14. 縁は異なもの、味なもの

障子紙がしっかり張り付いているか、表面を撫でてベタつきがないのを確認したのち、そっと指で押す。
うん、大丈夫そう。
他の箇所も同じように押して、問題ない事を確認。
用具倉庫の外を見渡して、今のうちだと、障子戸を抱えて持ち上げた。

覚束無い足取りで周囲に気をつけながら、職員長屋までの道を進む。
視界右側は向こうが一切見えず、歩くのも慎重になる。
小柄な体には障子戸が大きく、手の中に竪框が食い込んで痛い。
時々慎重に地面に置いて、持ち直してはまたよたよたと足を動かす。

もう一度持ち直そうかと、足を止めた時だった。

「随分大きな荷物ですね。手伝いましょうか」

どこからか聞こえた、先程聞いたような声。
恐らく利吉さんだ。
しかし、姿は見当たらない。
昨日の土井先生を思い出して、気配を消されているのかと、色々なところに視線を向ける。

「私なら、障子の向こうにいますよ」
「あっ…お恥ずかしい事を…」

体を半歩回転させれば、障子の向こうに利吉さんがいらした。
あまりにも阿呆な行動に、恥ずかしくて顔が熱い。
そんな私に優しげな笑顔を浮かべてくれているが、いっそのこと大笑いして欲しい。

「それはどちらに?」
「お客様に手伝わせるわけにはっ!?」

手伝いの申し出を断っている最中に、私の手の少し上に別の手が現れて、障子戸を颯爽と奪っていった。

「今にも転けてしまうのではないかと、気が気じゃありませんでしたので。それで、これはどちらに?」

こんな大きな物を奪い返すなど到底出来るわけもない。
早々に諦めて、職員長屋へ案内をする。
忍者だからなのか、男性だからなのか。
私とは違って足取りもしっかりしていて、抱え直すこともなくすんなりと私の部屋の前まで到着した。
しかも、礼を言う前に取り付けまでしてしまう始末。

「本当に、ここまでしてくださってありがとうございます」
「これくらいお安い御用ですよ。みょうじさんに怪我がなくてよかった」

あまりにも笑顔が眩しくて、視線を逸らす。
こんな素敵な息子さんがいて、山田先生もきっと鼻が高いだろう。

「あの…お礼によければ、学園のランチを奢らせていただけませんか?もちろん無理にとは言いませんので」

新人の私にはできることも少なく、すぐに浮かんだお礼が食事だった。
でも、利吉さんは売れっ子忍者みたいだし、詰め込んだ予定の合間を縫って、山田先生に会いに来られた可能性もある。

「そんな大層なことはしていませんよ。私もおばちゃんの食事が好きで、個人的に食券は持っていますので…そしたら、お礼はランチをご一緒していただけませんか?」
「そんなことでよろしいのでしたら、喜んで」

そうは言ったものの、お昼休み開始からそれなりに時間が経っていた。
このまま食事をご一緒すると、間違いなく午後の勤務時間に突入する。
吉野先生に事情を伝えに行けば、来客対応も事務の仕事のうちだとお許しを得た。
小松田さんに伝えてくださるとの事で、ありがたく食堂へ足早に戻る。
ごめんなさい小松田さん。食事を終えたら挽回します、と姿の見えない小松田さんに謝罪した。

利吉さんと合流して、ランチの締め時間ギリギリに作っていただいた、美味しいご飯を共にする。
お昼もしっかり量は調節させてもらった。

「あまりお礼になるような楽しいお話はないんですけれど…本当にご飯をご一緒するだけでよろしかったのですか?」

相手がそれでいいと言っているとはいえ、やはり礼になるのだろうかと不安になって問い掛けた。

「初対面でお話できることはたくさんあるじゃないですか。ただの世間話程度の話をしたかっただけですよ」
「ここで働き始めてまだ二日なので、仕事や学園の話もできないのですが…」
「おや、そんなに日が浅いんですか?小松田くんに情報の扱い方を指南できていたので、もう少し長いのかと」
「利吉さんは褒め上手ですね。そんなに褒めてもおかず一品しかあげられませんよ」

そう言って煮物を、小鉢ごと利吉さんの盆に乗せる。

「お礼にはなりませんし、おばちゃんに怒られますよ」

利吉さんは厨房の方に目をやったが、普段なら目敏く現れて怒りにくるおばちゃんが来ないので、不思議そうな顔をしていた。

「今日は胃腸の調子が悪くて、あらかじめお許しをもらってるんです」
「どこかの誰かみたいなことを…」
「ふふ、土井先生のことですか?」

そう言えば、目を数回瞬かせて「よく分かりましたね」と箸を盆に置いた。
あ、よく見ると目元が山田先生と似ていらっしゃる。

「こちらで働かせていただくことになったのが、土井先生の紹介で。長屋の管理を引き受けていた、近所に住んでいたものなんですよ、私」

よっぽど利吉さんの気になる話だったのか、机に肘をついて興味深そうにしている。

「ということは、みょうじさんは忍ではないのですか?」
「え…私、くのいちに見えます?」

キリッとした目が私をまじまじと見つめている。顔立ちの整った人にこうも見られるのは、ちょっと恥ずかしい。
しかも疲れ切って顔色の悪い日に。

顎に手を当てて、暫し考え込まれる。
最後に少し眉を寄せて、元の姿勢に戻った。

「確かに違うみたいですね」

一体どこを見て判断したのかは怖くて聞けない。

「にしても、土井先生が学園で働けるよう手筈を整えたとは」
「かくかくしかじかな事情がありまして。山田先生が同室なので、利吉さんも土井先生と交流が?」

そう尋ねれば、ほのかに顔に優しさが滲む。

「土井先生は我が家で暮らしていたことがありましてね。その名残です」

この学園に来て、土井先生の知らない話がぽんぽんと出てくる。
仕方ないとは言え、本人の知らないところで聞いて良かった話なんだろうか、と。
繋がってしまうような話を振らなければよかったかなと、少し後悔してしまう。

「それは交流深いどころではないですね」

お互いの皿には、もう食事は残っていなかった。
私が礼と称して無理矢理乗せた煮物も、綺麗に平らげてくれていた。

「お礼を申し出た側がすみません。午後の業務がまだ残っていまして。そろそろ戻ろうかと思うのですが…」
「私もそろそろ帰ろうかと思っていましたのでお気になさらず。小松田くんに任せておくのは、何があるか分かりませんからね」

出門表にサインをもらうために、正門まで隣を歩く。

「吉野先生がいらっしゃるとはいえ、小松田くんが先輩で大変でしょうが頑張ってください」
「その様子だと、利吉さんも何かと振り回されておられます?」
「下手すれば貴重な休日まで潰されていますよ」

そんなとある休日を思い出したのか、ゲンナリとした顔を披露する姿を苦笑いで見る。
そういえばバインダーは小松田さんが持っていたような?と思った時には、軽快な足音と共に小松田さんが手を振って現れた。

「本当に、小松田くんの探知能力だけは尊敬するよ」
「すごい才能ですよね」
「利吉さーん!お帰りですかぁ?」
「小松田さん、出門表と筆をお借りしていいですか?」

入門表と同じ手順で利吉さんに差し出せば、慣れた手つきでサインをくれる。
その様子を、初めて学園に来る方に説明ができるようにしておかなければと見つめる。

「そんなに見つめられても何もありませんよ」
「す、すみません。初めて来訪される方に説明できるようにしないとと思ったら、つい…失礼いたしました」
「小松田くん、彼女事務員としての伸び代しかないから、しっかり教えてあげないと」
「利吉さん僕をなんだと思ってるんですか?ちゃんと教えられますよ!」
「次来た時には君がいなくなってたりして」
「こ、怖いこと言わないでください〜!」

利吉さんって、なんだかんだ小松田さんの事を気にかけているんだろうなというのが、なんとなく伝わってくる。

「仲が良いんですね」
「絶対に、断じてあり得ません。あぁそうだ、みょうじさん」

額にほんの少し浮かんだ青筋に、触れてはいけなかったかと慌てる前に名前を呼ばれた。

「隠せているつもりかもしれませんが、かなり顔色が悪いですよ。今日は早くお休みした方が良いかと。小松田くんも、仕事が早く終われるよう、余計な事はしないように」

一体いつから気付いて、と自分の右頬に手を添えてあっと気付く。
そういえば、くのいちに見えるか聞いた時、まじまじと顔を見られた。
きっとその時だ。

小松田さんが目を丸くして私を見ている中、潜戸から出ていき「近々また来ます」と扉を閉めた。
仲が良いなんて言った腹いせに嫌がらせでもされた?いや…きっと本当に心配してくれていたんだろう。
でも、何も小松田さんの前で言わなくても…

さて、小松田さんをどう誤魔化そうかな。

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