11. 縁は異なもの、味なもの

命の危険を感じた時、人間はこんな驚き方をするのだろうと直感的に思った。
申し訳なさそうに自身の後頭部に手を置いて腰を低くした土井先生は、お詫びに部屋まで送ると申し出た。
お詫びと言いつつも、本当はそのつもりで現れたのは明白だった。

「ほんっとにびっくりしたんですから。忍みたいなことやめてください」
「いやぁ、これでも忍なので…」

少しばかり怒気を孕ませた声を出しつつ、昨日からかなり気にかけてくれている姿に怒りきれない自分もいる。
驚きの余韻で、まだ耳の奥で鼓動が聞こえる。

「申し訳ない。今度から気配は消さないから」
「気配があるとかないとか、そんなの一般人には分かりません」
「もしかして、怒ってる?」
「怒ってます!」

もはや、反射的に答えた会話に、土井先生は薄っすら笑いを堪えながら、再びごめんごめんと口にして私の頭を撫でた。

まただ。
すっかり忘れていたのに。
思わず足を止めてしまった。

平均的な身長よりかなり背が高い土井先生は、何をするにも上を見上げないと目が合わない。
ん?と私の頭に手をやったまま、視線が降り注ぐ。
頭の向こうに満月が顔を出していた。

「あの……私は、どう反応したらいいんでしょうか」

何と伝えるか悩み、結局先日独り呟いた言葉をそのまま口にした。
でも、顔を見るにどうやら何についてなのかさっぱり理解していなさそうだ。
これが計算だというのなら、とんでもない。
でも、優秀な忍なら、他人の感情を操ることだって容易だろう。
私の反応は、土井先生の思う通りなんだろうか。

「これです。頭。ここに来ることが決まってから、気のせいでなければよく撫でられています」

そう言われてからようやく気がついたようで、頭に感じていた温もりが消える。

「す、すまない。無意識だった…」

意図的なものであるかと思えば、まさかの無意識ときた。
私のことを、一年は組の生徒達と同じだとでも思っているのだろうか。
十も歳の違う男の子たちと?
まさか。

「学園関係者になると決まってから、つい学園の子と同じように扱ってしまっているようでして…口調もかなり砕けていましたよね。すみません」
「それは、私は新人職員ですし気にしていませんでしたけど…頭は、何というか、意図が分からなくて」

あえて私がそれをどう思っているかには触れない。
どういう意図なのか、私はそれにどう反応するのが正解なのか知りたかった。
少しゆったりめの歩幅で客間までの歩みを再開すれば、慌てる様子もなくすぐに隣に土井先生が並ぶ。
私の足は正直で、疲労による重たい一歩と狭い歩幅に、合わせて歩いてくれているようだった。

「なまえさんがあまりにも頑張っていたから、きっと無意識に手が動いてしまっていたんだね。申し訳ないよ。構わずに振り切ってくれてよかったのに」
「失礼かなと思いまして。でも、頑張りの評価だったんですね。両親が亡くなったことによる同情だとか言われたら、いよいよどうして良いかわかりませんでした」

気にしていたのは、そこだった。
色々な出来事が重なったが故に、頭を撫でられるようになったきっかけに思い当たるような箇所が複数あった。
そのうちの一つが、きり丸くんも言っていた土井先生もどうやら同じような境遇であるということ。
そこに同情されていると言われたら、そんなことは望んでいないと強く怒ろうと思っていた。
でもそうではなく、学園の関係者になる、というのがきっかけであるというならば、まぁ…どう言葉にするのがいいのか難しいけれど、嫌だとは思わない。
だからこそ、どう反応するのが正しいのか分からなくて、振り解くにも難しくて、困っていた。

「同情じゃないなら、まぁ…別に今後もお好きにしていただいて構いません」

きっと、教師という立場での褒めるという行為の一つなんだろう。
すっかり先生が染み付いているなら、今更やめろと言っても難しいだろうし、私と話すだけにそこまで無駄に労力を使わせてしまうのも申し訳ない。

「あぁ、でもあまり人前でやられると、また六年生の皆さんみたいに恋仲だと勘違いされてしまいますから、気を付けてくださいね」
「学園に来たばかりのなまえさんに迷惑ですもんね」
「信頼の厚い土井先生にそんな迷惑を…え?」

各々が互いへの迷惑について言及する声が被る。
顔を見合わせるなり、一瞬の無言。
次いで、吹き出す笑い声が被る。

「私たち、どうやら仲がいいみたいですね」
「あはは、そうみたいですね。そうじゃなきゃ、土井先生のお家の管理、引き受けてませんよ」

なかなか帰れない男性の家の管理など、相手への信頼が無ければ引き受けたりしない。
頭の片隅で不思議な交流が始まった日のことを思い浮かべていれば、客間に辿り着いた。

「明日の夜には職員長屋で生活できるので、煩くしないように気を付けますね」
「流石用具委員、もう終わらせたのか」
「…食満くんの腕がいいので、綺麗な障子戸になっていましたよ」

嘘も方便だ。
私が手伝ったなんて言えば、怒られそうな気がした。
これは、ただの私の勘。

ここまで送ってもらったことへの礼と、夜の挨拶を済ませて部屋の障子を閉める。
閉め終わるまで土井先生は手を振ってくれていたが、振り返さずに軽く頭を下げた。

月明かりも遮られ、部屋は薄暗くなる。
油が勿体無く、明かりは灯さない。
自室でないためにまだ荷物を広げていないので、昨日使った湯浴みの用意は分かりやすくひとまとめにしてある。
明かりなどなくとも、手を伸ばせば寝巻きやタオルを包んだ風呂敷が当たった。

湯浴みは、もうこの時間にはくのたまの子達は済んでいて、大方私かくの一教室の山本シナ先生が最後になると、昨日教えていただいた。
湯浴みの用意を抱えて部屋を出れば、昨日よりもさらに明るい月明かりが十分に行き先を照らしてくれている。

どれだけ疲れていれど、のんびりはしていられない。
早く寝なければ、明日の仕事にも響く。
よし、と意気込んで足音に気をつけながら浴場へ向かった。

prev next

>> list <<