クリスマス




「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」
 十二月二十二日。街路樹はシャンパンゴールドの光を纏い、クリスマスムードはイブを目前にいよいよピークを迎えようとしている。そんな煌びやかなオフィス街から一人で暮らす部屋に帰ってきた私は、恋人への電話を無機質なアナウンスに門前払いされてしまった。この時間は金曜日ならいつも電話をとってくれたのに。

 忘年会かな。繋がらないことなんて今までなかった。いやな考えが頭を過ぎって、尾形くんに限ってそんなことはないはずだと振り払う。
 でもかっこいいからな、尾形くん。

 物理的な距離と、向こうの支社での尾形くんの様子が尾形くんの話を聞いていてもよく分からないことが不安を駆り立てる。肌を刺すような外の風を浴びてきた私はエアコンのスイッチを入れた。北海道はもっと寒いのかな。雪が降っていたりして。そう言えばホワイトクリスマスなんて言うけれど、生まれてこのかたクリスマスに雪が降った記憶なんてない。作り置きのご飯を食べながら調べてみたら、クリスマスイブに東京で雪が降ったのは一九六五年が最後らしい。どおりで。
 
 年末に彼が帰ってくる日を待たずにマフラーを送ったのは、“試される大地”で尾形くんが少しでも暖かくいれますようにという純粋な気持ちだけじゃない。付き合い始めて半年後に突如下りた尾形くんの一年の任期が、私たちの関係にまで距離を作っていく気がして不安なのだ。まだ離れて数ヶ月だというのに。なかなか自分からは電話をかけてこない尾形くんの気持ちを確かめたくなってしまうなんて、歳上なのに大人気ないだろう。

 アマプラを観ながらいつも通りの金曜日の夜を過ごした。土日も家にこもっていよう。ここならマライア・キャリーの歌や華やかなショーウィンドウに寂しくなることもない。本当に眠くなる前にお風呂に入るかと渋々起き上がった時、玄関からインターホンの音が鳴った。

 宅配便には遅いし誰だろう。忍び足でドアホンへ向かった私はそこへ映っている人に驚いて、今度は足音を立てて玄関に駆けつけた。
 ドアを開けると、今は札幌にいるはずの尾形くんが立っている。

「どうしたの!?」
 帰ってくるのは年末のはずなのに。手を握ったらびっくりするくらい冷たい。久しぶりに目の前にいる尾形くんに、心臓が大きな音を立てている。
「とにかく入れて下さい」
 鼻先を赤くした尾形くんに促されて慌てて玄関の中へ入れた。黒のロングコートはとても冷気を吸っているのが分かった。首には私がプレゼントしたカシミヤのマフラーを巻いていて、それだけで胸の奥底が温かくなる。

「電話かけたでしょ」
「うん。あ、もしかして飛行機乗ってたから?」
「本当はもっと早い便に乗りたかったんですけど」
 リビングで腰を下ろした尾形くんにマグカップを出すと、彼は目を細めてごくごくとそれを飲んだ。ブラックコーヒーを飲みそうな風貌の彼は、実はミルクたっぷりのカフェオレを好む。

「日曜には戻ります」
 たしかにボストンバッグには最低限の荷物しか入ってなさそうだ。この週末のためだけに帰ってきた理由を尾形くんは話そうとはせず、何度もカフェオレに口をつけた。前もって「二十二日に東京へ帰ります」の一言も言えない尾形くんにそれを聞いても素直に答えないことを、もう私は分かっている。

 ただ、「先に渡しておきます」と言ってバッグから取り出した赤い包装紙のプレゼントを私にくれただけで、そんなこと聞かなくてもじゅうぶんだった。何も確かめなくても、尾形くんの気持ちは離れて過ごす冬の中で、温度を失ってなんかいないことを知ったから。

 プレゼントを開けると中は繊細なネックレスだった。こういうところで絶対私の趣味を外さないのだから抜け目ないなと思ってしまう。「似合ってますよ」と微笑む尾形くんが愛おしくて、私は熱を持ち始めた彼の指を握った。

「明日イルミネーション行かない? あと赤レンガも」
「絶対混んでるでしょ」
 そう言いながらも、表情は全然反対できていない尾形くんが可愛い。尾形くんと過ごせる週末に心が弾んで、このネックレスをつけて尾形くんと街を歩きたい。

「まあそれもいいですけど」
 尾形くんに引き寄せられて唇が重なる。久しぶりのキスはカフェオレの味がして、今までの口付けのなかで一番熱かった。
「少しこのままでいさせてください」

 尾形くんとの初めてのクリスマスはお互いの充電かららしい。力強い腕の中は、尾形くんの匂いに混じって雪の匂いがした。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る