15. 縁は異なもの、味なもの

あれからずっと、何度も持ち場を離れて心配の声を掛けにくる小松田さんに、申し訳ないが逆に体力を持っていかれてしまった。

優しさは本当にありがたい。
ありがたいが、持ち場から私のところへやってくる間に、当たり前だが小松田さんの担当区間は綺麗にならない。
結局、私が時折やってくる眩暈や立ちくらみに休みながら掃除をしていても、小松田さんの持ち場へ辿り着いてしまい、二人揃って掃除を終わらせた。

日の傾き具合から、昨日早く終業したとはいえ通常業務時よりも遅そうだ。
へとへとになりながら吉野先生へ掃除終了のご報告をし、今日は終業となった。
吉野先生の労いの言葉が、今日は違う意味でしみた。

「医務室に行きましょうよ〜」

ぺしょぺしょ、という情けない効果音が聞こえそうな下がり眉に、垂れた口角。
袖を掴んで医務室へ引っ張ろうとする腕と、利吉さんと別れてからもう何度言われたか分からない医務室への案内。
気持ちは本当に、本当にありがたいんだけど、今日は…これ以上は勘弁願いたいところだ。

「ただの寝不足なので、寝たら治りますから…本当に、ご心配ありがとうございます。今日はもう休みますので、小松田さんもゆっくりお休みください。暑い中での清掃業務、お疲れ様でした」

袖を掴む腕をやんわり引き剥がし、会釈して井戸へ向かった。
こんな体で湯浴みをしては、浴槽から出てこられる自信もないし…かと言って、頭や体を洗って濡れた髪を乾かす気力も無い。
今日は諦めて食事だけいただくことにしよう。

せめて体についた砂埃くらいは拭き取りたいと、釣瓶を引き上げるために縄を引っ張るが、水が入っているとはいえこんなに重かったかな。
少し持ち上げては休み、それを四回繰り返してようやく目の前に釣瓶が見えた。
やっとの思いで縁に置いて、手拭いを水に浸す。
固く絞って最低限体を拭き取り、最後に釣瓶から水を掬って顔に浴びせた。

化粧、落とすの忘れてる。
顔からぼたぼたと落ちる水を眺めながらも、落とそうという気は微塵も無かった。

二日目にしてこんなことでは、情けない。
釣瓶に残った水で手拭いを洗い、もう一度固く絞って、時折落ちる程度になった水を拭う。

少しだけ、疲れていた頭がすっきりした気がした。

お腹は、利吉さんといただいたのが少し遅かったこともあり、空いているような頑張れば食べられるような、そんな曖昧な感覚。
この位なら空腹で眠れないというわけでもなさそうで、やっぱり食事ももういいやという気持ちが湧いてくる。

おばちゃんに一言伝えた方がいいかな。
嗚呼でも体が寄り道するほどの体力を残していない。
仕方ない、明日の私に怒られてもらうようにしよう。

まだ学園の生活は始めたてなのだから、イレギュラーな出来事の時にどうすればいいのか、知れるいい機会にもなる。
明るく前向きに捉えるのも、一つの手だ。

一箇所でも綺麗にしてしまうと、外では拭えない場所の不快感が妙に気になってしまい、結局手拭いを洗い直して、ひっそりと職員長屋へ向かった。

幸い誰にも会う事なく部屋まで辿り着き、中に入るや事務員の服を脱ぎ捨て、胸や背中、股に太腿とせっせと拭っていく。
最後に足の裏を拭き取って、まとめていた荷物から寝巻きを乱雑に取り出して身に纏った。

荷解きは明日以降でいいかな。
大した荷物量でもないし、最悪必要な時に探せば良い。

だんだんと鈍くなっていく思考に、日中何とか働いてくれていたことに感謝した。
最後の力を振り絞って、押し入れに用意されていた布団を引き摺り出し、これまた適当な場所に敷いて力無く倒れ込む。
自分で思っていた以上の限界具合に、思わず乾いた笑いが出てしまったが、布団を被ればあっという間に意識が遠のいていく。
誰かが洗って干していてくれていたのか、布団はふかふかしていた。

なんだか寒いような、熱いような。
体の嫌な感覚に蓋をするように目を閉じる。

眠れたら何だっていい。
とにかく眠らなければ、治るものも治らない。

今日こそはこのまま朝まで、ぐっすり眠れますように。
三日続けて怒られる夢なんて、懲り懲りだから。

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