22. 縁は異なもの、味なもの

かたり、と何かが音を立てた。
言葉の通りならばそこに六年生の子達がいて、これまでのやり取りを見ていたと言う事なんだろうが、顔を上げることを許されていない今は確かめる事ができないでいる。

「みょうじさん、顔をあげていただけませんか」

聞こえた声は学園長先生のものではなかった。
まだ声で人を判断するのは難しいが、ここ数日の間によく話をした立花くん、食満くん、善法寺くんでは無さそうだ。
となると、潮江くん、七松くん、中在家くんの誰か?
恐る恐る顔をあげると、光が眩しく思わず目を細める。

学園長先生の背後には、声の主ではない確信があった三人と、潮江くんの姿がそこにあった。
六年ろ組の二人以外が、どこからか学園長先生と私の一連のやり取りを見ていたようだ。

つまり、声の主は潮江くんだった。
潮江くんの表情はなんとも言えないが、隣に並ぶ食満くんは、唇を噛み締めていかにも笑いを堪えている。
立花くんですら、食満くん程ではなくても似たような顔をしていた。
善法寺くんは眉尻を下げて、今にも笑いだしそうな二人を、すぐにでも落ち着かせたいと顔に出ていた。

手の震えは完全に止まった。
目の前の状況に、事態はそこまで大事ではないのかもしれないと、脳が認識したからかもしれない。

「俺は貴方を間者─学園の情報を取りにきたクノイチだと疑い、昨日から監視しておりました」

ぜ、全然気付いていなかった。
何をどこまで見られたのだろう。
善法寺くんの手を、嬉しさから握りしめてしまったのも見られていたのかな。
だったらとんでもなく恥ずかしい事この上ない。

「仙蔵にも怒られましたが、総合的に見ても貴方からは全くその素振りを感じられませんでした。間接的に土井先生や学園長先生も疑う事になってしまい、大変申し訳なく思います」

申し訳ありませんと頭を下げた潮江くんに、慌てて頭を上げさせた。

「私、疑われていた事にも、監視されていた事にも全く気付いていませんでした。謝罪を受けても、正直実感のない事なので…お気になさらないでください」

ですが、と潮江くんは言い淀む。
そう言えば、彼はい組の生徒だった。

「流石はい組の生徒さんですね。きり丸くんから、い組は聡明で優秀な人が集まる組だと聞きました。この学園の生徒として、外からやってきた私を疑うのは正しい事だと思います。私も素性を明かさずに働こうとしていたのは良くなかったなと、反省しています」

潮江くんに倣って、申し訳ありませんと頭を下げれば何故か食満くんから「頭なんか下げないでください」と声が掛かる。

「こんな馬鹿のために謝って、ましてや褒めるなんてしなくていいんですよみょうじさん」
「なんだと留三郎」

先程までの張り詰めた空気はどこへやら、二人は座ったまま睨み合いの喧嘩を始めてしまった。
初めて六年生と会った時、裏山で喧嘩していると言われたことがここに来て真実味を帯びる。

「つかぬ事をお聞きしますが、六年ろ組のお二人が同席されていないのには、何か理由が?」
「あの二人は、絶対にそんな事は無いからと、課外実習のために学園を発ちました。僕たちは組も疑っていた訳ではないのですが…留三郎がこんな感じだったので、念の為に同席しています」

そう教えてくれた善法寺くんに、礼を述べる。
何を根拠にろ組の二人がそう思ってくれたのかは分からないけど、温かい気持ちが胸を満たす。
だからといって、何も潮江くんが間違っているとは思わない。
だって、ここはそういう場所だから。

「うちの生徒があらぬ疑いを掛けてすまなかったのぉ」
「とんでもありません。本当に、正しい判断だと思いますので」

気付けば喧嘩を辞めない二人の間に善法寺くんが割って入り、仲裁に務めていた。
いつもの事なんだろう。その姿が板について見える。

「学園長先生。お時間が許すようでしたら、私の素性と、働き先を探していた理由について、お話しさせていただけないでしょうか。長くなる話でもなければ、隠す事でもありませんので」

そう申し出れば、喧嘩の声も止み、皆が私を見る。

「ワシは理由などどうでも良い!が、この場には気になっている奴もおることだし、念のため聞いておくかのぉ」

態とらしい言い草に、背後に控える六年生は呆れた顔をしていた。
微かに、学園長先生の方が気にされているくせにと聞こえた気もする。
と言いつつも、姿勢は私の話を聞く気満々のようだ。

「私は、土井先生と同じ長屋に住んでいた者になります。色々あってお仕事で留守の間、部屋の管理を引き受けておりました。きり丸くんとは、アルバイトのお手伝いをきっかけに、仲良くさせていただいています」

ここまでで何か引っ掛かることがないか尋ねると、学園長先生は六年生に目を配ったあと、続けるようにと頷かれる。

「ひと月前に両親が続け様に病で他界したので、一人で生きていくために職を探していたんです。別の用件で土井先生を訪ねた時に、訃報と事情をお話したところ、気を利かせて学園長先生にお話を通して頂いたのが、全てのきっかけになります。そこからは学園長先生の知るところかと思うのですが…あの、気になるところでもありました?」

六年生の顔は、皆一様に口を真一文字に結んで真剣な顔をしていた。
そんな顔で聞くような話でもないはずなのに、今までの流れでこんなに真剣な顔をされると、何か怪しまれるような部分があったんじゃないかと不安に包まれる。
学園長先生だけは、それは大変じゃったのぉと顎をかいておられた。

「わしのところに話が来る前に、そんな事情があったとは。頼れる親戚なんかはおらんのか?」
「それが四つの頃に山に置いて行かれた捨て子なもので…拾われの身ですから、両親の親戚筋は頼りにくく」

平然と話す私に、善法寺くんが「どうしてそんなに…」と言葉を溢した。
先日のきり丸くんと、同じものを感じる。

「善法寺くん。波瀾万丈な幼少期を経て、人生二十年も生きれば、人間誰だってそれなりに強くもなりますよ」
「二十…?二十!?」

潮江くんと食満くんが、仲良く驚いた顔で座っていたお尻を持ち上げた。
一方で立花くんと善法寺くんは、口をぽかんと開け、互いの顔を見合っていた。

「そ、そんなに驚きますか?」
「小松田さんと、同じくらいかと…」
「それかせいぜい利吉さん…」

潮江くんと食満くんが驚きで持ち上げたお尻を下ろして、だよな?と頷きあっている。
この二人本当は仲が良いんじゃないの?

名前の上がった二人の年齢を知らなかった私は、小松田さんが年下なのには納得しつつ、利吉さんって年下なんだ…と少し凹んだ。
同い年くらいかと思っていたのに。

空気を変えるように二つ、手を叩く音が庵に響く。
誤解も解けた事だし、各自各々のことへ戻るようにと解散の合図が取られた。

私の知らぬところで掛けられていた疑いは、無事に晴れたのであった。
私の中に、ほのかに悩みの種を残しながら。

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