征服してあげる
「そんなにヤリたいならお前が勃たせろよ」
一人でベッドに寝転んだ尾形はしたり顔でそう言った。さっきまで一緒にバーにいた男は、酔って勃たないほどは飲んでいないはずだ。いつもなら部屋に入った途端に尾形が壁に押し付けるようにキスをしてくる。それに息を苦しくさせながらも嬉しかったのは、余裕なく求められることに多少なりとも私への情があると信じたからだ。こうして投げやりにされたことで、尾形にとってはこの時間が性欲を満たす目的以外ないのだとはっきり意識する。屈辱なのに、期待で熱を帯びた身体は早く触れてほしくてたまらない。立ち尽くしていた場所からベッドへと近づく私は、躾けられた従順な女になってしまっているのだろう。
どうしてこんな不健全な関係を続けているのか。最初にあったのは、社内の業績でいつも勝てない尾形への対抗心だけだった。このいけ好かない男を出し抜きたくて近づいたのに、二人きりの時間を私が惜しむようになってしまった。飲んでいた店を出た後、尾形にキスをされ流されたままホテルに入った日。ベッドの上でも尾形に勝てないことを思い知りながらも、これが始まりになると思った。
「これからどうする? 俺たち」
だから、終わった後にこっちに判断を委ねる尾形の台詞に失恋したように傷ついた。尾形から欲しい言葉をもらえないのに私からそれを言葉にするなんて癪だ。それでもここで終わりにすることは選べなくて、割り切った都合のいい女を演じてしまった。
「いいんじゃない? これからもこうやってたまにホテルに行ければ」
尾形は一点を見つめたまま何も言わなかった。今も尾形の心の内が見えない私は、女として求められることに縋るしかないのだ。
ベッドに膝をついて尾形に跨りながら、私は焦っていた。どうすれば尾形は私に執着してくれる? 上に乗られた尾形は、自分をその気にさせようと切羽詰まった女を愉しげに観察している。試されていることを甘んじて受け入れ、ワイシャツのボタンを一つずつ外し、その中の肌へと手を滑らせる。手のひらに伝わる熱に欲を煽られながらも、もったいつけた手つきで下りていく。そしてスラックスの上から緩やかに隆起したそこを撫でた。前に口でした時は、射精させるまでするつもりだったのに少し息を乱した尾形に止められてしまった。その後は私がイキそうになるたびに寸止めされて、言葉責めされた通りに「イかせてください」とお願いしたら、今度は何度も絶頂させられ、やめてほしいと頼んでも聞いてくれなかった。
思い出すといつも尾形のいいようにされ、今もこうして弄ばれていることにふつふつと怒りが湧いてくる。どうせ私からの前戯にそれなりに満足したら押し倒すつもりなのだろう。思い通りにさせるものか。
「どうした、焦らしてるつもりかよ」
この男の鼻を明かしてやりたくなった私は、屈したままのふりをして下着ごとスラックスを下ろしそこを直に触れた。手で包んで緩く扱くと、酔って勃たないと言っていた尾形のそこはすぐに硬くなっていった。まだ余裕を保った顔で私の手を眺めている尾形はこのまま私が口に入れると思っているだろう。今日はその期待を叶えないことにした私は、陰茎が上を向いたところで枕元へと手を伸ばした。何度も来ているこのホテルにはコンドームと一緒にローションが置かれているけれど、私たちが今までそれを使ったことはない。
不審に思ったのか尾形が頭を上げる。途中で形勢を変えられたくない私は、ベッドの上に放ってあるネクタイも取って尾形の両手を束ねた。
「何するつもりだ」
「こうした方がいつもと違って興奮するかなって」
「俺にそんな趣味はねえぞ」
「怖いならやらないけど」
「誰もそんなこと言ってねえだろ」
煽りに乗った尾形の手首を頭上で固く縛ると、ローションの蓋を開けてたっぷりと手のひらに広げる。とろりとした液体の淫靡さに高揚感を覚えながら尾形の陰茎に触れた。冷たさに一瞬顔を顰めた尾形は、私の手が再び陰茎を滑ると息を漏らした。光沢を帯びるほどに濡れたそこは手の中でまた大きくなっていく。摩擦をなくしたなめらかな感触のままに動きを速めると、シャツの間からのぞく腹筋がぐっと締まる。
「気持ちいの?」
「普通」
先端からくびれた部分をいつもより力を入れて上下する。小さく呻くような声を漏らした尾形は、強がってはいるけれど明らかに快感をやり過ごそうとしていた。そろそろいいかな。身体が熱を持ったままの私は上のニットを脱いで下着姿になる。触れない尾形は不服そうだけれど、私が腰を浮かせてスカートとストッキングを下ろすと鼻で笑った。
「そんなに早く挿れられたいかよ」
「ううん、尾形がその気になるまではしない」
脱いだストッキングに、もう一度開けたローションを垂らしていく。尾形が険しい視線で私の手元を見ているのは、これが何かを知らないのかもしれない。重たくなるほどローションを含んだストッキングを丁寧に亀頭に被せると、ようやく危機感を覚えたようで腰を引こうとしている。
「おい、そんなのどこで覚えてきた」
「秘密」
「このアバズレ……」
「手でするだけじゃそんなに気持ちよくないみたいだから、使わなきゃと思って」
亀頭が張る様に左右の手でストッキングを包み、ゆっくりと手前へ引く。すぐに尾形がびくりと身体を震わせて声を押し殺した。そんなに気持ちいいんだ。知識として知っていただけのプレイだけれど、分かりやすい尾形の反応に手応えを感じた私は、交互に動かす手を徐々に速めていく。
「はぁ、っ、何だこれ、くすぐった……、あ、うっ、」
ぐちょぐちょと水音が出るほどストッキングで強く擦るたびに、尾形は身体を震わせる。苦悶する表情を浮かべた尾形を見ていると自分の口角が上がっているのが分かった。喘ぐような無防備な声は、気だるげな渋い声で喋る尾形の声とは全く異なって聞こえた。いつもは警戒心が強く私に付け入る隙を見せない尾形が、攻められて翻弄されている。見たことのない尾形のいじらしい姿を見ていると、自分にはないと思っていた支配欲のようなものが覚醒していく。亀頭を攻められているだけではイケないことがこのプレイを快楽地獄にするらしく、快感が募っていく尾形はそのもどかしさに声を張る。
「おい!、もういいっ、あっ、やめろっ、はぁ、動かすな!、うぁっ、」
「ダメだよ。今日は尾形やる気ないんでしょ? したいってなるまで続けてあげる♡」
「ふざけるなっ!、はぁ、もう、勃ってるだろとっくに!」
「勃たないって言ったくせにこんなガチガチにして。百ちゃんのおちんちんは嘘つきなんだね♡」
「お前っ、これで、俺に勝ったつもりか、こんなもの使って卑怯だ、ぁあああっ!」
先っぽを布越しに掴んで擦り上げると、尾形が背中を逸らして叫ぶような声をあげた。裏筋が浮き出たそこは刺激していたらすぐに達してしまいそうで、尾形が眉根を寄せるから動かしていた手をぴたりと止めてみる。
「くそっ、何のつもりだ変態」
「自分で言わなきゃイッちゃダメ♡」
「あ?」
「イかせて下さいって♡」
覚えのあるやり取りに尾形が目を剥いている。自分が言わされる側になるなんて夢にも思ってなかったのだろう。早く達したいはずなのに「誰が言うか」と吐き捨てる尾形は、まだプライドを保っているらしい。
「じゃあずっとこのままだよ?」
「やめろっ、くっ、あっ、あ、」
ストッキングに包まれたローションまみれの陰茎を扱くと、尾形が足を痙攣させながら快感に耐える。尾形の隠せない反応で絶頂のタイミングが分かるから、私は調子に乗ってまた直前で手を止めた。
「はいストップ〜!」
「はぁ、お前、後で、は、覚えてろよ、絶対にぃ、あ、あっ、ああっ」
恐ろしい台詞も息絶え絶えに言われては説得力がない。汗を滲ませて喘ぐ尾形はもう限界だろう。再び動いた手が達する寸前にぴたりと止まると、「さっさとイカせろよ変態」と悪態をついた。
「そんな偉そうに命令しろなんて言った?」
「……言ってない」
「こうされるの気持ちいい?」
「っ、ああ……、気持ちいい、」
「もうイキたいんでしょ?」
「イキたい……」
しおらしさを持ち始めた尾形を可愛いと思ってしまう。普段は隙を見せない男も、実は弱さをさらけ出して甘えたい気質があるのかもしれない。
「じゃあ言えるよね♡」
「………………さい」
それでもまだプライドが抗っている尾形は目を向こうに逸らすと、聞き取れないほど小さな声でぼそぼそと言った。「ちゃんと言えないならまたイケないよ?」と詰める私に少しの間沈黙して葛藤を繰り広げた後、屈辱に歪めた唇から声が漏れ出る。
「…………ください」
「もっとはっきり」
「イカせて……ください」
「よくできました♡」
尾形が私を睨んだのも一瞬だった。ご褒美に加減も制止のない手淫で絶頂へと上らせると、黒目を上に向けた尾形は裏返った声をあげた。腰が浮いて、ストッキングの中で陰茎が脈打つ。射精が一度止むとストッキングを外して再び手を上下させる。「待て、あ、あぁ」と漏らした尾形は、今度は私のお腹へかけるように何度も勢いよく精を放った。
やり過ぎたかもしれないと我に返ったのは尾形の精が尽きた後だった。気を失ったように脱力した尾形に色んな意味で不安が込み上げてくる。まずは手首のネクタイを外そうと尾形の頭の方へ近づくと、怨念を湛えた目が私をじっとりと見上げていた。
「気が済んだかよ変態」
「何だ、元気そうでよかった」
「いいわけあるか。みっともねえ真似させやがって」
解かれた腕が自由になると、尾形は自分の身体から降りた私に背を向けて動かなくなってしまった。どうしよう、仕返しはできたけれど、拗ねた尾形にセフレを解消されてしまうかもしれない。焦った私は尾形の機嫌を直そうと頭を働かせるけれど、情事の最中に思いつくことなんて至極くだらなかった。
「おっぱい触る?」
ブラジャーを外して尾形を覗き込む。さすがに無視されると思ったのに、尾形はすぐに振り返って膨らみに手を伸ばして揉み始めた。熱を持て余していた私は、尾形に触れられる心地良さに身を任せながら仰向けになる。上に乗った尾形が頂を夢中になって吸っている。「百ちゃんは本当におっぱい好きだね」と言って頭を撫でても無言で乳を堪能している男は、普段の自分の不遜さを忘れているようだった。そうやってしばらく尾形を可愛がっていると、太ももに硬いものが押し当てられた。力尽きたはずの尾形の陰茎がいつの間にか大きさを取り戻している。
「おっぱいで元気になり過ぎじゃない?」
「悪いかよ」
「どうしたいの?」
「挿れたい」
ショーツの中へと入ってきた指に蜜口を撫でられる。じゅうぶん濡れていることを確かめた尾形は、シャツを脱ぐと枕元のコンドームを手に取った。きっと尾形は、それをつける間に大人しく待つ私が主導権を返すと安堵しているだろう。私は初めて知った悦びを、このまま手放すつもりなんてないのに。
尾形の肩を掴んで押し倒す。「は?」と間抜けな声を漏らしながら仰向けに寝転んだ尾形に跨ると、その下ではちきれそうな陰茎を支える。「何でだよ」という尾形の文句に構うことなく、蜜口に宛てがってゆっくりと腰を沈める。身体を割って入っていく熱に背中をしならせる私を、尾形は深く息をつきながら仰ぎ見ていた。根元まで呑み込むと尾形の形を覚えた中がきゅうっと収縮して、尾形が短く呻く。
「もしかして、もうイっちゃった?」
「んな早くイくわけねえだろ」
「そうだよね。じゃあいっぱい動いて大丈夫だね♡」
「待て」と尾形が言うより先に、浮かせた腰を上下に動かし始める。沈むたびに快感が身体を貫くのに、もっともっとと腰が勝手に往復する。うねる中で自分の陰茎を卑猥な音をさせながら擦る私に、尾形は「あ、ああ、それ、はぁ、おい、一度、ちょっと」と声を漏らしながら、愛液にまみれた出し入れされているところを凝視している。
「く、ん゙、締めるなっ、はぁ」
「あん、だめっ、尾形のおちんちん、きもちいところ、あっ、当たるから、ぎゅって、なっちゃう」
「ちょ、まてまて!」
私の腰が沈んだところで、これ以上動けないように尾形が両手で掴んだ。もっと快感を追い求めたい私の下で、尾形は危なかったとでも言わんばかりに息を乱している。
「もうイきそうなの?」
「違う……、お前が、疲れるから、少し……」
情けなく言い訳をする尾形は、早く達してしまうことが恥ずかしいと思っているのだろう。普段のセックスでもたまに私を焦らすふりをしてインターバルを作るから。今は取り繕えないほど追い詰められてる尾形が愛おしくて、私は自分の腰を掴んだ尾形の手を上から握った。
「いいんだよ、イッて♡」
「お前はまだイッてないだろ」
「じゃあ一緒にイこう?」
「分かった。でも少し待て」
「すごいゆっくりならいいでしょ?」
甘えるように身体を倒して尾形に密着すると、尾形は渋りながらも掴む手を離した。その瞬間、容赦なく腰を叩き前後する。
「ふざけんっ、あ、あっ!、やめろ、うごくな、あ、あっ」
「あっ、ん、ふふっ、尾形の、あっ、また大きく、なってる」
「あ、ああっ、出る、出るから、まっ、あ、ああっ!、ああ!」
「ほら、イッて、早漏ちんちんイッちゃえ♡」
目の前で揺れる胸を見ながら尾形は叫ぶように喘いでいた。奥を尾形の陰茎で突くように腰を落とす。すぐにゴム越しに尾形の熱が放たれて、私の中は搾り取るように収縮を繰り返した。
「そんなに気持ちよかった?」
尾形を陥落させたことに満足して上から降りようとした。でも、バランスを崩したと思ったら上体を起こした尾形に押し倒され、あっという間にシーツに組み敷かれる。
「後で覚えとけって言ったよな?」
「……嘘でしょ?」
中に入ったままの尾形の陰茎は、出し尽くしたはずなのに全く萎まず滾っている。まずい。逃げようと腰を引くより先に、尾形の怒張に思い切り奥を穿たれた。
「あ゙♡♡、あ゙っっ♡♡♡」
光が散って目がチカチカする。今ダメ……散々気持ちよくなった後だから、イキやすくなってるのに。全身を硬直させてイッたままの私に、今度は尾形が容赦なく腰を前後する。
「あっ♡、あ゙♡♡、ダメ♡、おがた♡、イッ、イッてるから♡♡、まっ♡♡、まって♡♡、あ゙っ♡♡、あ゙ん♡♡♡、」
「人の待ては聞かねえくせに、ずいぶん虫のいい奴だなぁおい」
「あ゙♡、またイク♡♡、あ゙あ♡♡、ん゙んん♡、もお無理♡♡♡、あっ♡♡♡、あっん♡♡、」
「誰が早漏だって?」
「ひぃん♡♡、んん♡、ごめんなさっ♡、ごめんなさいぃ♡♡、あっ♡♡、あ゙♡♡、やだ♡♡、あっ♡、あぁん♡♡」
「お前は俺に、こうされんのが一番好きだろ」
「あ゙っ♡、うん♡♡、すきっ♡♡、すきだからっ♡♡♡、あっ♡、あ♡♡、ああ♡♡」
結局また躾けられている。さっきまでの優位性なんて跡形もないセックスに溺れていると、尾形が一度腰の動きを止めて私の頬を撫でた。
「お前、終わった後も、いい加減素直になれよ」
「え?」
「俺の女だろ、お前は」
それは高圧的な言葉とは違う、切実さを帯びたものだった。初めて、尾形から私たちの関係性を変えようとしている言葉をもらった。でも、まるで私だけが意地になっていたような物言いは納得できない。
「さっきまで女みたいに喘いでたくせに」
「ああ。でもあんな情けねえ姿見られても逃がしたくない」
開き直った尾形は、私の返事など分かっているかのように再び私を絶頂させる動きを始めた。それに翻弄される私は、駆け引きには勝ったはずなのに全然勝った気がしない。でも、こうして尾形から素直な言葉を引き出せるのなら、やっぱりたまには私が手網を握ろう。そう決めて尾形の背中に腕を回したら、今までよりも激しく唇を塞がれた。