27. 縁は異なもの、味なもの

すっかり雨模様が続き、いよいよ季節は梅雨本番となった。
毎日慌ただしくさせてもらっているおかげで、日が経つのがとても早く感じる。
もう働き始めて一月経ったとは思えない。

「みょうじさん、ご無沙汰しています」
「あら、お疲れ様です」

三日ぶりの晴れ間に、多湿環境ですくすくと育った雑草をひたすらに根っこごと引き抜いていれば、利吉さんの声が聞こえた。
挨拶と共に上げられた片手に頭を下げる。

「今日は山田先生のお洗濯物ですか?」
「先日みょうじさんに洗っていただいたので、いつもより少ないですけどね。もうそちらには顔を出してきました。ところで、貴方に用があるのですが」
「私に?」

はて?何か約束事を交わしていたとか、そう言うことは無かったと思うけど…。

「食堂へ行きませんか?」

ちょうど昼を告げる鐘が鳴り響き、人がそれなりにいる食堂。
憧れのプロ忍者と事務員が二人でランチを取る光景にあちこちから視線が刺さる中、二人で黙々とランチを食べる。
互いに時間差なく食べ終わるだろうと言う頃合いになって、利吉さんはとんでもないことを口にした。

「貴方に、私の恋人になっていただきたいのですが」

食堂が静寂に包まれる。
周囲の席からは、箸や空になった茶椀がカランと落ちる音。
利吉さんから発せられた信じ難い言葉の並びに聞き間違いであることを願いつつ、半開きの口で正面を見つめた。

「今、なんて言いました?あ、ちょっと!」

返事も待たずして、私の前に紙切れを置いた利吉さんは盆を返すなり爽やかに食堂を出て行った。
静寂は喧騒へと変わり、食堂に取り残された私は一身に視線を受けながら、慌てて紙切れを掴む。
綺麗に並ぶ文字に目を通して、急いで食堂を後にした。

あの騒動から数日。
仕事に打ち込みすぎて、吉野先生と小松田さんには心配されたが、休めば休むほど落ち着かなくなると学園を走り回った。

そして、ついに休校日。
約束の「デートの日」が来てしまった。
そわそわと落ち着かない中、出かける用意を進める。
鏡を覗き込むと、私の腕では到底完成しない華やかな化粧が施された見慣れない顔に、立花くんって凄いんだなぁと思わず肌を撫でそうになって止めた。
せっかくの化粧が落ちては台無しだ。
元に戻せる自信がない。

「なまえさーん、一緒に帰りません…かぁ?誰?」

無遠慮に開けられた戸に鏡から目を離すと、きり丸くんが眉を顰めていた。

「おはようきり丸くん。帰る約束してたっけ?」

少し焦りながら問いかける。
予定が被らないように、約束事は全てずらしたはずだった。

「してはないですけど…何ですかその格好」
「人と会う約束なの。やっぱり、似合わないよね」

眉間に皺を寄せて私の姿を見ているきり丸くんに、これ、と言いながら腕を上げると、着慣れない鮮やかな色味の小袖が袖を揺らす。
似合っていると作法委員会の子達と四年生の斉藤タカ丸くんにべた褒めされて部屋に戻ってきたが、付き合いの長いきり丸くんがこの反応なら、やはりお世辞だったのだろう。
素材が悪ければ良いものは出来上がらない、と思いながら、ほんのり心に傷を負う。

「似合わないとは言ってないですけど。三日も休みなのに、帰らないつもりなんですか?」

眉間の皺をそのままに口を尖らせるきり丸くんは、誰がどう見たって不機嫌そのものだった。

「ごめんね。土井先生とゆっくり…」
「どうぞ楽しんできてください」

少しも思っていないであろう言葉を吐き捨てるとぴしゃりと戸が閉められて、荒い足音が遠ざかっていく。
ああ、そういえばそろそろ溝掃除の当番の頃合いだったかな。
色々な出来事が重なって、抜け落ちていた。
事情を説明できないもどかしさと、機転を効かせた説明ができなかった自分に悔やむばかりだ。
二人が学園に戻られたら、事情を話して謝らないと。

「いけない、そろそろ行かなきゃ」

落ち込んでいる場合じゃない。
迫る約束の時間に、巾着を仕舞い込んで駆け足に部屋を出た。


──────


「きり丸、なまえさんは?」
「誰かと出かけるから帰んないんですって、ケッ」

荒々しい足音が部屋の前で止まると、乱暴に開けられた戸から怒り心頭といったきり丸が現れ、部屋に入って来た。

「先約があったのか。やっぱり早くに声を掛けておくべきだったな」

きり丸は文机に突っ伏して、ぶつくさと文句を垂れている。
本人は口にしていないが、私が「なまえさんを誘って家に帰ろう」と提案した時には、随分と嬉しそうな顔をしていたものだ。
だからこそ、断られたのが悔しくて堪らないんだろう。

「誰か分からないくらいお洒落してたんすよ?デートですよあれは。相手がいるんなら俺らに隠さずに言えば良いじゃないすか。そんな事も話せない仲なんすか?俺たちって」

着替えていた帯の紐を締める手が思わず止まる。
今、きり丸はデートと言ったか?

「なまえさんに、そんな相手が?」
「あれで男じゃないって言うなら、何なのか教えて欲しいくらいっすよ」

そんな事はいいから早く帰ろうと、手足をばたつかせて駄々をこねるきり丸を宥めながら、正門へ向かう。
なまえさんに想い人がいたなど初めて知った。
そんな相手がいたのなら、家族でもない異性の家を帰る場所にしていいと言ってしまったのは、お相手にも悪い。
しかし、やはり私は彼女の事を知らないもんだ。

正門が見えてくると、私ときり丸の足が揃って止まる。
正門前で落ち着かない様子で誰かを待つ、なまえさんの姿。
普段と雰囲気の違う化粧を施して、鮮やかな小袖に華やかに髪を結っている。
きり丸の言っていた通り、一瞬誰か分からなかった。
心臓がどくりと脈打つ感覚。
そして、開いた門から姿を現したのは見間違えることはない。

「利吉、くん?」
「土井先生、あれ、どどどどどういうことっすか!?」

きり丸が吃りながら口元を押さえて私を見上げると、二人を指差して震えている。
そんなのは私だって知りたい。
なまえさんの想い人は、利吉くんなのか?
確かに二人は歳も近いけど、いつの間にそんな関係になるほど親密になっていたんだ?
記憶が確かなら彼女が就職して、まだ片手で数えても指が余る程しかここに来ていないはずなのに。

利吉くんに何か言われた彼女は仄かに顔を赤らめて、利吉くんに連れられて門の外へ消えていく。
呆然とした意識は、きり丸が私の腕を掴んだことで現実に戻った。

「先生、後つけましょう」
「何を言ってるんだ、二人が可哀想だろう」
「そんなこたぁどうでもいいんですよ!本当に二人がそう言う関係なら、利吉さんがなまえさんに相応しい相手かこの目で確かめますよ!」

袖を捲り上げて意気込むと、逃すまいと正門に走り出した。
ああなったきり丸を止めるのは難しい。
しかしせっかくの逢瀬を邪魔するなんて野暮なことをしてはいけないから、きり丸を引き留めなければと頭では分かってはいるが、私の中の何かがそれを拒んで言葉が上手く出てこない。

口元をまごつかせている内に、きり丸が門の下で外の二人の背中と私を交互に見ながら早くしろと手招いている。
結局諦めて、きり丸と二人、距離を離して後を追うこととなった。

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