嵐が連れてくる



 土砂降りの中を急ぎ足で帰った。畳んだ傘を降るって家に入っても、けたたましい音が外から響いている。お風呂に入って身体の熱を取り戻し、弱まる気配のない雨音に耳が慣れていきながらも、私は明日からの週末を思い長いため息をついた。

 本当は、前から楽しみにしていた尾形さんとの旅行だった。台風接近のニュースと睨み合いをしながら進行が逸れることを信じていたけれど、土曜日に東京に直撃することがほぼ確定すると断念せざるを得なかった。仕方ないと分かっていながらも誰も悪くないゆえのやるせなさに落ち込んで、尾形さんとも何となく気まずくなってしまっている。

 まるまる空いてしまった週末をどう過ごそう。尾形さんの家に行けばよかったかな。気分が沈んだままテレビをつけて興味のない番組を呆然と眺めていると、インターホンの音が高く響いた。モニターを見た私は慌てて玄関へ駆け寄り扉を開く。そこにはビニール袋を提げた尾形さんが立っていたのだ。
「どうしたんですか?」
「どうせお前はやってねえだろ」
 首を傾げる私を通り越して、尾形さんはリビングへ向かった。私の家には、尾形さんが泊まれるものは置いてある。でも、こんなふうに尾形さんが突然家に来るのは初めてで、LINEのやりとりを止めていた私は後ろめたくなる。

 尾形さんが窓の前に立つ。袋の中から何を取り出すかと思えば、ホームセンターで買ってきたのだろう緑色の養生テープだった。「おい、ハサミ貸せ」言われるままに渡すと、窓にテープを伸ばして黙々と貼り付けていく。まさかこれを貼るためにうちに来たの? たしかに雨戸のないマンションの窓では、明日吹き付けるだろう強風が不安だったけれど。申し訳なくなりながらも、尾形さんの湿ったワイシャツの色に、会いたいとは言えず養生テープを買ってここへ来た尾形さんらしさを見てしまう。喧嘩したり会えない日が続いた時、理由をつけながらも自分から近づいてくれるのは尾形さんだった。

 全ての窓にテープを貼った尾形さんにお礼を言ってお風呂をすすめた。冷凍しておいた尾形さんの好きなカレーを温めて、お風呂から出た尾形さんと二人で食卓につくと、この部屋の中はもういつもの週末だった。荒れた天気とは切り離された穏やかな時間が流れている。

「落ち込んでんのかと思った」
「尾形さんが来てくれたから元気になりました」
 そ、と返事する尾形さんに微笑んで、冷蔵庫にビールがあったことを思い出して取りに行こうとした。すると、近くで雷が轟く音がして、次の瞬間、部屋の電気が落ちて真っ暗になった。短い悲鳴をあげた私は、テーブルを手探りで掴んで立ちすくむ。
「停電かよ」
「びっくりした。すぐつくかな?」
「何とかなるだろ」
 尾形さんはそう軽く言いながらも息を潜めていた。状況を知りたくてテーブルの上のスマートフォンを見ようとしたけれど、尾形さんがテーブルの上の私の手に触れて、その温度が私を安心させてくれた。

 少しすると、またいきなり部屋が照明に照らされて、私は復旧に胸を撫で下ろした。カレーを温め直すか尾形さんに聞こうとしたら、真剣な眼差しでこっちを見ている。
「ここ引き払って俺のところ来い」
「今!?」
 衝撃に声が裏返ってしまった。停電したタイミングで同棲の打診をするカップルがいるだろうか。
「こういう時、お前が一人だったら」
 ぼそぼそとそう言うと、尾形さんはまたカレーを食べ始める。そのいとおしさに、私はもう、それなりに気に入っていたこの部屋を出る決心ができてしまっていた。外は雨が降り続けている。でも、今は私たちを閉じ込めるその音すら心地よかった。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る