36. 縁は異なもの、味なもの

「ねぇ、やっぱりさ」
「あぁ、気のせいなんかじゃなさそうだ」
「一体いつからだ?長次は気づいていたか?」
「もそ…」

食堂で同じ机を囲み、六年生は何やら周りに耳をそばだてて小声で話し込んでいる。
時折向ける視線の先には、二月程前に学園にやってきて、すっかり事務員として馴染んでいるみょうじなまえの姿があった。
その視線に気付かず、彼女は楽しそうに今日は二年生と食事をとっている。
そう。ここ最近、彼女の食事には誰かしらが共にいる。
教師や同じ事務員たちなどではなく、自分たちの後輩が。

「この間同じ委員会の左近から聞いたけど、みんなみょうじさんと話す機会がないからって食事を取る約束をつけているらしいんだ。今日は二年生がその約束の日みたいだよ」
「うちの藤内も人を食事に誘う予習をしたいので付き合ってくれないかと先日言っていたが、あれは彼女を誘うためだったようだ。その時は誰を誘うのか聞くのも野暮かと思って、適任がいると文次郎を差し出したが」
「おい!あれ仙蔵の差金か!突然食事に誘われて本当に意味が分からなかったんだぞ。おまけに俺が事情を聞く前に、何かが違うと言って立ち去って行った」

箸で立花を指す潮江に、向かいに座る中在家が口元に笑みを浮かべて行儀が悪いと叱る。
潮江はその笑みが深くなる前に、慌てて箸を持つ手を下げた。

「それで交流を図っているうちに、か」

中在家の言葉に、皆一度口を噤む。
後輩たちが、彼女のことを名で呼びはじめているのに気が付いたのは、一体誰だったか。
正確に情報を取れてはいないが、彼女のことをみょうじと呼んでいるのは、忍たまの中では残すところ六年生だけの可能性すら浮上している状況だ。

普段であればそれを特別気にすることはない。
しかし、一部は彼女が来て早々にとってしまった行動により、かなりその事を気にしながら仕事をさせてしまっていたことを、申し訳なく思っていたところがあった。
あの場では大丈夫だ、忍として優秀な行動だと逆にこちらを気遣うような様子を見せていたが、一方で六年生どころか一年生との交流も控えるようになっていたり、仕事も始めたばかりだからというのを理由に、重要書類を避けていたなどの情報を得ている。
流石の潮江も、これには口を歪めて前髪をかき上げた。
再び謝りに行ったところで、彼女の性格上気を遣われるのは目に見えていたからだ。
関係値の修復に何かいい手は無いものかと考えを巡らせたが、あまりピンとくるものは浮かばないまま日が経っていった。

一方で、例の件に関わっていない七松なんかは、実は入出門の際に他愛もない話題を振って、交流を図っていたようだ。
その際、何処か一歩引いて答える彼女を特に気にすることはなく、あまり自分の事を話したがらない人なのだと、最近では嫌がらない程度に出先の話をしてから別れているのは、中在家だけが知っている。

そんな中、後輩達が彼女の話を口にするようになったことをきっかけに、自分たちもこの波に乗れば、彼女との不和を残したまま、学園を卒業することはないのでは無いかと意見がまとまった。
今日はそのために、彼女と自分たちの後輩が、最近どのように交流しているのかを共有するために集まっている。
極めて声を落とし、彼女に聞こえてしまうと不都合な場合は、必要とあらば矢羽根を使い、彼らは至って真剣にこの事態と向き合っていた。
食満だけは、あの文次郎が色恋感情があるかはさておき、ここまで真剣に女と向き合おうとしていることを揶揄いたくてしょうがなく、喉の奥まで言葉が出かかっていた。
だが、食満自身も他の六年よりは話す機会があれど距離の遠さは実感していたのもあり、今回ばかりは持ち堪えていた。
一件落着すれば、きっと言葉を阻止している壁はすぐにでも崩壊するのだろう。

「交流もあるだろうが、一年は組の影響も大きいんじゃ無いか?団蔵が委員会を頑張って褒めてもらうんだって意気込んでいたら、佐吉もやる気を出していて少し驚いた」
「一理ある。それに雷蔵曰く、これまでにみょうじさんと食事の約束をしていないのは、やはり我々六年生だけらしい…」
「まぁ俺たち実習ばかりで昼が遅くなることもあるし、仕方ないと言えば仕方ないか。あの集まりは夜はやらないようだし。にしても、道具を借りにくる時に顔を合わせても、そんな話は一度も聞かなかったな」
「つまり、あれは彼女からではなく全て忍たまからの誘いというわけだ」
「そこまで分かってるなら、私たちも食事に誘って距離を詰めたらいいんじゃないか?」

二年生が身振り手振りで何かを説明している様子に、一瞬目を向けた立花に対する七松の発言に、六年生達は静まる。
七松がそう言わなくとも、皆頭では分かっていた。
しかし六年生ともなると全員が揃う頻度は少ない。
野外実習に夜間訓練、数日学園を空けることも稀ではない。
それに今日はこの話を確認するために、全員で予定を調整したところだった。
善法寺が不運によって合格できなかった実習も、危うく同じ目に遭いそうな所を食満が全力で裏で動きなんとかなった、苦労をもってして得た貴重な一日。
仮に後輩たちのようにランチに誘うとして、まずは六年生だけで都合をつけ、次いで彼女の都合が合うかどうかの二段構えだ。
都合が合わなかった場合、実習が長引く者が出てしまえば、下手をすれば一月二月先まで揃わないことも考えられる。
善法寺の実習合格で、次の実習まで束の間の休みが挟まっている今が、まさにチャンスではあった。
全員の頭の中が、自分たちの予定整理へと切り替わる。

ところで、何故同じ事務員である小松田ほど、新人事務員の彼女との交流がないのだろうか、と立花は予定を整理した頭で考えた。
六年生は各委員会の委員長も務めており、比較的教師や事務員との関わりはある方だろう。
彼女も例外ではなく、顔自体は合わせている方だと思う。
しかし、書類などを届けにきても世間話などをすることもなく、必要最低限の事務的な会話を済ませると、その場を離れてしまうことが非常に多かった。
さらに考えてみれば、最近では彼女の仕事ぶりから、へっぽこ事務員と謳われる小松田秀作には預けられない教師陣への書類運搬を任されているのか、姿こそ見かけるが生徒相手への業務が減っている気がする。

要は、以前までは振り分けざるを得なかった小松田に任せていた重要度の高い業務が軒並み彼女の担当となりつつあり、それは基本的に忍たま相手ではないが故に、小松田ほど交流がない訳だ。
だから一部の忍たまがこうして自主的に動き始めた、ということに結びつくわけで。
おおよそ考えは間違ってないだろう、と立花は好物だからと残していた小鉢の中身を箸で掴んだ。

忍たまたちの彼女への歩み寄りは、特に、群を抜いて五年生(主に尾浜勘右衛門と鉢屋三郎)に、勢いがあることを耳にしている。
潮江や食満はその動向を、最上級生に対する宣戦布告と捉えていた。
あいつらには負けていられないと、瞳の奥に炎が宿る。

「ねえ。僕、明日保健委員の当番だから、昼前には学園にいるんだけど」

各々が頭の中で考えを巡らせている中、その空気を断ち切るように善法寺が口を開くと、全員の視線が集まる。
そして、その先の言葉に備えて、各々が明日の予定を脳裏に浮かべ、首を縦に振る準備をした。

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