一夜明けての乾杯を



 起きてすぐに目に飛び込んだ尾形くんの寝顔に、ぎゅっと胸が熱くなった。でもカーテンの隙間からは眩しいほどの朝が射し込んでいて、「やってしまった」という焦りとともに意識が覚醒していく。

 起き上がるとローテーブルの上には空いたビール缶が何個も並んで、昨夜映画を観ながらお酒を飲んだ跡をそのままにしていた。犯人の家に一人で向かった捜査官はあの後どうなったの?攫われた女の人は?あれだけ緊迫したシーンに目が離せなかったはずなのに、心地いい酔いがもたらした睡魔には勝てなかった。

 尾形くんがもぞりと動いた。いつもの大きな目が半分くらいになった寝ぼけ眼が、私を見上げている。怒ってはいない、と思う。
「おはよう」
「ん」
「テーブル片付けるね」
「いい。あとで」
 腕を掴んだ尾形くんがベッドの中に引き戻そうとするから、またシーツに沈むしかなかった。尾形くんの匂いが満ちて顔が火照っていく。タオルケットの下で膝と膝が触れる。

 背中に回る尾形くんの腕が甘えるように重くて、窓の向こうの鳥のさえずりが清らかだ。何もしなかった。だからこそ、そこを飛び越えて迎えたきらきらした朝が照れくさくて、私は変な汗をかいてしまう。

「ベッドまで運んでくれたの?」
「お前が自分で転がったんだろ」
 尾形くんがムッとした顔になって私の鼻をつまんだ。やっぱり怒ってる。でも変な鳴き声をあげたらちょっと笑った。珍しい表情たちを可愛いと思いながらも、二人で過ごせる夜が嬉しくて調子に乗って飲み進めたことに後悔が深くなる。お酒で眠りこける彼女、尾形くんも呆れたに決まってる。

「ごめん、寝ちゃって」
「なんで謝る」
「え、だって」
 ムードもへったくれもない夜にしてしまったのは私だけど、パジャマの下には買ったばかりの下着を身につけていて、当然それは尾形くんを意識して選んだものだ。尾形くんが何も期待してなかったのなら、それはそれで切ない。

 私が言葉にできない先を分かったのだろう尾形くんの瞳は、いつの間にか冴えていた。腕に力がこもって引き寄せられて、優しく唇を重ねられる。鳥のさえずりの中に紛れてしまいそうな、小さな音がした。付き合ってから何度か交わした口付けの中でいまが一番黒い瞳に熱がこもっていて、胸の中の不安が溶けていく。

「俺はな、硬派なんだよ」
「こうは……」
「急ぐことじゃねえだろ。こういうのは」
 私の失態を気にさせないための優しさなのかもしれない。でも、私を大切に想って迎えた朝は、もしかしたら私が期待していた夜より尊いものかもしれない。幸せに瞼が熱くなって、今度は私から唇を重ねた。

「それよりお前」
「ん?」
「もう男と酒飲むな」
「なんで」
「何でも」
 尾形くんを問い詰めてたらぐーっとお腹が唸って、二人でベッドを揺らして笑った。まったく、ムードもへったくれもあったもんじゃない。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る