28. 縁は異なもの、味なもの

「先生、この先って」
「町があるな」

人の賑わう声が、湿った生ぬるい風に乗って聞こえてくる。
ますますデートじゃないですか、ときり丸が眉を寄せた。
先程から、事あるごとに眉を寄せるきり丸の眉間にできた波を指でなぞって伸ばす。

利吉くんのことだ。
私たちのことなど、とっくに気配で気がついているに違いない。
変装もしていないただの私ときり丸が、少し離れて歩いているだけ。
学園関係者なら誰だって、少し後ろが気になったその瞬間に誰がついてきているかの目星は容易だろう。
ましてや、付いてきているのは共に過ごした事のある私だ。

だからだろうか。
まるで私達を揶揄うように、道中少しずつ二人の距離が縮まっているように思う。
私はそれをずっと気のせいだと思いたがっていて、その思いを掻き消すようにゆるゆると首を振った。

見逃さないように距離を離しつつ後を追い続けると、町に入る手前で利吉くんがなまえさんの手に指を絡めると、その手はすぐに離れて二人の腕が絡んだ。
見間違いかと瞬きをするが、少し遠くに見える景色は何も変わらない。
隣できり丸が嘘だろ、と嘆いている。

しかし一転。

「土井先生」

私を見上げる目が妖しく弧を描いた。

「俺に、いい考えがあるんですけどぉ」

その目に嫌なものを察知した私は、胃の奥からピリっと湧き上がる鈍い痛みに、即座に鳩尾に手を置いた。


──────


「本当に、私でよかったんですか?」

利吉さんの前で、何度も同じ言葉を口にする。

「だから、貴方がいいと何度も言っているではありませんか。ほら、ここからは恋人らしく私の腕を組んでください」
「う、腕を?」
「当たり前でしょう。もしかして、経験が無いんですか?」

煽るように笑う利吉さんに、反論しようにもぐっと言葉を飲み込む。
あるわけ、ない。
男の人と付き合ったことなど、ないのだから。

「私が恋愛経験豊富にお見えですか?」
「いえ、あまり」
「じゃあやっぱり人選ミス…っ!?」
「なら、このまま歩きますよ」

躊躇って動かずにいた腕を掴まれると、利吉さんにするりと手を繋がれる。
絡む指先に、私の指は固まったように動かない。
驚きのあまり金魚のように赤い顔と口を開閉させて、呼吸の合間に腕を組む方がマシだと伝えた。
そんな私がよっぽど面白かったのか、ゆっくり組んだ指先が離れると、笑いを堪えた声でどうぞと腕を差し出される。
ここに来てから立花くん然り、翻弄されてばかりじゃないだろうか。
年下の男の子って恐ろしい。

いよいよ町に足を踏み入れると、そこかしこから視線を感じる。
緩く巻いて幾重にも結い上げられた、町中ではあまり見かけない華やかな最先端の髪型に、学園長先生のお知り合いからお借りした、人生で身につけたことのない鮮やかな色合いの小袖。
何も私が誰もが振り返るほどの美人だからと言うことはなく、今日この顔に仕上げてくれた立花くんを始めとした作法委員会の子達と、本日まともにお話しするのは初めての中で、快く髪結いをしてくれた斉藤くんの手腕のおかげだ。
自惚れてはいけない。

こんなに誰かに見られることなんてそうある事でもなく、怖気付いてあんなに躊躇っていた利吉さんに自然と体を寄せる。
でも注目を浴びることが「今日の目的」なのだから、これでいい。
むしろこれが正解なのだ。

利吉さんはいくつかの店に顔を出しては、品物を見たり、それを私に宛てがっては似合うなどと言ったり、恋人らしい振る舞いを向けてくる。
なるべくいつも通りの私を心掛けながら受け答えしているが、果たしてこれが正しいかは分からない。
恋人なら似合うと言われたものや、欲しいものを強請ったりするのだろうか?
仮に私にそういう人がいたとしても、自分のそんな姿を思い浮かべることができず、先ほどからお礼の言葉を繰り返している。
よっぽど駄目なら指示が入るだろうから、それが無いということは、今のところ問題無いのだと思いたい。

基本的に利吉さんの体から離れることは許されず、視線に慣れてきたのもあり、少しでも腕を離そうものなら、がっしりと体と腕の間に力を入れられて抜けないようにされる。
大人しくしているからと反対の手で腕を叩いて力を緩めてもらうを、すでに三度ほどした。
汗ばむ肌が小袖をくっつけていて、密着する利吉さんに申し訳ないが故の行動だったが、そんな言い訳も「気にしませんよ」の一言で跳ね除けられてしまった。

外で私自身の仕事の話をするのも良くないと思い、活気付く町の目につくことを話題に振ってみて、なるべく周りから見て不審に思われないように尽力した。
本当にこれで順調に事を運べているんだろうか。

「アイスキャンディーはいらんかぇ〜!」

遠くから可愛らしい声が聞こえる。
いいなあ、アイスキャンディー。
今日のようなじめっとした日には、冷たいアイスが喉を伝う感覚はさぞ最高だろう。

「次の店で最後になります。無事に用が済んだら、休んで学園に帰りましょうか。お礼にそこのアイスキャンディー奢りますよ」
「思ったよりも早いんですね。お礼はいただく約束ですし、大丈夫ですよ」
「でも顔に食べたいって書いてありますよ」

空いている手で思わず顔を触る。
これじゃあ、その通りだと言っているようなもの。

「ははっ、素直すぎて変な人に騙されないか不安になりますよ。学園でも言われてませんか?」
「言われてません!もう!」

揶揄うなとその手で利吉さんの腕を軽く叩くと、けたけたと笑いながら最後だと言う店の暖簾を押した。

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