まるいもの




 穏やかな黄色の田園が窓の外に広がっていた。秋晴れの空が清々しい。稲刈り機が吸い込むように稲穂を刈り取っていくところを、東京の暮らしの中ではまず目にすることはない。

「田舎過ぎてびっくりしてる?」
「うちの方と変わらねえよ」
 パリッとしたスーツを着た百ちゃんは、土曜日昼間の田舎の電車の中では正直浮いているから、他の乗客からの視線が集まってしまう。でも、その表情は降りる駅が近づいていくにつれ固くなっていく。バッグの中のスマホが光った。お母さんからのメッセージ。

「今駅に着いたって」
「そう」
「緊張してる?」
「……別に」
 彼の上の網棚には、私に両親の好みを聞いて選んだ菓子折りが載っている。
 東京から電車で一時間半。地方出身の同僚たちの話を聞いていると、そう悪い帰省事情ではないと思う。だから、百ちゃんと暮らし初めてからも定期的に帰っていた。最後に帰ったのは去年の暮れ。百ちゃんが恋しくて一日早く東京に戻った私に、「今度は彼氏連れてきな」と、両親が言ってくれた。

 今日、この電車で初めて百ちゃんが隣に座っている。これから私の親へ、夫婦になるための挨拶へ行くから。そのことが新鮮で、たまらなく嬉しい。

「どうすんだよ」
「何が?」
「娘はやらんって言われたら」
「言わないよ!」
 神妙な面持ちの百ちゃんよりも、うちのお父さんがそんなことを言うところを想像したらおかしくて、しばらく笑ってしまった。冗談だろうけど、そういう不安があることは気づいていた。百ちゃんは私よりずっと心配性なところがあるから。誰かに受け入れてもらうことを、すごく難しいと思っている節がある。

 だから私は百ちゃんに安心させたくて、彼の手の甲に自分の手を重ねた。いつもより冷たい手。
「うちの親、ずっと百ちゃんに会いたいって楽しみにしてたんだよ。結婚も、家に来てくれることもすごく喜んでるよ」
 何より私が、ようやく百ちゃんを両親に紹介できる今日を心待ちにしていた。

「百ちゃんは何て言うの?」
「今言う必要ねえだろ」
「分かった。娘さんを僕に下さいでしょ」
「……違う」

 その後、地元に近づくにつれ見慣れた風景になっていく窓の外を眺めていたら、「幸せにする」と、小さな声が聞こえて胸がぎゅっと熱くなった。私もこの人を、一生かけて幸せにしたい。
 乗車アナウンスが、私たちが降りる駅を繰り返している。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る