Dom/Subユニバース



※Dom/Subユニバースパロ、Sub尾形とDom夢主のお話です。苦手な方はご注意ください。



「何度誘っていただいても同じですよ」
 向かいに座る男に言った。長年ボールを突いてきたことが分かるその厚い指が、豚のしょうが焼きをつまむ箸を一層細く見せている。
 他課の係長に対して随分生意気な一年目だと映るだろう。だが、社員食堂で俺を見つける度に自分が所属するバレー部に勧誘してくるのだから、いい加減俺も辟易していた。

「自分の気が変わることはありませんから」
 目の前のマグロの山かけ丼を口にする。社員食堂に注力していることを企業説明会でアピールしていただけあって、入社二ヶ月でほぼ一巡したメニューはどれもコストパフォーマンスが高い。

「そうか、でも俺は諦めないぞ!必ず君をコートの上に戻す!」
 話が通じているようでまるで通じていない係長は今日も諦める様子はない。一方的に部員たちとの練習の様子を語ると、いつの間にか平らげた配膳を持って「また誘う!」と言い残し颯爽と席を立った。

「めげないねー」
 隣の席に座る同期の宇佐美が言う。こいつもなぜいつも俺の隣に座るんだ。
「先週の土曜に大学の同期と飲んでさ。そいつ高校バレー部だったんだけど、○○高のブレインって言われる名セッターだったんだろ、お前?」
「さあな」
「うちの会社のバレー部強いらしいじゃん。入っておいた方が色々得なのに。運動部で実績あげた事で上司から目かけてもらえることも結構あるらしいよ?何でそんな頑ななんだよ」
「休日に練習に行くのがダルいだけだ」

 頭が呆けたように熱い。ダメだ、やっぱり効き目が落ちてきている。
「先に戻る」
 宇佐美も既に食べ終えているが、立ち上がった俺について来ようとはしない。不要な人付き合いを極力避けている俺にとって、こいつとのこういう適度な距離感は嫌いじゃなかった。

 それともまさか、察しているのだろうか。
 いや、Domにだって気付かれたことはないんだ。Normalのこいつが気付くわけがない。
 
 オフィスへ戻る通りがけのトイレで個室に入った。スーツのポケットから《常備薬》を取り出す。Subの禁欲状態を抑える抑制剤。五年前から服用している俺にとって、今となっては流れ作業のような習慣だ。薄い戸を隔てたすぐそこでの、物音や笑い声を聞きながら嚥下する。腹の底で沈殿している屈辱感が湧き上がって、引き換えに欲求症状からの解放感を得るのだ。

 Subが理由でバレーをもうやらないわけではない。自らのダイナミクス性と付き合いながら競技人生を続ける選手はいくらでもいる。練習が面倒だというのも少し違う。運動部の強豪校は休みなど碌になく、練習に明け暮れる毎日だった。青春と呼ぶにはあまりに泥臭い日々。指がボールを捉える感触、ネットを超えたスパイクが床を弾く音、チームメイトとの合図や掛け声。思いを馳せればそこに懐かしさは込み上げてくる。

 帰りのバスの中、俺の前に座る幼なじみ。
当たり前だったそれが、あまりに眩しくて。あまりに胸を突き上げるものだから、俺は思考を振り切って扉を開けた。



「昼休み、校舎裏で二年の子といたでしょ」
 薄明からゆっくりと夜の帳を降ろしていく空の下。眠気に誘われながらバスに揺られていると、前に座っていたあいつが急に振り返った。

「ははあ、覗き見かよ。悪趣味な奴だな」
「図書室行くのに通りかかったの!ねえ、何話してたの?」
「手紙渡された」
「……そう」
 
 戸惑ったように視線を落としたあいつは、すぐまた前を向いた。首が俯くように少し傾斜しているのは気のせいではないはずだ。
 舗装の悪い道でガクンと身体が揺れる。校舎前のバス停でぞろぞろと乗り込んだ生徒はもう殆ど降りて、この田舎道まで来ると乗客は俺とこいつしかいない。

「どうするの?」
 前を向いたままのあいつの声は、エンジン音で掻き消されそうな程小さかった。このバスでいつも俺の前に座るあいつは、ガキの頃なら迷わず俺の隣に乗っただろう。まあ先にあいつが乗りむ日も、俺も隣には座らないが。

「どうもしねえよ。興味ない」
 その後に続く言葉を声にすることはない。幼い頃から互いの家を行き来して育ってきたこいつを、異性と意識し始めた頃から微妙な距離ができていた。それでもこうして、他の女が俺に近づくと気にする素振りを見せるこいつが、俺から離れるわけがないと驕っていた。その度に口元が緩む自分が、“そういうお歳頃”になってもこいつの事しか頭にないのだから。

「そっか」
ぽつりと返事をしたこいつの表情は見えない。でもその声や後ろ姿から、どんな表情をしているのかが伝わってくる。
「インハイの県予選。優勝したら、お前に言うことがある」
 彼女が勢い良く振り向いたところで、停留所に到着したブザーが鳴った。

 区切りのつもりだった。歳を重ねてきた年月の長さ故に、今更口にすることが気恥ずかしくなっていた言葉を伝える。互いの卒業後の進路が違う可能性が出てきた高三の今、幼なじみで留まっている関係を終わらせたかった。
 優勝も充分射程圏内だ。

「応援してるね」
 すっかり闇が降りてしんとした夜道を、バスを降りて歩いていく。隣の彼女のはにかんだ笑みが街灯に照らされて。こういう当たり前の日々を重ねてこいつと大人になっていくのだろうと、あの時の俺は疑いもしなかった。

 そんな矢先だった。健康診断の血液検査の結果により、俺にSubの診断が下りたのは。
 診断結果を持つ手が微かに震えて、そこに並ぶ文字もブレて見えた。そんな兆候、一度もなかったはずだ。何かの間違いであることを信じてすぐに地元の病院へ再検査に駆け込んだが、結果は同じだった。

「今17歳でしょ?症状が出るのが遅いタイプのようですね。でもこの血液結果からして、まもなく欲求症状は出てくるはずです。今日抑制剤を処方しますから、」
 今まで他人事だったそれらの用語が、自分の身に降り掛かってきたことで頭が真っ白になった。

「だってあいつSubなんだろ?」
 自分のことではないSubを蔑むクラスメイトの声に、過剰に反応する日々が始まった。まだダイナミクス性について今ほど浸透していなかった当時だ。思春期真っ只中の高校生たちにとって、Subへの偏見は格好の餌食だった。「ダイナミクス性を持つ人にそれ以外の個人差はありません」「DomとSubは力関係によってパートナー関係が成り立ちますが、二者の間に優劣はありません」ダイナミクス性について皆が神妙な面持ちで授業を聞いている教室も、休み時間になればSubへの蔑視や忌避感をあけすけにした言葉が飛び交っていた。

 腹違いの弟である勇作がDomだということも、俺の劣等感をさらに色濃くした。同じダイナミクス性でも、支配する側のDom性は世間も一目置くのだからお笑い草だ。とりわけ勇作の場合は“偉大なお父上”の跡を継ぐ者としての箔がついたようなものだった。

 微熱のような倦怠感を感じるようになり、それが禁欲症状の兆候だと分かりながらも、俺の意地は抑制剤を飲むことを拒んでいた。一錠飲めば己がSubだということを認めなくてはならなくなる。この期に及んでもまだ俺は、自分が他人に支配されなければ生きられない人間だということを受け入れられなかった。


 その日は雨が降っていた。全部活動が休みになるテスト期間中は、グラウンドがどれだけ泥濘もうが関係ない。帰ったら数学を教えて欲しいというあいつを昇降口で待っていたが一向に来る気配はなく、苛立った俺は階段を再び昇り始めた。

 陽の射さない校舎は日中だというのに薄暗く不気味だった。静寂に包まれた教室と廊下。一番奥、あいつのクラスの教室だけが煌々と電気が灯っている。ため息をついた俺はそこに足早に向かおうとした。

 瞬間、ぐらりと視界が歪んだかと思えば、静まり返った廊下に大袈裟な音を立てて倒れ込んだ。打ちつけた頭が茹だるように熱くて、床をなぞる息が荒い。考えるまでもなく禁欲症状だった。大したことはなかったはずだ。なぜ急に。思考が朦朧としていく。奥の教室から生徒が二人、飛び出してきた。

「……百ちゃん?」
 あいつと、顔を知っているだけの男子だった。お前、そいつと何やってたんだよ。怒りが込み上げようとも、俺は惨めにも地面から這い上がることもできない。

「百ちゃん!」
 あいつが血相を変えてこっちへ向かって走ってくる。すると俺の心臓が、皮膚を突き破りそうな程大きく脈打った。
 全身の血液がじわじわと沸き立つような感覚が増していく。呼吸が更に荒くなる。まさか、こいつ。

 性欲とも違う、口にするのもおぞましい欲求が俺の本能を揺さぶってくる。何だお前、そうだったのかよ。恐怖と、屈辱感と、こいつに裏切られたような感情が綯い交ぜになって、俺を締め上げた。

「来るんじゃねえ!!!」
 自分でも驚く程、廊下に響き渡る怒号だった。下の階からざわめきが聞こえてきて、誰かが急ぎ足で階段を昇ってくる。だがどうでも良かった。ぴたりと足を止めたあいつを見て、しまったと思ってももう遅い。声にしてしまった言葉はあいつを真っ直ぐに刺したのだから。
 廊下の真ん中で俺を見下ろすあいつは、見たことのない凍りついた表情をしていた。




 インハイの県予選を決勝で敗れた俺たちは、目標としていた本戦への出場を叶えることなく高校最後の夏を終えた。いくつかの大学からスポーツ推薦も来たがどれも受けることはなく、一般試験で難関大学へ進学した。

 Subであることを受け入れた俺が選んだ道だ。ダイナミクス性など関係なく、己が人の上に立てる存在だと証明すること。父の会社への入社を跳ね除けて違う大手企業に入社した今もその志は変わらない。どれだけ野心を抱こうと、一番欲しかったものはもう手に入らないというのに。

 あの日以来、あいつがバスで俺の前に座ることはなくなった。ちっぽけなプライドを守るために失ったものはあまりに大きくて、そのくせ「悪かった」と一言伝えることができず、互いの進路は分かれた。同窓会や成人式で顔を合わせても碌に話すこともなく。幼なじみだったあいつが他人よりも遠い存在になったまま、俺たちはそれぞれ大人になった。



 抑制剤を服用することでDomにさえSubだと気付かれることがなかった俺は、Subの中では特性が弱い方らしい。一方で、発症から一年した頃にはDomの匂いに敏感になっていた。
 Domの匂いは、あの日の彼女を克明に思い出させる。熟れた果実の匂いを凝縮したような、頭をくらくらとさせる異香。甘ったるい匂いが苦手な俺が、不快感を感じないどころかその匂いを手繰り寄せたくなるような衝動に駆られる。Subの本能が刺激されているのか。いや、断ち切れない未練があいつを欲していたのだろう。

 だから目の前の光景は、俺の都合のいい夢なのではないだろうか。いや、その方が余程現実的だ。こんな偶然、ありえないだろ。
 Dom特有の匂いに鼻が蕩けそうになりながら。劣情を掻き立てられながらも、俺は目の前の相手の姿に至極狼狽えていた。部屋の奥で整えられたセミダブルベッドが視界に入って、思わず目を背ける。情事を目的とした密室にいることが、俺の動揺に拍車をかけていた。

 五年前までは傍にいるのが当たり前だった幼なじみ。自分が亀裂を入れたことで他人よりも遠くなったそいつが、ソファの隣、手を伸ばせば触れられる距離にいる。化粧を施した顔は、すっかり少女から女へと成長していた。だが幼い頃の面影は今も残っていて、何だか倒錯的な気分にさせてくる。
「久しぶり、だね」
 彼女が困ったように眉を下げて笑う。その笑みに泣きたくなるような情動が込み上げて、俺はもごもごと歯切れの悪い返事しかできなかった。

「びっくりした。まさか百ちゃんと会うなんて、思わなかったから」
「……そうだな」
 俺たちがこんな場所で偶然の再会を果たしている経緯は12時間前に遡る。

 抑制剤はあくまで一時的に欲求を抑えるだけの応急処置だ。医者に何度促されようとパートナーを持つことを拒み抑制剤に依存してきた俺が、その効果が薄れてきているのは自業自得なのだろう。他のSubも、他人にコントロールされる屈辱や恐怖を押し殺してDomに迎合していくことは理解しているが、自分には未だにそれができずにいた。

 会社で欲求症状を起こすのだけは避けなければいけない。誰でも良かった。苦渋の決断を強いられた末、俺はDom/Sub専用のマッチングアプリに登録した。パートナーを作る気はない。この欲求さえ解消出来れば。同じようにDomの欲求を持て余して急を要している、だがパートナーを作ることには消極的な奴を探し、会う約束を取り付けた。場所は向こうが指定してきた。警戒したが、男女の交わりまでせずともパートナーでない人間との“それ”に使える場所なんてラブホテルぐらいだ。女がやり取りの中で恭しい態度だったこともあり、とんだ嗜虐趣味の女が来るなんてことはないだろうと了承した。

 そしたら、こいつが来た。
 彼女が気まずそうに視線を下に落としている。複雑な心境だ。こいつに会えて嬉しいと思う反面、こいつがここへ現れたことにショックを受けている俺がいる。俺でなければ今頃こいつは他の男と。想像するだけで胸を掻き毟られるように苦しい。

「こうやって、Subと会ったりしてるのか?」
 声にした後、どの口が言うんだと心の中で自嘲した。自分で彼女を突き放した俺が、彼女が誰と関係を持とうと口を挟む筋合いなどない。
 だが、こいつは顔を上げて首を真横に振った。
「ううん。アプリ使うのも、こうやって知らない人と会うのも初めてだよ」
 彼女の返答に安堵が広がる。それでよく男と直接ホテルで会おうとしたなとも思うが。まあ相手が男でもDomなら問題ないのか。

「百ちゃんは?」
「俺も初めて使った。パートナーも今までいない」
「本当に抑制剤しか使ってこなかったんだ」
「ああ」
「じゃあ、せっかくアプリ使って来たのが私で、がっかりしたよね」
 
 再び彼女が肩を小さくして俯く。自分の火照った身体から血の気が引いていくのが分かった。目の前にいる彼女が、再びぐんと遠くなる。
 違う、そうじゃない。否定しなければならないのに、あの日の彼女の凍りついた表情を思い出して、言葉が奥へと呑み込まれていく。彼女にこんなことを言わせてしまっているのは紛れもなくあの日の俺だ。全てSubになったせいだと、自分の運命を何度も呪った。だが違う。差し伸べようとしてくれた彼女の手を振り払ったのは、一重に俺自身の弱さだ。ああ、そうか。俺はこいつに──。

「部屋入っちゃったけど、私がもう出るから百ちゃん」
「悪かった」
「しょうがないよ、お互い分からなかったんだし」
「そうじゃない。……五年前のことだ。ずっと謝りたかった」
 自分の声が、部屋の中に重く沈んだ。彼女の息がぴたりと止まる。沈黙が広がっていくにつれて、俺を見つめるその瞳が揺れ始める。

「俺はお前に、ずっとカッコつけていたかったんだ」
 言葉にして、息が重くなっていく。しかし長年鬱屈と抱え込んでいたものをほんの少しだけ、ようやく彼女に伝えた。Subの診断が下ろうと、彼女との未来が閉ざされたわけではない。彼女がDomであるなら尚更だ。しかし俺だけが、その形に固執していた。

「本当にすまなかった」
 掠れた声で言い切ると、彼女の瞳から一筋、また一筋と、涙が頬を伝って流れ落ちた。小刻みに震える肩がどこまでも弱々しく、Domの診断が下っただけで、こいつ自身は何も変わらなかったことを思い知る。俺がずっと守ってやりたかった、何よりも大切な。

 しゃくりあげる彼女に触れたかった。濡れた頬を拭いながら、嗚咽混じりに彼女は話し始める。
「違う、違うよっ。私が、悪いのっ、だって私、あの日より前に、気付いてたんだもん、百ちゃんがSubなの。
 俺は息を呑んだ。それは五年越しの彼女の告白だった。
「私、嬉しかったの。百ちゃん、どんどんカッコよくなって、バレーの試合に応援行っても、女の子たちが、騒いでて、すごく嫌だった。いつか、私なんかより可愛い子と、付き合っちゃ、うんじゃないかって。でも、百ちゃんとパートナーに、なれるなら、ず、ずっと一緒にいられるって、百ちゃんが、私の事頼ってくれるって思って、安心したの、百ちゃんっ、苦しんでたのに、自分のことばっか、考えて、言ってくれるの待ってたっ。だからただ、バチが当たっただけなんだよっ、」

 ガキの頃みたいに声をあげて泣きじゃくる彼女を前に、俺は呆気に取られていた。なんだそれ。憐れむどころか、俺とパートナーになることしか考えてなかったって、どれだけ俺の事好きなんだよ。

 あれだけ長年近くにいたというのに、こいつの心の内が分かっているようで、分かっていなかった。今、ようやく互いの本音で蟠りが昇華していく。眼球の奥が熱い。愛おしさが胸を詰まらせて、俺は指先で彼女の頬に触れた。

俺も大概か。
「言っただろ、『言うことがある』って。」
 Subになった運命を何度も呪った。だが、彼女がSubを必要とするDom性を持ったこと、遠回りした末にこうしてまた彼女と会えたこともまた運命なのだろう。互いを求め合わなければ生きていけない二つの性が、もう一度俺たちを引き合わせてくれた。
今度こそ離すわけにはいかない。

「今もお前が好きだ。もう一度やり直したい。ただの幼なじみじゃなくて、」
 キメてやるつもりだったが、最後に照れくささが勝って言い淀んだ。
「本当に? 本当に私でいいの?」
「逆だ。お前でなきゃ嫌だ」
「百ちゃん、好き」
 再び涙を伝らせて微笑む彼女を、引き寄せて腕の中に閉じ込める。初めて知る彼女の体温。しかしようやく元の場所へ収まったような気もして、その温もりだけであの日から欠けていた心が満たされていく。俺の心音でも聞くように胸に耳を寄せていた彼女が顔を上げた。


「じゃあさ、その……してみる?」
「お前、ムードとかないのか?」
 らしくもない事を口にしながら、平静を保つように前髪をかきあげる。
「だって、百ちゃんも私も、そのつもりで来たし。百ちゃんだって今辛いでしょ?」
「……ああ」
 充溢した彼女の香り。このDomに従うことを身体中が求めてしまう甘い芳香に、脳が溶けそうな感覚さえしてくる。

「悪いが、俺は抑制剤しか使ってこなかったからよく分からんぞ」
「わ、私だってそうだよ? Subの友達と簡単なのしか、したことないし」
「それ男じゃないだろうな」
「女の子だよ! 分かるでしょ?Domの特性なんて本当にあるのかってくらい、命令するの、向いてないんだよ」
 彼女が顔を赤らめて唇を噛み締める。たしかに、Subに命令するこいつを想像しても、俺の知っているこいつとはまるで結びつかない。

「だから、本当に私でいいのかなって」
 誰かにコントロールされるなど屈辱だと忌避してきた。だが、彼女ならば。抵抗がないどころか、今は早く明け渡したいと急いてしまう。Subだからではなく、俺だから求めてくれる彼女になら。

 意思を示すように、彼女の頭に手を回してその距離をゼロにした。柔らかい唇からじわじわと熱が伝わってくる。初めてのキスが、俺たちにとっては誓いの口付けだった。


 彼女の唇を自分が塞いでいる。その事実に昂りを覚えながら、舌先で彼女の上唇に触れた。抱き締めている肩がぴくりと跳ねる。可愛くて、奥を貪りたい欲望に駆られて舌を割り入れようとした。

「“ストップ”」
 急に俺の肩を掴んだ彼女が、引き離すように腕を伸ばした。惚けた顔をしながらも、毅然とした口調で俺に制止をかけた瞬間。金縛りが起きたかのように全身が硬直する。手指の一本すら微動だにできない。突然の未知なる感覚に驚いた。これがDomのCommandによる力なのか。

「んだよ、お預けだってか?」
 水を差されたことに苛立って、自分を制御しているこいつに悪態をついた。急に自分だけ切り替えやがって。
「PlayなんだからCommand使わないと。まず、簡単なのから試すから」
「……ああ」
 身体の硬直が緩まっていく。自分が餌を前に待てをされている犬のように思えてため息をつくと、彼女の手のひらが俺の頭を撫でた。

「お願聞けていい子だね、百ちゃん」
「おい、やめろ」
 DomがCommandを聞けたSubを褒めることが必須だとは聞いたことがあるが、こんなことまでするのかよ。だが、羞恥を上回る快感、甘い痺れが全身に広がっていく。彼女に甘やかされることで悦びを得てしまっている自分に戸惑った。微笑む彼女が妙に婀娜っぽく、ゴクリと音を立てて唾を飲み込む。本当にこいつ、慣れてないのか?

 彼女がソファから軽やかに立ち上がると、何か思いついたかように部屋の奥へと進んでいく。ベッドの前で足を止め、俺の方を向くようにその縁に腰掛けた。
熱っぽい瞳が俺を捉える。早く彼女に命令されたいという欲望が、腹の奥でのたうち回っている。

「“来て”、百ちゃん」
 Commandを認識したと同時に身体は起き上がっていた。俺の意思とは別のところで、一歩ずつ、彼女のいるところへと進む信号が送られる。だが不快感や恐怖はない。命令をもらえたことへの興奮が駆け巡って、息を乱しながら彼女の前に止まった。

「“ここに座って”」
彼女の隣に腰を落とす。再び至近距離へと近づいた彼女が唇に弧を描く。もっとこいつに支配されたいと身体が疼いて、だが男の性は、ベッドの上の色香を纏った彼女に正直に反応している。

「続き、いいよ」
 頭の中で、何かがプツリと切れた音がした。両肩を押し倒して彼女を柔らかな白い海に沈める。スプリングの軋む音を立ててその上に覆い被さった俺は、今度こそ思いのままに、彼女の唇の中へ舌を捩じ込んだ。彼女の舌に吸い付いて、ゆっくりと口内を撫で上げる。俺の肩を押し戻そうとした彼女の手を抵抗させまいと縫い止めた。口付けが深まるにつれて、彼女の身体が脱力していく。今しがた俺に命令していたこの唇が、なす術もなく弄ばれている。組み敷いて唇を塞いでしまえば非力な女でしかない。

 唇を離すと、彼女の喉の奥からあえかな吐息が漏れ出た。
 蕩けた顔で自分を睨みあげる彼女。俺を咎めるその顔がかえって逆効果で、下半身に熱が集まっていく。
「形勢逆転だせ」
「ちょっと百ちゃん」
「お前、男とホテルに入って急に襲われたらどうするつもりだった」
 顕になっている耳に、その窪みを舌でなぞると、彼女が甘い声で鳴き始める。

「あっ、ひゃくちゃ、それダメ、」
「ほら、今頃こうして好きにされてたかもしれないんだぞ。」
「はぁっ、されない、止めれるもん、…あ、百ちゃんだからだもっ、」
 されるがままの甘い声に説得力はないが、自分だけだと否定する彼女に独占欲が満たされる。彼女を更にベッドの奥へと押し込み、白い首筋に顔を埋めた。その香りに恍惚と目を瞑る。聞こえてくる悩ましげな呼吸。自身を慰める時に何度も夢想した光景が、音や匂いをもって俺の理性を薙ぎ払わんとしてくる。舌を這わせると、案の定、呼吸にか細い声が乗った。震える白い喉が意地らしい。鎖骨の線を辿るようにゆっくりと口付けしていく。彼女を抑えつけていた手を外し、華奢な身体で唯一丸みを帯びた膨らみへと触れようとした。

「“待って”」
 再び全身が自分だけ時を止められたように硬直する。俺にお預けを言い渡した彼女の声は、先程よりも鋭かった。
「百ちゃん」
 まずい、怒らせた。少し調子に乗りすぎたか。膨らみの上の手を引っ込めようとしたが微動だにしない。その感触を確かめんと、指に力を入れることも。

「“こっち見て”」
 首を上げて視線が合うと、彼女が睨むような冷たい目つきで言った。
「悪いSubにはパートナーがお仕置きしなきゃいけないんだよ」
 よく話に聞く、さながらSMのような罰が頭に過って肝が冷える。さすがにこいつがやるとは……いや、今のこいつならやりかねない。

「やめろ、悪かった」
 お前が煽るからだとは言わなかった。俺を信頼しきった無防備な彼女と一つになれることを期待したが、さすがに早急か。
「やらないよ。でも手押さえつけるのは、怖いからやだ」
「分かった」
 手のひらの奥で、彼女の鼓動が脈打っている。その早さが、自分より余裕に見えたこいつもまた緊張していることを伝えてくる。

「その手、どうしたいの?」
 彼女が言った。喉が干上がって、唾を上手く飲み込めない。彼女の心音よりよほど早い、自分の鼓動がけたたましく鳴り響いている。拐かすような笑みに、抑えようとした己の欲望が再びこみ上げてくる。

「“言って”。百ちゃんがどうしたいのか。パートナーなんだから、そういうこともしていいんだよ?」
「……触りたい。お前のことを、その、……抱きたい」
 息が熱い。口を噤めないのはCommandのせいだと、焼き切れそうな頭の片隅で彼女に責任転嫁する。欲望が言葉になるにつれ、彼女の頬も紅潮していく。

「いい子、百ちゃん。私も、百ちゃんと最後までしたい」
 自分の頬を撫でる彼女の艶めかしさ。ずっと情を抱いていた幼なじみが、こんなにも“女”になっていたと、俺は知らなかった。

 恐る恐る彼女のブラウスのボタンを外していく。全て外し終え両側に開き、キャミソールをたくし上げる。薄い腹。曲線を描いた頸。その上で下着に包まれている膨らみ。背中に腕を回す。焦っているからかなかなか留め具が外れなかった。解いた下着を上へずらすと、真っ白な双丘がこぼれ落ちるように飛び出てくる。その美しさに目を奪われた。両の手で触れた肌は吸い付くような瑞々しさで、壊さぬようにゆっくりと指に力を入れる。手のひらの中で形を変える膨らみは想像以上に柔らかい。興奮で息を荒くしながら、俺はその感触を堪能していた。

「気持ちいい?」
「ああ」
「ふふっ。なんか百ちゃん可愛い」
 彼女に子供扱いされているような複雑な気分になる。しかし、揉みしだく指がその薄桃の胸飾りを掠めると、彼女の唇から小さな吐息が漏れた。つんと上を向いた突起はまるで吸われるのを待っているかのようで、腰をかがめた俺はその片方へと唇を運ぶ。

「あっ、ンう、あ、あっ」
 挟んだ唇で吸い上げると、彼女が今までになく甘い声をあげた。眉を寄せて快感に耐える彼女に歓喜を覚えて、執拗に舌で転がす。もう一方を指で捏ね回すと逃げるように身を捩るものだから、俺は腰に腕を回して彼女の胸に顔を埋めた。

「ずるいそれッ、あっ、や」
 彼女の抗議も嬌声に呑まれていく。俺の腕の中で、逃れられずに快感に跳ねる身体。諦めたように脱力するから甘噛みすると、一層喉を震わせた。口ではダメだと言いながらも、俺の両脚の間では膝がもどかしそうに擦り合っている。腕を解いて下に降り、両脚を開いて膝の間へと入り込む。頭を上げて此方を見る彼女の表情には、緊張の色が浮かんでいる。スカートを捲り上げた。顕になったむっちりとした太腿。ストッキングをずり下ろしながらも、その白さ、美しい曲線に釘付けになる。全て抜き取ったところで、彼女がつま先を差し向けるように俺に向けた。

「“舐めて”」
 俺の知っている彼女ではありえない命令だ。欲を孕んだ魅惑的な目に見つめられて、強烈な快感が背筋を這い上がる。傅くように踵を持ち、足の甲に口付ける。薄い皮膚を舌先でなぞると、再びくぐもった声が聞こえてきた。もっとこいつを悦ばせたい。本能を剥き出しにされた俺は、親指の根元に舌を這わせていく。

「ひゃっ、あ、んっ、はぁ、」
 脹脛を震わせながら鳴く彼女にいい気になって一本ずつ舐め上げた。指の間に舌を捩じ込むと、さらに感嘆の声が響く。もう一方の脚が悶えるようにベッドの上を掻いている。もっとこいつを狂わせたい。強ばった足の裏、足首、脹脛を、上にかけて口付けしていく。太腿まで届くと、その滑らかな肌に頬を寄せた。すぐ目の前の薄い布の隔たりは、色が変わる程シミができている。

「百ちゃん、そこはいいからっ」
 今更何恥じらっているんだ。下着を引き抜き、閉じようとする太腿を両腕で抱え込む。蒸れた匂いをさせながら、散々に濡れそぼっている秘裂。息をかけるとビクついて腰を引くのが可愛くて、躊躇いなくそこに吸い付いた。

「あ゙ああッ、ン、うぅ、ダメ、あっ、ひゃくちゃ、それダメェ、」
 羞恥を煽るように音を立てて熱い花弁を吸い上げると、彼女が全身を弓なりにしならせた。溢れ出てくる愛液が甘くて、夢中で舐めとっていく。主張するように勃ち上がった小さな花芯を舌で突く。快感の海に溺れた彼女がガクガクと腰を震わせて悲鳴をあげた。

「も、、あっ、それ、むり、ン、むりなのッ、ひ、」
「ははぁ、お前が命令したんだぜ?『私の大事なところ舐めて』って」
「いっでなッ!あし、あしだけッ!そこ、あ、あッ、あン、」
「遠慮するな。パートナーに奉仕するのもSubの役割だろ?」
 俺の愛撫で悦がり狂うこいつに満たされているのが、男としての支配欲か、Subとしての欲求か、自分でもよく分からなくなっていた。だが、あれだけ抑制剤では焼け石に水になっていた倦怠感や火照りが抜けているのが一つの答えなのだろう。花弁を指で開いて、ひくつく蜜口に一本差し入れた。煮えたぎるように熱い肉壁。うねるそこに根元まで入れ切ると、掻き混ぜるように中で指を動かし始めた。とめどなく溢れる愛液がシーツに零れ落ちていく。指をもう一本増やして不規則に動かす。指先に硬い突起が触れ、撫でるようにそこを刺激すると、歓喜した肉壁が二本の指を締め付けてくる。

「あッ、もう、ダメッ、ンンっ、なんかでちゃう、でひゃうからぁ、」
 限界を知らせる彼女の喘ぎで俺は指を抜いた。赤く熟れた糸を引く蜜口にすかさず舌を差し入れる。腰を浮かせながら絶頂に上り詰めていく彼女の中を、追い立てるように抽挿を繰り返す。
 彼女が一際甲高い声をあげた瞬間、飛沫が音を立てて俺の顔に飛び散った。それが彼女がオーガズムに達したということだと分かると、多幸感のような浮遊した快感に包まれていく。

 ベッドの上で乱れ続けた彼女は、ぐったりと全身を弛緩させていた。その姿さえも俺の情欲を煽って、荒い息と同時に上下している乳房に手を這わせる。涙で滲んだ目が俺に文句があるような視線を送ってきた。

 俺ももう限界だった。シャツを脱いで逸る手でベルトを外しズボンを下ろす。ボクサーパンツの下の陰茎を取り出すと興奮で張り詰めたそこは赤黒く、彼女の中へ埋まることを迸りを垂らしながら待っている。
 衣服を全てベッドの下に投げ捨てたところで、彼女が手をついて未だ気だるそうな上体を起こした。華奢な肩を抱き寄せて、その唇に何度も口付けする。触れ合う肌の温度の優しさが心地よくて縋りたくなる。俺の甘ったれた欲求さえも彼女は受け止めてくれるのだろう。一度は己が閉ざしてしまったこいつと未来を、“共存”という形で取り戻せたことが何よりも嬉しかった。

 唇を離し、枕元に置かれた避妊具を手に取った。彼女をベッドにゆっくりと倒そうとした時。
「“仰向けになって”」
 彼女が先手を取るようにCommandを発した。しまった。長らく彼女を好きにしていた俺は、後ろへと引力が働いたように呆気なくベッドへ背中を落とす。
俺を見下ろす彼女が妖しく微笑んでいる。動揺しながらも、組み敷いていた時とは違う眺めに素直に高揚した。天井に向けて晒した腹を、彼女が柔らかな手つきで擦る。足の付け根から内腿へと、焦らすように降りてきた。

「奉仕してくれた百ちゃんにはご褒美をあげないと」
 彼女が屈んで、はち切れんばかりの男根に顔を近づけていく。マジか。固唾を呑んでその姿に見入っていると、小さな赤い舌が男根の先端を舐めた。微弱な快感に眉を顰める。飴でも舐めるかのように舌を走らせる彼女が俺を見て、その視線で更に集まった血液が男根を膨張させた。

 俺が興奮で震えたため息を漏らしたと同時に、彼女が全てをぱくりと咥えた。柔らかい唇が俺の陰茎を覆って上下に動いている。その不埒な顔を見たくて、垂れ下がっている彼女の髪を耳にかけた。伏せていた目が俺を向く。熱く柔らかい舌が唾液を絡め、音を立てながら裏筋をなぞる。入り切らない根元を、握った手がぎこちなく扱いていた。俺のモノを懸命に口淫する彼女。ああ、ダメだ。視覚の暴力も相まってあっという間に吐精感が込み上げてくる。

「っ、おい、もういい、もう出るっ」
 口を離させようとしても、彼女は口淫をやめようとはしない。こいつ、さてはさっきの仕返しだな。
「待て名前、もうやめろ」
「いいんだよ?“イッて”」
 Commandで射精を促した彼女はまたすぐに再び男根を口に含む。追い討ちをかけるように、一段と動きが早くなる。

 瞬間、彼女の口の中で勢い良く精液が弾けた。ビクビクと脈打ちながら吐き出される欲はなかなか止まろうとしない。それを彼女は、喉を鳴らして全て飲み込んでいく。汚液を彼女にを飲ませたくない感情と、出し切らせるように陰茎に柔らかく吸い付く彼女への愛おしさが拮抗して、俺は彼女の頭を撫でることしかできなかった。

「ふふっ、いっぱい出たね」
 呆気なく口淫で達してしまった。情けなさで決まりの悪い俺の横に寝転んだ彼女が、すっかり満足したように俺に擦り寄ってくる。しっとりとした肌の湿度や甘い香りに官能の波が打ち寄せて、硬さを失っていたはずの陰茎が再び質量を増した。

 彼女の肩を倒すと、再び天井に白い身体が晒された。その上に跨る俺に目を見開いている彼女。
「百ちゃん?」
「残念だなぁ。こっちはまだ余力あんだよ」
 手早くビニールを切ってゴムを被せると、膝を持って彼女の両腿を開いた。先程十分に可愛がったそこは、今もしとどに濡れそぼっている。蜜口に先端を宛てがうと小さく水音が鳴って、俺の邪欲を煽りたてた。
 腰を突き進め、彼女の中に自身を沈めていく。出したばかりだというのに俺のそこはあり余る感度を保っていて、柔肉の締めつけに荒い息をつく。

 根元まで入り切ったところで上体を落として彼女の肩を抱く。肌が密着するまで彼女に近づいたことで、更に奥へ入り込んだ。耳元で吐息を漏らす彼女の顔は、切なげに眉を寄せている。
 腰を引いて、思い切り中を穿った。

「っああ!」
 甲高い声と同時に柔肉が歓喜して収縮した。快感に口をはくはくと動かす彼女に愉悦が走る。まだゴムは一つある。時間をかけてじっくりと堪能するのは次でいいかと、こいつを絶頂へ追い詰めるための律動を始めた。

「あっ、そんな!ンンッ、そんなはげしっ、しなッ!ああッ、き、きもちぃ、きもちい、こんな、ダメッ、だめぇ、あっ、」
 結合部からの水音と、ぶつかり合う肌の音、そして助けを乞うような悲鳴が部屋中に響く。荒々しい抽挿に首を振りながらも、彼女は俺にしがみついてくる。背中で絡まっている彼女の両脚。触れ合った胸が律動に合わせて揺れている。可愛い名前。俺の、俺だけの。奥を攻めると背中に爪が突き立てられていく。

「ひ、ひゃくちゃ、あっ、ダメっ、も、イッちゃう、イッちゃうう、ああああああっ!!」
 吐精を煽られながらもなんとか踏みとどまった。電流でも流されたかのような痙攣を起こした彼女は、俺の腕の中で全身を硬直させてオーガズムに達した。

 肩で息をする彼女の耳に甘噛みする。するとふやけた声を出して逃げるように首を逸らすものだから、舌を入れて抜き差した。再び腰を打ち付ける。狭まった中が熱くて腰が溶けそうになりながら、貪欲に彼女を貪る。

「ま、まだイッたばっ、か、ひ、あ、あっ!やだ、も、ひんじゃう、ひんじゃうからあ!!」
「死なねえよ、天国は見れるかもしれねえけどな」
「“とめて”っ、もう、“どめて”!、んッ、あっ、あえ、え、なんで、あ、こまんど、つがえな、んああっ!」
「ははっ、」
 快楽で浮遊した脳では命令を送れなくなったのか。Commandの力を発しなくなった言葉はもはやただの懇願で、あいにく俺はそこでやめてやれるタチではない。彼女の肩を一層抱きしめて律動を早めていく。

 大事にしたい。甘やかされたい。支配されたい。繋ぎ止めたい。壊してやりたい。愛おしさとSubの欲求と、汚い欲望が綯い交ぜになって俺の心を掻き回す。
「おく、おくらめ、イクッ!あ゙、あああっっ!!あアッアアアアッ!!!」
「……っ!!」
 最も蜜口が収縮したところで奥に数回打ち付ける。彼女の温かさに包まれながら、肩を震わせて精を吐き出した。


***


「前に百ちゃん、私にカッコつけたかったって言ってたけど」
 甘い香りの籠ったシングルベッドを陣取って寛いでいると、その下で寄りかかって本を読んでいた彼女が振り返った。手元のスマホには、バレー部への入部を決めた俺を歓迎する係長からのメッセージが数秒おきに連投されている。

 週末は彼女と互いの家を行き来して過ごすようになって二ヶ月。そこに置いてある間抜けな面のぬいぐるみ。「百ちゃんに似てると思って」と、同じものを先週俺の家に置いていったが、こいつは猫なのか?

「今でも百ちゃん、すごくかっこいいよ?」
「何だよ、急にどうした。」
「顔だけじゃなくて。頭が良くて、ストイックに努力できるところも、話が面白くてさらっと冗談言うところも、全部かっこいいなって思ってる」
「……そんなに褒めても何も出てこねえぞ」

 頬が熱い。むず痒くなって彼女に背を向ける。全く、臆面もなくこういうことを言うようになりやがって。

「ふふっ。でも、私にだけ頼ったり甘えたりしてくれる可愛い百ちゃんも大好きなんだ。私がパートナーを作らなかったのって、百ちゃんにしかそういうことをしたくなかったからだろうなって」

 俺という存在を肯定するこいつの言葉が、胸に真っ直ぐ落ちて染み渡っていく。彼女が俺を必要としてくれている。共に生きることを望んでくれていると。だから何の因果か俺にダイナミクス性を与えられたのは、こいつと結ばれるために決まっている。

 本能で互いを求め合わなければ生きていけない、家族よりも恋人よりも強い絆で。
「甘えて欲しくなったんだろ」
「……うん」
「全く、仕方ない奴だな」
ほら、来いよ。

 彼女がベッドにあがり足を曲げて座る。その上に頭を乗せて、ふてぶてしい飼い猫のように寝転がる俺。以前はそんな自分を想像するだけで虫唾が走りそうだった姿も、この笑みを見上げられる今は、悪くない。
そこにあるものが何かを、もう俺は知っているから。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る