椎茸は入れないね



「年末に実家、帰ってもいい?」
 食べ終えたお皿を下げて、流しに立って腕まくりをした恋人の隣に立つ。

 電車で一時間半で帰れる隣県の実家。たまに日帰りで帰省もしてる。でも同棲して初めて年越しを迎える今、これを聞くために今夜百ちゃんの好きなメニューを作ったくらいには、私はここに彼を残していくことが後ろめたい。

「何日だ?」
「え?」
「何日向こうにいる」
 百ちゃんの手元でお皿が一枚ずつ水に流されていく。男の家事は雑だと、よく職場の人たちが彼氏や旦那さんの愚痴を零す。でも百ちゃんのそれは私よりもていねいだ。同棲を始めた頃、私の切ったキャベツの千切りを「ずいぶん太い千切りですなあ」って笑ってたくらいには、料理もそつなくこなす。

「あ、えっと29日に帰って2日に戻ってこようと思ってたけど、……さすがに長い?」
「いいだろ自分の家なんだから。ゆっくりしてこい」
 なんて事ないように言う百ちゃん。本当は一緒に私の家に帰らないか聞くべきなのかもしれないとあれこれ考えたけど、杞憂だったかな。

「俺が駄目だと言うと思ったか?」
「ううん、違うけど。……百ちゃん寂しいかなって」
「ガキじゃねえんだよ。俺は俺で適当に過ごすから気にすんな」
 一人暮らしの長い百ちゃんにとっては、少しの間また一人暮らしに戻るようなものなのかもしれない。胸を撫で下ろして後ろから百ちゃんの腰に巻き付く。「ぐうたら過ごしてぶくぶく太るなよ」と笑い混じりに言われた。


***


 久しぶりの実家で過ごす年の瀬。そんなに食べれないのにお母さんが色々作ってくれるから、美味しくて結局たくさん食べてしまう。これでは本当に帰る頃には丸くなってるだろな。私が家を出てから両親が寂しくて飼い始めた猫は相変わらず懐いてくれないけどやっぱり可愛い。こたつ布団を目を細めて肉球でふみふみしてる姿があまりにも一生懸命で、調べたらお母さんのお乳を飲んでた時の名残りみたい。

 高校の頃、よく帰りにコロッケを買って食べた商店街のお肉屋さんのおじさんも相変わらずだ。毎日自転車で通った通学路も。偶然会った友達ともお互い歓声をあげて再会を喜び合った。時が経ってもあの頃の匂いを残したまま私を迎えてくれた街に、嬉しい懐かしさが込み上げる。

 そうやって帰省を満喫しながらも、一つ気がかりなのは……

ピコン
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【会社で蕎麦もらった】
【冷凍庫にあった鶏肉は使っていいのか?】

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【マンションの前に野良猫がいる。腹がデカい】
【今朝もいたから誰かがエサやってるかも】

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【三丁目に新しいカフェができたらしい】

【お前が前に言ってたホラー映画観た。手ブレ酔いがすごい】

【昨日は何食った?】
【また飲み歩いてるんじゃないだろうな?】

【ホチキスあったぞ。すぐに元の場所戻さねえからだ】

【ミスドの福袋欲しいって言ってただろ。買っとくか?】

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【夕日】

 百ちゃんから立て続けに送られてくるメッセージ。質問されたことに返信して、少しやりとりしてその会話が終了したかと思いきや、数時間後には新しい話題を振ってくる。夕日の写真なんて普段絶対撮らないのに。

 昨日なんて杉元くんたちと忘年会だって言うから【楽しんでね!私も今から友達と忘年会だよ】と返したらすぐに電話がかかってきた。ムスッとした声の「聞いてねえぞ」に戸惑って、高校の部活仲間で女の子しかいないと説明したら渋々納得してたけど。

 やっぱり無理してただけで寂しいのかな、百ちゃん。うちの親も百ちゃんに会いたがってるし、百ちゃんが嫌じゃなければ今回連れてくればよかったのかもしれない。

 家族でこたつを囲んでみかんを食べながら紅白を観ていても、私の心はたった三日離れてるだけの百ちゃんのことで満ちてしまう。家族は大好きだし実家も居心地がいいのに。『ここにいたらいいのにって思う人はもう“家族”なんだ』っていう好きな漫画の台詞を思い出す。
 
 結果発表を見届けて、ゆく年くる年を眺めながら今年の出来事に思いを馳せていると百ちゃんの声が聞きたくなって、除夜の鐘を聞く前に自分の部屋にあがった。

 つい二時間前までやりとりしていた彼に電話をかける。ワンコールで聞こえてきた気怠げな甘い声。窓の外の夜空の向こうにいる彼が、すぐ目の前に来る。

「どうした?」
「明日って誰かと会ったりする?」
「ああ、日中に勇作さんと初詣に行く」
「じゃあ夜帰ってもいい?」
「何だよ、もっとゆっくりしてくればいいだろ」
 駄目だよ百ちゃん、そんなふうに言ったって。ちょっぴり上擦った声で、どんな顔してるのか分かっちゃうんだよ私は。

「お母さんがお餅持っていきなって。お雑煮作ってあげる。三つ葉たくさん入れて」
「……いいな、それ」
 満更でもなさそうな彼に笑みをこぼすと年が明けた。口にするあけましておめでとうが照れくさいけど、もっと照れくさそうな百ちゃんが愛おしかった。

 次の日の夕方。「今度は彼氏連れてきな」と言ってくれた両親に見送られて、たくさんのお土産を持って私は電車に乗った。私の新しい大切な家族の元へ帰るために。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る