくて、月島はなまえが手にしたものを一瞥するだけに留めた。どうせ我儘を言える立場でもないのだから、と。

「これくらいかなぁ、何か他にいるものあります?」
「いや、大丈夫だ」
「あっティッシュ安い。買っておこっと」

彼女の言葉に釣られて、何とはなしに陳列棚に視線を移す。そうして目に入った値札にぎょっとした。

「にひゃっ……く、……あ、」
「? どうしました?」

298円が安いだと? と思ったのも束の間、月島はここでようやく金の価値が違うことに気付く。ちなみに298円は月島の時代ではおよそ600万円の価値である。

「麦か米……は、売ってあるか」
「あると思いますけど、買わなくてもお米は家にありますよ」
「いや、見るだけだ」

米を見たいとはこれ如何に。なまえが首を傾げつつも米売り場まで案内すると、月島は真面目くさった顔でじっと米を眺め始めた。

その様子に、「そんなにお米が好きなのだろうか……」と見当違いな(それはそれで事実ではある)ことを考えるなまえであったが、その実、月島は米価を比較して現代の金の価値を割り出そうとしたのである。そうしてついに、なまえが宝くじで当てたという「百万円」がどれほどの金額か、そのおおよそを理解したのだった。

「これは全て返そう」
「え?」
「貸してもらったこの服だけでいい。布団もなしで構わない」
「え、いや、その格好で昼間出歩くのは流石に……」
「下着もいらない」
「いやいるでしょ!? どうしちゃったんですか!?」
「そこまでの迷惑はかけられない」
「ノーパンのが迷惑だわ!」

思いのほか大きな声が出て、なまえはハッとして自身の口をふさいだ。そうしておそるおそる周囲を見渡して、ばっちり注目を集めていることに気付く。

私、いま、公共の場で「ノーパン」って叫んだの?

「……これは買います。買って早く帰りましょう」
「いやしかし、」
「いいから」
「そうは言ってもな、」
「いいから!」

なぜか遠慮しはじめた月島に、なまえは痺れを切らして踵を返した。小走りで店内を駆け抜ける女、それを追いかけるおじさん。結局そこそこ目立つ羽目になり、本日分の買い出しは終了したのだった。