ロスト・バージン・バースデー




 俺の誕生日は何もしなくていい。
 一月二十日からの一泊の温泉旅行を提案すると、尾形くんは言った。

 こういうことに慣れていない私はなおさら迷ってしまった。尾形くんの性格からして祝われるのが照れくさかったのだと思う。しかも一月二十日にはずっと前から仕事が入っているらしい。誕生日当日は平日だから、お祝いできるのは実質一月二十一日だけ。デートで近場のところはだいたい行ってしまったし、誕生日プランとして人気らしいディズニーランドも尾形くんというより私が行きたい場所だ。ホテルでのディナーを提案しても尾形くんは頑なに断るから、それなら尾形くんの家で手料理を作るという申し出でようやく受け入れてもらえた。
 
 当日、食材を買い込んでお昼過ぎに尾形くんの家へあがった。誕生日らしいメニューにしたくてコース料理に初めて挑戦した。それらしいものをと思って買ったランチマットは、シンプルで落ち着いた色味の尾形くんの部屋にも合っている。クリスマスに尾形くんが連れて行ってくれたレストランのメニューには到底及ばないけれど、尾形くんは何度もうまいと言ってビーフシチューをおかわりしてくれた。小さなバースデーケーキをデザートに出すと目を丸くして、ロウソクを立てようとする私を慌てて止める尾形くんはやっぱり照れている。その上、プレゼントを渡すとごにょごにょとお礼を言うから胸がくすぐったくなった。中はコーヒーメーカー。コーヒー豆を入れて稼働すると、品のいい深みのある香りが部屋に満ちた。この前おそろいで買ったマグカップとケーキが食後のテーブルに並ぶ。

「あんなに凝ったものが出てくると思わなかった」
 初めての誕生日祝いが成功したことに嬉しくなりながらも、私は尾形くんが最後まで残した艶やかな苺を眺めていた。嫌いではないはずなのに、短くなっていくケーキの上でバランスを保つことが難しいそれを、どうすればいいか分からないように見えた。苺を飲み込んだ尾形くんがコーヒーを啜る。
 ほとんどテレビをつけることがない尾形くんの部屋は、お互いが黙るとしんと静かになる。その静けさに一つの安らぎを覚えるようになってきたのは、緩やかながらも初々しい期間を経て、尾形くんと部屋で二人きりになることに馴染んだ証だった。
 コーヒーメーカーの説明書を尾形くんと読んでいたら、引っ張られて腕の中に閉じ込められた。でも、じゃれ合うような抱擁もキスも私たちの健全さの域を出ない。だからその後先にお風呂へ入ってベッドに潜った私に、尾形くんは油断したのだろう。部屋の電気を落とした尾形くんは、私がベッドから起き上がると石のように固まった。

 シースルーのキャミソールとショーツだけを身につけた私に、この状況を理解しながらも動揺している。徐々に口から漏れ出る息は微かに興奮していた。手を伸ばせば触れられる距離にいる私に迷いはない。いつもベッドの中でキスだけをして目を閉じる尾形くんだって、ここまですれば私を押し倒すと信じていた。自分との初めての夜がプレゼントになるなんて思わないけれど、この幸せな夜に尾形くんと結ばれたい。

 でも、尾形くんはその腕で私のルームウェアを拾い上げると、それを押し付けるように寄越して後ろを向いてしまった。これ以上私の姿を目に入れないようとしない尾形くんに、ここまでしたのに拒まれてしまったのかと絶望する。

「待ってるから早く着ろ」
「何で」
「こんな事までする必要はない」
「違うよ! ただ今まで、そういうタイミングがなかったから」

 晒した肌が粟立つ。必死な自分がすごく情けなくて、イベントに乗っかるような形で尾形くんを誘ったことを見透かされてしまったのが恥ずかしかった。尾形くんとしたいのは本当なのに。周りのカップルがすぐに進む段階にいつまで経ってもいけないのは、やっぱり私に問題があるように思えてくる。

「私に経験がないからダメなの?」
 尾形くんは答えない。直接伝えたわけではないけれど、手を繋ぐことすらぎこちなかった私に尾形くんが気づいていないとは思えなかった。すぐそこの引き出しに避妊具の箱が入っているのを見てしまってからも、尾形くんは一向に私の肌に触れようとはしない。夜中に目が覚めた時、私を見つめながら髪や頬を撫でて切ないため息をついていた尾形くんに、申し訳なさを覚えなかったと言えば嘘になる。でも、私に自分でも信じられないくらい大胆なことをさせているのは、生まれて初めて抱いた「もっとこの人に近づきたい」という気持ちに他ならなかった。

「そうじゃない」
 尾形くんが振り返った。私の下着姿から目を逸らしたけど、埒が明かないと思ったのか観念したように隣に腰を下ろす。尾形くんが何か言葉にすることを躊躇っている間、暗闇の向こうをじっと見つめて待った。隣の部屋に住んでいる人が帰ってきたみたいで、玄関の向こうで扉が開く音が響く。

「俺もないんだよ」
「ないって?」
「だから、」
 尾形くんがその先を濁すから、私は何のことか理解するまでに十秒くらい考え込んでしまった。そして驚いた声を上げた私に、尾形くんがため息を落とす。まるで「だから言いたくなかったんだよ」とでもこぼすように。私は尾形くんの過去の恋愛に今まで踏み込んでいない。尾形くんくらいかっこいい人なら経験も色々あって、だから私とすることに執着してないのかもしれないと思って悶々としていた。

 そうじゃなかった。思慮深い尾形くんは、自分が初めての相手になることをずっと真面目に考えてくれている。

「引いただろ」
 黙っていたら、何か誤解してしまった尾形くんが項垂れる。
「何で? 私、すごい嬉しいよ?」
 そこに偽りはない。尾形くんも初めてなのだと分かると、不安よりも喜びの方が胸に広がった。この歳でほとんど恋愛経験がないことを恥ずかしく思っていたけれど、尾形くんと結ばれるためだったのかもしれないと、運命のような不確かなことを信じてしまいたくなる。

「私ね、付き合ってるからしようって言ってるんじゃなくて、尾形くんのことが好きだからしたいんだよ」
 尾形くんの膝の上の手に触れる。私をいつも撫でてくれる手のひらが、ゆっくりと握り返してくれた。

「尾形くんはしたくないの?」
「……したいよ。したいに決まってるだろ」
 その気持ちだけでじゅうぶんだった。お互い不慣れなことでどれだけ拙い行為になろうと、私の初めてを大切にしてくれる尾形くんにしか、この先も触れられたくない。

「でもお前、何するか分かってるのかよ」
「な、それくらい知ってるよ!」
 揶揄われている気がしてムキになって否定した。経験がなくたって、そういうシーンを描いた作品には幾度も触れてきている。
「尾形くんが迷うなら今日は、くっついたりするだけでもいいから」
「だからそこで……やっぱ分かってねえだろ」

 まだ躊躇う尾形くんに焦れったくなってくる。指を絡めていた尾形くんの手を引いて、腿の上にのせる。一瞬抵抗するかのようにぴくりと浮いた手のひらが肌に吸い付くと、熱を孕んだ瞳がこっちを見て、次の瞬間には尾形くんに唇を塞がれていた。

 それはいつものキスが子供だましだったかのような、余裕のない、荒波のようなキスだった。太ももの上を滑る手のもう片方の手が肩を押して、私は呆気なくベッドに沈んだ。尾形くんの舌が口の中に入って上顎を撫でる。感じたことのないゾクゾクとした感覚が身体中に響いていく。こんなキスされたらキスだけじゃ終われない。やさしいキスばかり繰り返す尾形くんに少し不満だった私は、そうやって彼が自分を制御していたことにようやく気づいた。

 熱い波に呑み込まれながらも、呼吸することも忘れるほど私は必死で尾形くんを受け止めた。離れた唇が欲情した吐息を漏らすと、尾形くんの下でたぐまっていたキャミソールに視線が落ちる。

「何でこんなエロいの着るんだよ」
「いやだった?」
「……他で着るなよ」
「着るわけないじゃん」
 尾形くんは繊細なそれをどうあしらうか迷うような手つきでゆっくりとめくり、中へ手を滑らせた。初めて尾形くんの手のひらの温度を知った、肌の裏がさざめく。異性に見せたことのなかった身体は自ずと硬直した。
 全てたくし上げられると尾形くんの喉仏が上下する。あらわになった膨らみをじっと見つめた尾形くんは、おそるおそるそこへ手を伸ばした。ぴったりと触れると、その感触を味わうように動き始める。

「こんなに柔らかいのか」
 まじまじと感心している尾形くんは、何だか尾形くんらしくなかった。次第に少し力がこもった手のひらが興奮のままに揉みしだくと、尾形くんの息がまた荒くなる。

 尾形くんを昂らせていることが嬉しいけれど恥ずかしい。別に気持ちよくはないのに、夢中になって私を好きにしている尾形くんへのもどかしさで、膝と膝を擦り合わせてしまう。

 だから柔肌の中に埋もれていた指先が飾りに触れた時、不意の刺激に跳ねた声を漏らしてしまった。すると尾形くんは、そこをどうすれば一番反応するか探るように指で刺激を与えてくる。甘い快感が走るそこを口に含まれて舌で転がされると、どっと快感が押し寄せてきて、私は耐えきれず身を捩った。

「あっ、あ、んん」
 快感に堪える私を見上げながら尾形くんは愛撫した。壁越しに足音が聞こえる。一度だけ玄関で顔を合わせたことのある男性のことが頭に過って、咄嗟に手で口を押えた。それが尾形くんは面白くなかったようで、私の手をどかしてシーツの上に縫い付ける。

「聞こえちゃうよ」
「聞こえねえよ」
「でも、壁薄いって」
「俺が聞きたい」
 尾形くんの掠れた声で、甘い痺れが身体中に走った。普段素直なことを言わないくせに、こういう時だけずるい。ふやけそうなほど尾形くんに吸われて甘噛みされたそこが、今度は指できゅっと摘まれる。こうして両方の先端を愛撫されているうちに私の身体はほどけていき、思考が身体から浮遊していった。

 尾形くんの唇が下へと降りていく。くびれや臍に口付られて舌が這うと、その感触に背中を反らした。尾形くんのそれは私のはしたない想像よりとても丁寧で、震えるほど甘いものだった。胎に口付けられ中がきゅうっと尾形くんを求めて疼く。ショーツの上から蜜口に触れられると、そこはもう自分で分かるほど湿りを帯びていた。

 尾形くんがショーツの両端に指をかけて下ろす。晒されたそこを隠したくなって、そんな私の羞恥を分かっているのだろう尾形くんは足から抜き取ると私の両膝を開いた。覗き込まれた蜜口に息がかかってひくつく。割れ目をじかに指がなぞってビリビリとした刺激が走った。

「あ、」
「気持ちい?」
「わかんない、なんか、へんな感じ」
 濡れたそこを指で上下されると恥ずかしいほど水音が立つ。もうじゅうぶんに尾形くんを受け入れる準備ができたのだと思った。でもその中に尾形くんが指先を潜らてすぐに、私は反射的に腰を引いてしまった。

「痛いか?」
「うん。ちょっと」
 濡れていても何も受け入れたことのないそこは固く閉じているようで、異物を押し戻すような力がこもってしまった。指一本でこんな様子では尾形くんを受け入れられるようになるとは思えなくて、快感に身を任せていた私は急に不安が込み上げてくる。

 すると、尾形くんがさらに顔を近づける。私の太ももを持ち上げるように掴んだことで何をしようとしているのかに気づいて、慌てて身を起こそうとした。でもそんな隙もなく、熱くて柔らかい尾形くんの舌がそこをねっとりと覆う。蜜口を舐められた私は強烈な刺激が走って甲高い声をあげた。

 こっちを見る尾形くんと視線が合う。その目は優しいのに意地悪で、あまりの快感に恐怖を覚える私をそのままに、そこを愛撫し続ける。生き物のように蠢く尾形くんの舌が愛液を絡め取っていく。粘膜が触れ合うたびにおかしくなりそうなほど気持ちよくて、視界の向こうでつま先がぴんと張っていた。

「だめ、尾形くん、きたない、から」
「汚くない」
「んぅ、あっ、あ、あぁっ、」
 溢れてくる愛液を尾形くんに掬われていく。快感と恥ずかしさで涙が滲む。尾形くんへと伸ばした手が、指を絡めて握られた。それが私に「大丈夫だから」と言っているようで、理性を明け渡してしまうまでに時間はかからなかった。私の身体から私が離れていく。強ばっていた身体はくたりと力が抜けて、尾形くんが音を立ててそこへ吸い付くたびに自分の声とは思えない声をあげた。
 
 そうしているうちに私の入口は、尾形がもう一度入れた指を容易に受け入れた。中で尾形くんの指の関節を感じても、押し広げられていく痛みはそこまでない。

「全部入った」
 尾形くんが安堵したのか少し嬉しそうに言った。
「じゃあ、いいよ?」
「いや、もう一本入らないとキツいと思う」
 指の入った根元から尾形くんがさらに一本潜らせると、再び痛みが走って全身に力がこもった。ぐぐぐ、と奥へ捩じ込まれていく質量にを目を瞑って耐える。でも限界を感じて浅い息を繰り返す私に、尾形くんが辛そうな顔を上げた。

「ここまででいい、今日は」
「大丈夫だよ」
「痛いだろ」
「平気だから。お願い」
 無理をしていないと言ったら嘘になる。でも、ここでやめたらまた尾形くんに我慢させてしまう。私はまだ尾形くんの肌に全然触れていない。私だって尾形くんに気持ちよくなってほしい。

「本当にやめてほしかったら言えよ」
 尾形くんが二本の指を前後しながら中をほぐしていく。蜜口の上にある蕾を口に含まれると、痛みを忘れてシーツを蹴った。飲み込まれた指が不規則に動いて壁を刺激する。比べる経験がないから分からない。でも尾形くんが私を気遣って進めてくれているのがすごく伝わってくる。中で指が曲がると当たったところが快感を拾って、舌の刺激と相まって腰を浮かせた。

「尾形くん、きもちい」
「うん。中やわらかくなってる」
「あ、んっ、尾形くん」
「ん?」
「いいよ、もう」
 時間をかけてほぐしてもらったところから指が抜かれて、尾形くんが上体を起こした。スウェットを脱いだ尾形くんの身体は引き締まっていて、白い肌は暗闇の中でことさらにきれいに映った。でも、ズボンを下ろして出てきた猛りは大きくそり立っていて、尾形くんが男の人だとこれでもかと主張している。

 尾形くんが引き出しへ手を伸ばして、避妊具の入った箱を出す。尾形くんはこれを買ってから今日まで、何度もそういう流れに持っていくことはできたはずなのに、私の前でそんな素振りを見せなかった。
 プラトニックな恋愛も、ふと思い出すと涙を流してしまうほど幸せな日々だった。でも尾形くんも初めてだと知って、私に恐怖や痛みを与えることを恐れていたのだと分かった今、早くこの人を安心させたいと思ってしまう。私は尾形くんの何もかもを受け入れられると、尾形くんに知ってもらいたい。

 避妊具を被せた尾形くんが私の上に覆い被さる。いつもと同じ、やさしくて甘い口付けが落ちてきた。広い背中へと腕を回すと、宛てがわれた熱が私の中へと入ってくる。指とは比べものにならない熱が私を破っていく痛みを、歯を食いしばって耐えた。尾形くんの表情も苦しげで、私に「ごめん」と言っているように見える。その不安そうな、どうすればいいか分からないような顔を見てなぜか安心してしまう。もし今、尾形くんから慣れ≠感じ取ってしまったら私はものすごく嫉妬していただろうから。

 このまっさらな痛みや喜びを、尾形くんと知ることができてよかった。

 だから尾形くんを全て受け入れると自然と涙が流れて、「痛いか?」と聞き返さない尾形くんの瞳にも涙の膜が張っているように見えた。一つになった体勢のまま抱き合っていると、身体が尾形くんの熱を覚えていく。耳元にかかる息も、触れ合う肌も愛おしい。

「尾形くん、好き」
「ん」
 涙を拭ってくれる親指が自分もだと応えてくれていた。少しの間キスを繰り返していたけれど、尾形くんに「動いてもいいか?」と聞かれて頷くと、腰が緩く動き始めた。

 まだ慣れていない中の壁がひりひりするような痛みを覚える。私を気遣いながらも腰を前後する尾形くんの息が、余裕を失っていく。ようやく尾形くんが気持ちよくなってくれていることが嬉しかった。私の首筋や胸の先に尾形くんが舌を這わせると、中が尾形くんを締め付けて、繋がった部分から水音が響いた。そうしているうちに尾形くんの動きが深いものになって、痛みとは違う甘い感覚が昇ってくる。内腿を震わせた私の反応に尾形くんは目敏く気づいて、もっと私へ快感を寄越そうと奥を穿った。

「んっ、」
 尾形くんが腰を引いて、また一番奥へと押し戻す。そのたびに尾形くんの背中へ回した腕が彼をぎゅっと抱き締めていたけれど、律動が早くなっていくとそんな余裕もなくなっていった。何も考えられなくなるほど気持ちいい。だらしない声を漏らしながら尾形くんに与えられる刺激を受け止めていると、中で尾形くんの熱がさらに大きくなったのが分かった。痛みを感じていたそこが、今は先まで引き抜かれると切なく尾形くんを追いかける。そしてまた戻ってきた塊を悦んで締め付けた。

 お互い初めてなんてことを忘れて本能のままに快楽を享受している。でも、尾形くんに耳たぶを唇で挟まれると、身を捩って過多の快感から逃げようとした。
「ひゃ、んぅ、それやだ、んん、」
「耳、弱いんだな」
「ふぁ、あ、あぁ、なか、なかだめ、やだぁ」

 尾形くんは嬉しそうに、腰をぐりぐりと押し付けながら耳の中へ舌を捩じ込んだ。暴力的な未知の感触に溺れそうになった。耳を嬲られる卑猥な音の遠くで、自分の声がふやけていく。肩を滑った手が胸の先を摘む。これ以上の快感に怖くなって「いや!」と少し大きな声で制止を求めると、尾形くんが慌てて顔を上げた。私がまじめに嫌がっていることを察して、バツが悪い表情になる。

「ちょっと調子乗った」
「うぅ。尾形くん意地悪」
「……そんな顔するなよ」
 どんな顔のことを言っているのか分からないまま、尾形くんがまた腰を動かし始める。それがどんどん急く動きになっていることに気づいた時には、私は軋むベッドの上でずいぶん尾形くんに揺さぶられていた。境目が分からなくなりそうなほど汗ばんだ互いの肌が密着して、お互いどろどろになっていく感覚がする。

「はぁ、可愛い」
「あっ、おがたく、あ、あ、あっ」
「可愛い、――」
 熱に浮かされたような声の尾形くんに名前を呼ばれて、また中が尾形くんを締めつけた。お互いが全部さらけ出している今、尾形くんも大胆になっている。すっかり要領を得た尾形くんが的確に私の気持ちいいところを打つたびに、意識がどこかへ飛びそうになる。

「あっ、まって、おがたく、だめ、あっ、なんかくる、こわい」
「怖くない」
 上り詰めていく快感の中で、尾形くんの動きが一心に私を追い立てるものになる。耳元で荒い息を聞きながら、尾形くんにしがみついて悲鳴をあげた。尾形くんの腕が私を掻き抱いて思い切り奥へ打ちつける。身体中が痙攣して、目の前でチカチカと光が弾けた。尾形くんがもう二、三度腰を打ち付ける。息を殺しながら私の首元へ顔を埋めた尾形くんが達したんだと気づいて、ふわふわと遠のいていく意識の中で安堵した。
 
 起きて私の中から自身を引き抜いた尾形くんは、ティッシュで私を綺麗にしてくれた。そして、シーツに残った小さな血痕を見て何とも言えない表情になった。

「悪い、無理させた」
「ううん、ほとんど痛くなかったよ」
 並んで寝転ぶ私たちは、服を着る気にもなれないまま毛布を被った。甘くて重い倦怠感が落ちてくる。私たちを包む夜の静寂が美しく澄みきっていて、私はただの天井をずっと見つめていられた。

「あれ、いつ買ってたの?」
 床の上に転がった、箱の空いた避妊具を見て言った。
「最初にお前がうち来た時」
 付き合ってすぐの、四ヶ月も前のことだ。キッチンにあった取っ手の折れた片手鍋に笑っていた私は、尾形くんがその準備をしていたなんてまだ考えもしなかった。
「ムードなかったよね、私」
「違う。……お前に嫌われると思った」
 私はあそこで尾形くんに抱かれていても、そんなものなのだと思って受け入れてしまえただろう。いい大人なのだから。みんなしていることだからと。でも、尾形くんが悩んで大事にしてくれた時間は尾形くんにしかないやさしさに満ちていて、その時間を経て通じ合えたことはとても尊い意味を持っていた。

「私、尾形くんとこうなれてすごく幸せだよ」
 尾形くんの横顔へと向くと、強く引き寄せられて腕の中に閉じ込められた。その胸が震えていることに気づいたけれど、ただ尾形くんの背中に腕を回して、彼が言葉にしない感情を受け止めた。

 愛を知り始めたばかりの私は、知らなかった感情をこれからもたくさん覚えていくのだろう。もう日付が変わったのかも分からない。お互いを抱きしめたまま眠るつもりの私たちは、時間を確かめようともしなかった。だから明日の朝、光の差し込むこの部屋でまず一番に、尾形くんへ「誕生日おめでとう」と伝えよう。そういうお互いとしか知らない幸せを、尾形くんと一緒に重ねていくの。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る