良い夢からは醒ましたくないが、悪い夢ならすぐに醒ましてやらないと。
中々手放してくれない手拭いは諦めて、伊作が持ってきてくれた手拭いで、汗を拭ってやりながら声を掛ければ、うっすらと瞼が開く。
「起き上がれなさそうなら、食べさせましょうか?」
「…そんな子供みたいなこと…大丈夫です」
さっきからずっと子供のようだよ、なんて言ってしまったら怒られてしまうだろうな。
むすっとした顔でゆっくりと布団から出てくるが、頭痛がするのか額を抑えた。
無理は良くないと寝かせるために手を差し出したが、押し返される。
本人がいいと言っていることを強要する必要もない。
粥をよそった椀を布団のそばに置けば、皿を持つなり蓮華いっぱいに中身を掬って口に運んでいる。
「あ、それ熱…遅かった」
まだここに持ってきてもらって時間も経っていないのに、そんな風に食べては…と思った時には遅く、口元を押さえて悶絶していた。
今ので口の中を火傷してしまったかな。
目尻に涙を浮かべて、二口目は慎重に息を吹きかけている。
とにかく、食欲があるなら安心だ。
新野先生の診察の際に灯した明かりが、ゆらゆらと私たちの影を揺らした。
「君の疲れは、ここに来てから溜まったものじゃないだろうね。ご両親が亡くなってから、一人でやることだらけだったろうに」
そう声を掛ければ、揺れる灯りが彼女の目元で反射する。
「…わたし、情けないです。こんなことで、早々に迷惑かけて」
空になった椀が床に置かれて音を立てる。
潤む瞳には触れず、まだ食べられるかと問えば、鼻を鳴らしながらも、くださいと返ってくる声。
湯気をあげる鍋の中の粥は、ぺろりと平らげられそうだ。
「情けなくなんかないさ。頑張り過ぎなんだよ、なまえさんは」
「頑張らなきゃ、誰かの役に立たなきゃ、また捨てられます」
食事の際に立てていた膝を抱え込んで、かろうじて聞き取れるような小さな声でそう言った。
ようやく彼女の弱いところを見れて、私は酷く安心した。
隣のおばちゃんから「最近は彼女が代わりに掃除してくれている」と、初めて紹介を受けた時から隙のない人だと思っていた。
時々それが酷く危なく見えて、忍術学園で育った教師の心が、どこかで弱さを吐き出してあげないと駄目になってしまうと、警戒していた。
きり丸の納期が迫った大量のアルバイトを手伝っていると、当たり前のように彼女は同じ空間にいる。
何か少しでも、悩みや不安を吐露してくれたらと、その度に世間話を振り続けていたが、ずっと一線を引いていてなかなか難しかった。
それが今日、身内の不幸と体調不良という少しズルい形の重なりではあるが、引き出すことができた。
「頑張ることが君の存在意義なんかじゃない。きり丸だってきっと同じさ。一年は組のみんながたった三日で君にこんなに懐いているのは、役に立とうと頑張っている君の姿を見ているからじゃないよ」
彼女は強く膝を抱えて肩を震わせている。
私の言葉に、思いに、嘘偽りはない。
そして何より、子供は素直だ。
どうしたら良いんだと言われたばかりだが、膝に乗る頭を撫でてやれば、弱々しい声が聞こえる。
「とんでもないくらい汗がひどいのでやめたほうがいいです」
「全く君って人は…!」
いつもの癖でズッコケそうになったのを耐えた。
甘え下手なのはきり丸とそっくりだと思いながら、嫌がる彼女の頭を思い切り撫で回す。
やめろと掴まれた腕は湿って熱く、上げた顔は潤んだ瞳に涙で濡れた頬、泣いたことと熱が相まっていかにも発熱患者の顔色だ。
本当はもう少し話を聞いてあげたいところだが、何よりもまず睡眠が第一だ。
「やめた方がいいって言ってるのに、ひどすぎます。絶対に手を洗ってから寝てくださいね。じゃないと許しませんよ」
「悪かったから、その寝不足の顔で睨むのはやめてくれないか。ほら、新野先生の薬はよく効くから。飲んだらしっかり寝ること」
心底嫌そうな顔をしながら、水を先に含んで薬を飲み干したが、苦味を逃し切れなかったらしい。
少しばかり残っていた粥をかき込んで、手を合わせていた。
そうか、彼女は薬が苦手なんだな。
「よく飲めました」
「…先生みたい」
「何変な事言ってるんですか。私は先生ですよ」
何故か不思議そうな目でこちらを見ているが、何も間違ったことは言っていない。
完食した椀と鍋をまとめて部屋を立ち去る用意を進めると、名を呼ばれる。
「あの………今度、お話聞いてもらえませんか」
「いくらでも聞くよ。まずはしっかり休むように」
私が立ち去るまでは頑なに布団に入らないつもりなのか、布団に座ったままじっとこちらを見ている。
「早く寝てくれなきゃ手拭いが乗せられないだろう」
「自分でやりますので、お気遣いなく」
こんな高熱で辛い中、よくもまぁ…と口にしたい気持ちをぐっとこらえ、盆を持って立ち上がる。
「明日の朝食はこちらに運んでいただくようにしたから、食堂に行かなくて大丈夫だよ」
今にも食堂に取りに行くと口を開きそうな顔に、もう一度一言一句はっきりと同じ言葉を告げて黙らせる。
「楽しい夢が見られるといいね。おやすみ」
「え?あ…お、おやすみなさい」
見えた動揺に頬を緩めながら、戸を閉めた。
さて、盆を返したら明日の授業の用意をして、私も今日は休もう。