といっても私の仕事は学園長先生のお使いが主だ。
こうして時々学園の外に仕事の一環で出られるのは、ちょっとした息抜きにもなっていい。
学園での仕事が息苦しいことは一切無いのだけれど、普段なら立ち寄らない店へのお使いなんかは目に映るもの全てが新鮮で楽しいのに違いない。
市場での値引き交渉術と、おばちゃんの食材選びに関心しつつ、私は町の中のお店に隈無く目を向けて、口をへの字にして頭を悩ませていた。
「なまえちゃん、お口曲がってるわよ。可愛い顔が台無し」
「やだ、顔に出てました?」
「出てた。なに悩んでるの?お使いのお店、分からなくなっちゃった?」
一緒に探そうかと親切に申し出てくれるおばちゃんに、そんな本末転倒な事は無いと首を振る。
「贈り物をしたいと思っているんですけど、肝心の中身を決めあぐねていて。使ってもらえるものとは決めているんですけど、これが中々…」
「なるほど。お使いついでに探してるのね。贈る相手がどんな人か聞いてもいい?」
一瞬どうしようか悩む。
なんせ学園内にいる人への贈り物だ。
でもきっとおばちゃんの事だし、お願いしたら誰にも言わないでいてくれるだろう。
私は、ほんの少しおばちゃんの方へ顔を寄せて小さな声で呟いた。
「土井先生と、きり丸くんです。今こうしてお仕事ができるのは二人のおかげなので、遅ればせながらお礼がしたくて」
贈り主を伝えると、おばちゃんは目を細めて優しく頷いた。
おばちゃんにも、この一月大変世話になったので贈り物を用意するのは内緒だ。
普段水仕事の多いおばちゃんには手腕に使える保湿剤をとすんなり決まったものの、肝心の男性陣には候補は浮かべど中々決め手に繋がらない。
二人の年齢差も相まって、同じものを選ぶか、年齢に応じて違うものを選ぶかも悩んでしまう。
学園長先生には少し悩んだものの、労働という対価をお支払いしているので一時保留とさせていただいた。
思いの外内緒の仕事だとお使いに足を運ぶ頻度も高いし、というのはここだけの話。
「予算はどれくらい?」
「多少奮発しても良いぐらいには用意してます」
利吉さんのお仕事の報酬が思ったより弾んで ─ただ隣を歩いただけにしては多いと減額を申し出たが断られた─ 、給料日目前にまとまったお金が入ったこともあり、とんでもない高級品じゃない限りは候補にしても良いと思っている。
だからこそ、選択肢の幅が広がってしまい選びきれないところはあるのだけど。
贅沢な悩みだ。
様々なお店を通り過ぎ、目的のお茶菓子を買い求めて帰ろうとすれば、まだ時間があるからとおばちゃんが一緒に悩んでくれることになった。
学園での二人のことは、まだまだ私なんかよりも詳しいはず。
食堂で休憩する先生方と談笑される姿なんかも見かけるし、手伝いに同行したご縁から得た強力な助っ人にありがたく思いながら、おばちゃんの持つ荷物を半分引き受けた。
「あら、これとかどうかしら」
歩くたびに、腰元で巾着が揺れる。
悩みに悩んで無事に買えた、大切な贈り物。
二人にまとめて渡せるのが一番だけど、学園内じゃ中々難しいだろうなと思っていた。
しかし偶然というのは起こるもので。
「丁度いいところに」
補習終わりらしいきり丸くんが、げっそりした顔で土井先生と歩いていた。
実技担当の先生方に書類を届けに回った後のタイミングの良さに声を掛けると、二人揃ってきょとんとした顔でこちらを見る。
一緒に生活をしていると似てくるとは言うが、この二人はまさにそれを感じて微笑ましい。
小袖の帯に提げていた巾着から、包みを二つ取り出す。
黒と浅葱色の和紙に包まれたそれを、それぞれに差し出した。
「これ、どうぞ」
「私たち何かしたか?」
「心当たりはないですけど…?」
「少し遅くなってしまいましたが、ここで働けるのもお二人のおかげです。なのでほんの気持ちですが、受け取っていただけたら嬉しいです」
受け取るのを渋りそうならば、魔法の言葉「あげる」を発動させようかと思っていたが、素直にもきり丸くんの手は箱に伸びた。
驚いた顔で受け取りながら、きり丸くんは中身が何か気になるようでそわそわとしながら包みを回し見ている。
「これ、今開けてもいいですか?」
屈んできり丸くんに視線を合わせて頷く。
「もちろん。気に入ってもらえるといいな」
包みを外すと、中には細長い箱。
そして、それを開けると。
「筆?」
「ただの筆じゃないの。掛け紐の色を二人の装束色にして、名前も彫ってもらっちゃった。つまり、世界に一本しかない特別な筆だよ」
柄の部分を半回転させると、店主によって彫られたきり丸の文字が現れる。
きり丸、とだけ彫ってもらった意味は瞬時には伝わっていないようだけど、今はそれでいい。
「本当だ、俺の名前入ってる。へへ、嬉しいです」
「喜んでもらえてよかった。それで勉強頑張るんだよ」
「げぇ!やっぱ複雑ー!」
喜と哀の感情を交互に顔を出すきり丸くんに、器用だねえとけたけた笑った。
一方土井先生は、箱の中の筆を一点に見つめて言葉を発しない。
黒の掛け紐の意味が自身の装束からというのは、やはり男性への贈り物には少し重たかっただろうか。
今度は土井先生と多少視線が近くなるように立ち上がる。
「仕事柄よくお使いになるかなと思ってたんですけど、もしかして拘りがありましたか?」
「あっいやあ、すまない。本当にありがとう。まさかこんな素敵な物を貰えるなんて思ってなくて。嬉しいよ」
手の上で筆を転がして、名前の彫られた場所を指でなぞっている。
「なまえさん、私の名前ちゃんと知っていたんだね」
「えぇ?何言ってるんですか。変なこと言わないでくださいよ」
「だって私のこと、先生としか呼ばないから」
何を頓珍漢な事をと笑っていると、今まで突っ込まれることのなかった言葉に笑顔が固まる。
ついに、本人の口から言及されてしまった。
何も言われないから嫌ということはなく、あえて触れないでいてくれるのだろうとは薄々思っていたけど。
ついに理由を話す日が来てしまったのか。
「あれ?土井先生まだ知らないんすか?なまえさんは」
「わー!きり丸くん!」
咄嗟にきり丸くんの口に手を押し付けて、内緒の約束だろうと自身の口元に人差し指を立てた。
「口止め料、あの日のバイト代で足りるって言ってたよね?」
「もご!もごもご!」
必死に頷くきり丸くんに、手を離す。
そう、分かればよろしい。
なんせそれなりのバイト代を全てきり丸くんに流したのだ。
そう簡単に口を開かれては割に合わない。
そこまでして隠す事かと言われれば、そんな事はない。
授業料の十分な足しになる量だったから、それを建前にした部分もある。
しかし、乙女心ながらに恥ずかしさが無いと言えば嘘にはなるので、本当に話すのは今だという最適な時が来るまでは秘密にしておきたい。
「なんだなんだ?私には教えてくれないのか?」
「口止め料が活きているうちは内緒です。それじゃあ私はまだ仕事がありますので、失礼しますね」
目線できり丸くんにもう一度釘を刺し、会釈してその場を去る。
半年間も聞かないでいてくれた土井先生に、優しさをひしひしと感じている。
同時に、きっと傍から見れば理由の中身は物凄くしょうもないことで、子供に金を握らせて口封じをしているおよそ半年前の私が、とんでもなくヤバイ人だ。
表向きは口封じなだけで、本当は学費支援だってことも、理由と共に伝えることを忘れないでおかないと。
近いうちに、話す日が来るのだろう。
学校に憧れ、師を「先生」と呼んでみたかった。
そんな小さな私の話をする日が。