クオリア
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「……寛にでも聞いたのかい?」
我ながら、よくもまあここまで可愛げのないことを口走れるものだと感心した。
すでに礼を伝えた後ではあったけれど、その礼がいけなかった。僕と目の前の彼とは、共に素直であることを好みながら、それでもあまりに開けっ広げで露骨な様子は、却ってみっともなく感じてしまう質である。先程の僕の喜びようときたら、まさしく後者そのものだった。
だからこれは、その帳尻合わせのような役割も担っていたのだ。
「まさか。これでも数字とは親しい間柄なんだ。僕に言わせれば彼らにも色やにおいがちゃんとあって、一度意識した組み合わせはそう忘れられるものではないよ。特にきみの場合、少し名前を調べさえすれば、誕生日は自ずと付いてくるだろう?」
彼の言っているのが名付けに関する由来であることはすぐにわかった。その前の、一見――ここでは一聞と表すほうが適切かもしれない――すると物語のような奇妙な話も、早数ヶ月行動を共にしてきた経験を辿ると、なんとも彼らしいもので。僕の顔を見ると橙色の三と白色の一が浮かび上がるのだとか、おかげで他所でも三と一が揃うと煙草臭さを感じるようになってしまっただとか、そういった話を聞くのはなかなかに愉快だった。
共感覚(シナスタジア)。そういえば、丁度先週図書館でそんな記述を目にしたことを思い出す。僕としては、もうこのまま話題をそちらへ移してしまっても良いくらいなのだが、はたして彼も構わないだろうか。
「今さらそんなことを白状されるとはね。長らく君の中で、僕は『三』と『一』の保護者だったわけだ」
わざと悪態をつくような言い方をしているのをわかっているだろうに。口が減らないというか、冗談が通じないというか。彼は、皮肉の扱いに関しては常人と比べて遙かに劣っていた。
「そんなことを言い出したら、きりがない。そうでなくても、きみの佇まいは『芥川龍之介』だなんて一見何の法則もない五つの漢字の羅列を連想させるし、性染色体で表すなら『XY』の雄だ。そもそも文字に限らなければ、助手であるという点で、最近はたまっている仕事のことも思い出すね」
こうして聞いているだけでも、僕を前にした彼の視界はずいぶんと賑やかであるらしい。こんなにばらばらの情報が同居していても耳障りに思わない彼なので、人ひとりの誕生日を頭の片隅に住まわせ続けることくらい、何と言うほどのものでもなかったのだろう。七を八回足し合わせる計算を一瞬で済ませられる人が、わざわざ何度も躓きながら七の段を覚える必要がないのと同じように。やはり、どうしても反射的に浮ついてしまったことが悔やまれるのだった。
「龍之介くん?」
「……いっそ、名前も生まれも、何ひとつはっきりしない素性だったなら。君は今僕をどんなふうに呼んだのだろうね」
せめてこのため息が、気を落としているわけではなく自分自身に呆れているのだということが彼に伝わってくれれば、と願う。毎度のことながら、彼といると恥ずかしい思いをするばかりだ。自分の誕生日を覚えるのに少しくらい労力をかけてほしかったなんて。挙げ句の果てには、彼が記号の波をかき分けて、最深部の「僕」にたどり着いてくれはしないだろうか、なんて。
小首を傾げたままの当人は、脳みそから直接音を出すスピーカーにでもなったかのように、ぽかんと口を開けてぶつぶつと何かを呟いていた。
「……僕の好きなひと、その一。とか」
ふと、呑気な声に頭を小突かれる。この感情の厚かましさを思えば、もっと強い衝撃でも足りないくらいだったが。
「そのいち、」
「あっ、きみが一日生まれだからとか、そういう理由じゃなくて。僕の中で、何となくいちばんという感じがするのはきみだから……そう、僕にとっては、きみが……えっと、」
こういうときに限ってご自慢の処理能力が全くといって役に立たないのは、彼が日頃論理式にばかりうつつを抜かしているせいだろうか。こちらも反応に困るので、せめて自分が言うことくらいはよく理解してから喋ってほしい。あぁ、やっと顔が赤くなった。不服そうな表情をするとまるでかんかんに怒っている人のようにも見えて、どこかおかしい。
「……その、そろそろちゃんと祝わせてほしいんだけどな。僕は、こうして託けてきみに何かをしてあげられるだけ、誕生日もあったほうが良いと思っているよ」
「そうだね。ところで、いちばんを表す『一』も、白色なのかい。別に嫌いではないけれど、少しつまらない気がするな」
「その話はもういいから!」
やはり、彼とシナスタジアについて議論を交わすことができるようになるには、もう少し時間がかかりそうだ。僕はひとまず、ここは大人しく三月一日生まれのおめでたい男に戻ることにした。
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