元気なので盆を自分で戻しに行きたい、新野先生の元へ顔を出して体調の報告をしたいと伝えたが、立花くんは「依頼されたことは完遂してこそ我々忍だ、道中に倒れられても困るから途中まで共に行く」と言って聞かなかった。
それらしい事を言われてしまっては私も断れず、湯浴みの用意を持って寄り道だ。
風呂に行くまでに倒れるって、私はそんなに貧弱に見えているのだろうか…。
まぁ、事実仕事を始めて二日で床に伏しているのだから、あまり反論もできない。
おばちゃんに昨夜仕事も終わる頃に私の夕食を作らせてしまったことや、今日も朝から別メニューを用意させてしまったことを詫びなければ。
お詫びに思い浮かぶのはやっぱり仕事の手伝いだけど、無理をしてしまった事もあり断られてしまったらどうしよう。
でも物を差し上げるにも好みは分からないし、お給料いただけるのはまだまだ先だし…。
悶々と考えるうちに、食堂に辿り着く。
「おばちゃん、みょうじさんの食器を戻しにきました」
隣にまさか私がいると思わなかったのだろう。
立花くんの声に振り向くと、驚きの声と共に目を丸くしている。
「昨晩も今朝も、ありがとうございました。おかげさまですっかり元気になりましたので…別メニューのお手間を掛けてしまい申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げれば慌てたように暖簾を押して調理場から出てくる。
頭を上げるように言われてそっと顔を上げれば、温かい手に両頬を挟まれる。
「へ?」
「顔色は随分良くなったわね。目の隈も昨日よりは大丈夫そうだし…」
顔を固定され、細かくチェックされている。
横からの圧に負け、ほんのり唇が押されて尖っている気がするのは間違いではないらしく、横で私を見ている立花くんがほんのりと笑いを堪えているのが見える。
「あの、おばちゃん?」
「土井先生にお願いされたのよ、優しく叱ってあげてって。もう無理しないって約束する事。分かったわね?」
「わ、かりました。体調管理はしっかりします」
「そういう事じゃないわよもう!」
頬を摘まれて優しく引っ張られる。
痛みは全く無いが、立花くんに見られている手前、慌てて緩んだ滑舌でおばちゃんに訴えた。
「無理しません!無理しませんから!」
離して欲しいとおばちゃんの腕を掴む。
本当に怒っているわけではない顔は、心配する気持ちと優しさを兼ね備えていて、慈愛に満ちていた。
こういう顔が自身に向けられていると、どうしても心が落ち着かない。
視線を彷徨わせながら、落ちてきた横髪を耳に掛け直す。
今日は休みをいただいているから、また明日からお願いしますとその場を立ち去った。
「立花くん、さっき笑ってましたよね」
「嫌な思いをさせていたら申し訳ありません。馬鹿にしているだとか、面白がっているだとか、そういうもので笑っていたわけじゃないですよ。今日のみょうじさんは、最初にお話しした時と随分印象が違って新鮮なもので」
常に口元にクールな笑みを湛えながらも、時々先ほどの私を思い出しているのか顔を背けて肩を震わせている。
そんなに笑わなくてもいいのに。
そこまでされると、新鮮の一言で確実に済まない領域なんだけどな。
最初の印象、か。
食満くんと潮江くん以外は、土井先生に学園を案内していただいていた時が初対面だったはずだ。
まだここに来て数日。
すぐに辞めるつもりは到底無く、末長く良い関係を学園長をはじめ先生方、そして生徒のみんなとも築いていきたいとは強く思う。
これだけの人数がいれば全ての子達と仲良くするのは、当たり前だけど難しいかもしれない。
けど、まだまだ軌道修正の効く今、第三者からの印象を聞いておくには丁度良い機会かもしれない。
自分を客観的に見ることなんて、あまりないし。
嫌われるのも、やっぱりいい気はしないし。
「そんなに違うって、私の第一印象はどんなものだったんですか?」
「あくまで私の印象ですが。土井先生と並んでいたのもあって、小柄な女性。その後の挨拶で生真面目な人ですね。あんなに真面目そうで小松田さんとやっていけるのだろうかと、お二人が去った後に話していたんですよ」
「じゃあ今はどんな風にお思いで?」
「頑固で意外と子供っぽい」
人差し指を掲げて意気揚々と告げられる。
私は肩を竦めて大袈裟にため息をついた。
こんなつもりではなかったのに。
体調を崩すと涙脆くなり、どうにも精神年齢が下がってしまうのは、昔からの悪い癖だと自覚している。
土井先生の前でもかなりの醜態を晒した。
「体調が悪いとどうもこうなりがちで…悪い癖が出てますね。明日からはまた真面目に頑張ります」
「いいではありませんか。私からすると、今の貴方の方が話しやすくていいと思いますよ」
立ち止まった立花くんの顔を見つめる。
ここから先は、くのいち教室の女の子達の生活区域だ。
「一年は組が土井先生やきり丸の知り合いだからとはいえ、あそこまで貴方を気に入っているのは何故かと遠目で見ていました。あそこまでとは言わなくても、もう少し砕けてみてもいいのでは?真面目すぎるのも毒ですよ」
痛いところをつかれて、ぐうの音も出ない。
でも十も歳の離れた子と、五つしか歳の変わらない子では扱いも変わるし…というのは、もはや言い訳に過ぎない。
両極端なんだろうな、私は。
「伊作に昼以降の薬はなんとかならないか打診しておきましょう。それと風呂は疲れますから、あまり長居しないよう程々に」
踵を返す立花くんを見送って、湯沸かしのための薪を取りに行く。
数刻前はすっきりとしていた頭の中は、色々な課題で埋め尽くされる事となった。