35. 縁は異なもの、味なもの

折り畳んだ手紙を懐にしまって、歩みを進める。
曲がり角に差し掛かったところで誰かとぶつかったらしく、驚いて一歩足を引いた。
ぶつかった主は私が転けそうに見えたのか、私の腕を咄嗟に掴んでぐっと引き寄せてくれる。
その手の大きさ、柔らかさで誰なのか分かってしまったのが少し恥ずかしい。
間違っていてほしかったが、見上げる高さにある顔は、思い描いた人物そのものだった。

「すみません、よく見てなくて」
「こちらこそ。なまえさんはどうしてこっちへ?誰か探しに?」

土井先生の仰りたいことはよく分かる。
何故なら、先生方は私が今向かっている長屋には誰もいらっしゃらないからだ。
そして、私はそれを分かっていてこの先に向かおうとしている。
これは隠す方が怪しまれるなあと、素直に懐から紙切れを取り出して差し出す。
土井先生は怪訝な顔で紙面を覗き込んだ。

「学級委員長委員会から、お手伝いの要請を受けまして」

朝起きると机上に置かれていた、寝る前には無かった紙。
誰かが私が寝ている間に忍び込んで置いて行ったらしく、そんなことも気付かずのうのうと寝ていたなんて思うと少しゾッとした。
そんな私の気持ちとは裏腹に、内容は学級委員長委員会から手伝いをお願いするものだった。
土井先生はその紙を見て少し間をおくと、視線を斜め上に向けて言いづらそうに口を開く。

「えーっと、今度火薬委員会にも顔を出してくれないかな、なんて。こちらもなかなか人手が足りていなくて」
「もちろんです。火薬の扱いが分からなくてもお手伝いできることがあるなら、いつでも伺いますよ」

ただでさえある身長差に、視線を上に向けられてはもっと遠くに感じる。
最近こうして視線が合わないと寂しく思うのは、やっぱり恋という感情のせいなんだろうか。
気付いてしまって良かったのか、気付かなかった方が幸せだったのか。

行ってらっしゃい、と私の頭を一つ撫でて、私が来た道を進んでいく背中をちらりと見る。
この気持ちに気付いてしまった以上、軽率に撫でるのはやっぱりやめた方がいいとお伝えすべきだろうか。
もちろん土井先生の温もりを感じて嬉しいんだけど、素直になるのって難しい。
騒つく胸の奥を掻き乱すように、駆け足にその場を去った。

「遅くなりました、みょうじです」
「あ、どうぞ〜」

聞こえた緩い声に戸を開けると、煎餅を口に咥えたまま両頬をついている尾浜くん、じっとこちらを見つめる…恐らく鉢屋くん、庄左ヱ門くんが座布団を抱えて、彦四郎くんがお茶を注いでいるところだった。
庄左ヱ門くんが抱えた座布団が目の前に置かれ、座るように促される。
座り仕事をするのかとお礼を言って腰を下ろすと、彦四郎くんが注いでくれたお茶と、尾浜くんの手元にあったボーロの乗った盆が私の前に寄せられた。
これじゃあ、まるでお客様だ。

「まず初めに、お手紙は直接渡してください。眠っている間に置かれていては怖いです」
「それは素直に申し訳ないです。渡す機会が無かったので、強行突破させていただきました」
「なまえさんのために伝えておくと部屋には侵入していないですよ。天井裏から机の上に綺麗に落としました」
「尾浜くん、そういう問題じゃないです。それで、お手伝いするお仕事は?」
「ん?あぁ、そんな物ないですよ」

鉢屋くん(仮)の言葉に、頭の中を疑問符が駆け巡る。
おかしいな。確かに手紙には今日中に急ぎでやることがあるから手伝って欲しい、と書いてあったはずなんだけど。

「鉢屋先輩、なんて書いてなまえさんをお呼びしたんですか?」

彦四郎くんの言葉に、目の前の彼はとりあえず鉢屋くんであることが確定した。
流石に不破くんと鉢屋くんの区別はまだつかないし、この部屋にいるから鉢屋くんとも限らないだろうと疑いすぎてしまった。
ありがとう彦四郎くん。

「人手が足らないので手伝って欲しいって書いた」
「あ〜」

庄左ヱ門くんが片眉を下げて納得したように頷いている。
私だけがついていけておらず、庄左ヱ門くんに助けを求めた。

「実は僕たち一年は組が日頃なまえさんと仲良くさせてもらっていて、先日い組もろ組もランチをご一緒したとお話ししたら、先輩方から委員会にお呼びしてこの機会に親睦を深めよう。という話になりまして」

なるほど?
つまり、私は嘘の名目でここに呼び付けられ、菓子に茶に、手厚い歓迎を受けているというわけだ。
それにこのボーロ、見覚えがある。
学園長先生のお使いは、ここに流れているのもあるんだ。
にしても、まさか買いに行った私の口に入る事になろうとは思わなかった。

「なまえさんとまともに話したの、俺もあの日だけだったし一年生ばかりずるいなあと思ってたんですよね」
「私と雷蔵以外が楽しくお話ししたと聞いて、ずっと機会を伺ってたんですが…ねぇ?」

意味深に言葉を切り、ニヤニヤしながら尾浜くんと視線を合わせる鉢屋くんに、首を傾げる。
尾浜くんは最初こそそれに応えていたものの、優しい微笑みを浮かべて鉢屋くんの背中を叩き、そのまま私を見た。
結構な音がしたけど大丈夫かな。
あ、目尻に涙が見える。ちゃんと痛かったんだ。

「俺たちとも一緒に食事しませんか?今度は五年生全員で。多分、兵助が喜んで豆腐料理振る舞ってくれます」
「雷蔵もなまえさんと話したがってましたし、俺からもお願いします」

ありがたいご縁はこうして連鎖していく。
もちろん断る理由なんか無く、私は喜んで明日のランチの約束を取り付けた。
最近のランチは賑やかで、すれ違ったり一方的に見かけるだけでは知らない話がたくさん聞けて幸せだ。
明日も楽しみだなあとボーロをいただいていると、同じくボーロを摘んでいる尾浜くんがだらけながら私に尋ねてきた。

「ところでなまえさんって、どの学年から敬語で話すって決めてるんですか?」
「どの学年?」
「ほら、俺たちや六年生には敬語だけど、一年生にはかなりフランクなので。比べる対象が悪いですけど、他の学年との様子を知らないので、線引きがあるのかなと」

言われて初めて気が付く。
完全に無意識で使い分けをしているらしく、視線を上に向けてこの数ヶ月を振り返ると、髪結いをしていただいたときの斉藤くんには敬語、だったような気もする。
道具を借りるために声をかける時の富松くんは、敬語だけど少し砕けたような。そんな感じかもしれない。
少し前に二年生の子に声をかけた時も、富松くんと同じだったような。

「四年生くらいから、ですかね…?あまり気にしていなかったです」
「それじゃあ、俺たちにももっと軽い感じで来てもらって大丈夫ですよ。というか、なまえさんの方が年上なんですから」

尾浜くんの言うそれじゃあ、の意味が分からずまたも首を傾げる。来てもらってと言われても…。
すると、鉢屋くんがニヒルに笑って私を見た。

「立花先輩に同じような事言われてませんでした?」

思わず目を見開く。
体調を崩した翌日、確かに言われた。
もう少し砕けてみてもいいのでは、と。
鉢屋くんはきっとその事を言っている。
しかし、何故それを鉢屋くんが知っているのか。
五年生三人と一緒にお洗濯をした時だって、会話がぎこちないところはあったかもしれないが、関連する話をした覚えは無い。
私の中に少しだけ緊張が走る。

「なんで知ってるんだ?って顔してますね」
「だって、私、尾浜くんたちにそんなお話しして無いですよね」

尾浜くんが大きくため息をついて、鉢屋くんを呆れたように見つめる。

「すみません。正直に話すと、なまえさんの様子がなんだか変だったので、あの後何があったのか調べたんですよ。それで、立花先輩から直接話を伺いまして」

一年生二人が何の話かと静観しているが、この子達に聞かれるときり丸くんの耳に入りかねないので、早めに話を切り上げたい。
それに、歳が近くなればなるほど砕け方が分からず困っていたところだ。ここは二人の挑発に乗ってしまおう。

「立花くんがなんて貴方達に伝えたか知らないけど、こんな感じでいいのかなぁ」

彦四郎くんと庄左ヱ門くんからは今にも「お〜」と聞こえてきそうな口で私を見ており、肝心の五年生二人は互いに目を合わせると仲良く肩を組んだ。

「これで六年生より一歩前進したな」
「三郎、よくやった」

何変なこと言ってるの、と言いかけた口を閉じる。二人の顔は、とても嬉しそうだった。

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