37. 縁は異なもの、味なもの

「おはようございます、みょうじさん」

今日は朝からあっちこっちと一日動き詰めになる日だった。
そのため効率よく動こうと順路を組んで、足を運んでいる最中、声を掛けられた。
濡れ縁の柱に手をついてこちらを見るは、立花くんの姿。

「おはようございます。どうかされましたか?」

六年生は用具委員としての食満くん以外とはあまり話す機会が無く、こうして「いかにも話があります」みたいな雰囲気で声をかけられると、ほんの少しだけ身構えてしまう。
ここ最近はこれでもだいぶ落ち着いてきた方だ。
七松くんが出掛ける前、帰宅後にふらっと話してくれるようになったのも、一つ要因としてあるかもしれない。
特に、土井先生に相談してからは堂々としていればいいと、色々行動もしているわけだし。
頭に浮かんだ土井先生の顔に、少しだけ心音が早くなるのを感じて慌てて深呼吸をする。
よくないよくない。言伝かもしれないと、頭を仕事モードに切り替えて、内容を聞き逃さないように耳に集中力を割く。

「よければご一緒にいかがですか」
「ん?何をですか?」
「失礼。ランチをご一緒にいかがですか」
「立花くんと?」
「いえ、六年生と」
「構わないですが、いつですか?」
「本日です」

立花くんなら端的に物事を教えてくれそうなものだが、簡素すぎるお誘いにいつ、誰と、何をの全て聞き返すことになった。
にしても、六年生までランチのお誘いをしてくるとは思っていなかった。
何か裏があるんじゃ無いかと疑うな、と言うのは少し難しいかな。
なんたって忍たま六年生。
この学園で、一番プロの忍に近いたまごたち。
そこまで考えて、純粋に自分たちも食事をしたいだけとかなら、少し申し訳ないなと思う。

「今日は少し立て込んでいるのでのんびりできませんが…それでもよければ、是非」

私の返答に安心したように微笑んで頷いた立花くんが歩き出したのを確認して、駆け足気味に目的地へ足を進めた。

この間、兵太夫くんと三治郎くんに食堂で待ってます!、と言われた時のことを思い浮かべる。
校舎の外で食堂での待ち合わせを提案される日は、すんなり向かえない運命なのかもしれない。
ランチの締め時間ギリギリに食堂へ駆け込み、おばちゃんにAランチをお願いした。
暑い夏にぴったりな冷やし中華だった。

「ごめんなさい、遅くなってしまって」

流石に一つの机に体の大きな六年生六人と小柄とはいえ私の七人は無理だと判断したのか、並んだ二つの机にい組とろ組、は組で別れて座っているのを見て、食満くんの向かいにお邪魔する。
盆を受け取って一番座りやすい席がそこだったのもあるが、正直一番声をかける機会のある彼が向かいなのは、少しだけ安心した。

カラカラに乾いた喉に、冷えた麦茶を流し込む。
今までのランチのお誘いに緊張は一切無かったのに、いざ席に座ると緊張が増した。
六年生の子達に囲われるのは、ろ組の二人がいなかったとはいえあの時振りのような気がする。

「なまえさん!」

空席と通路を挟んで隣に座っている七松くんが、満面の笑みで私を呼んだので顔を向けた。

「お、名前で呼んでもこっち見てくれるんですね」
「小平太、急ぎすぎだ」

暑さにバテた頭で理解ができず、眉をハの字にして首を傾げる。
名前で呼んでも。一体なんの話だろう?
解説を求めるように、六年は組の二人をちらりと見た。

「みょうじさんは俺たちに名前で呼ばれても、嫌じゃ無いかって話です」
「名前…あ、そういうことですか」

食満くんの回答に、人当たりの良い笑顔で頷く善法寺くんに、納得がいく。
最近続け様に色々な子から名前で呼んでもいいかと確認を取られている。
その度に好きに呼んでいいと答えていたのと、疲労も相待って七松くんに呼ばれたことになんの違和感もなかった。
人のことを名で呼びたがるなんて、一五歳もまだまだ可愛らしい子供だ。
そうすると、やっぱり今日のお誘いは、彼らも親睦を深めようとしてくれている可能性の方が高いかもしれない。

「どうぞお好きに呼んでください。嫌だなんて言いませんよ」
「でも、我々のこと、まだ警戒されてませんか?」

中在家くんの声が低く響き、驚いて隣の机を見る。
潮江くんが少し気まずそうに私から視線を外した。
あれ。もしかして、私より六年生の子達の方が気にしてる?

「緊張するときもありますけど、最近はかなり減りましたよ。というか、忍者のみんなに慣れてきた、の方が正しいかもですね」

気さくに話しかけてくれる五年生だって、私の様子が変だから探りを入れた。なんて言っていたあたりから、彼らに対しても六年生同様優秀な忍だなと思ったりしていたし、口にしてみて自分でも納得した。
学園を歩けば手裏剣を投げる授業風景があり、聞こえてくる座学は忍術のことで、傷を負って帰ってくる実習帰りの上級生を出迎えたり。
毎日こうも忍という存在を色濃く感じていたら、流石に慣れてもくるだろう。

私が笑いを滲ませてそう言うと、潮江くんは安堵の溜め息を仄かについて、Bランチの南蛮定食に再び箸をつけていた。
今の様子から、きっと一番気にしていた子なんだろう。
あの時はあんなに怖く見えていた潮江くんが、なんだかとても可愛らしく思えてくる。

その姿を見て、私も箸を持つ手を動かした。
直前までしっかり冷やされていたであろうきゅうりのシャキッとした食感を、目を閉じて味わう。
動き詰めで、水分もちゃんと取れていなかった脱水気味の体に染みる。
飲み込んで目を開けると、向かいに座る食満くんと善法寺くんがこちらをじっと見ていた。
口元を隠して慌てて声を掛ける。

「もしかしてタレ飛んじゃいました?」
「いや、美味しそうに食べるなあ、と思って」
「冷やし中華お好きなんですか?」

食満くんの通路を挟んだ隣に座る潮江くんの視線も感じ、隣の机を見るとみんなが私を見ていた。
やだ、お恥ずかしい。

「おばちゃんのご飯って全部美味しいから、つい味わっちゃうんですよね…今の、見なかったことにしてください」

火照って暑い顔を手で仰ぎ、赤みを隠すように俯きがちに麺を啜る。

「なまえさん、雰囲気が変わりましたね」

突然善法寺くんがこう言った。
口の中のものを飲み込んで、「悪い方に、ですか?」と問う。
善法寺くんは優しい笑みで首を振った。

「まさか。学園に慣れてきたのもあるんだと思いますが、随分と話しやすいです。以前も話しかけにくいとかはありませんでしたけど、より一層柔らかくなったと言うか。保健委員の後輩達も、最近嬉しそうに貴方の話をしてくれますよ」
「うちの委員会の左吉も、もっと早くに一年い組も声を掛ければよかったと悔しがっていました」
「図書委員の後輩たちも、皆きり丸に貴方の話を聞いています」
「体育委員のみんなにも今日一緒に食事すると言ったら、自分のことみたいに嬉しそうでした」
「こちらは藤内が誘いの予習が功を成したと満足そうにしてましたね。あの綾部も、穴掘りの話ができたのがかなり嬉しかったようで」

続々と出てくる話に目を瞬かせる。
そっか。みんな委員長で所属している子達から話を聞いているんだ。
食事をご一緒させてもらった後のことを教えてもらって、頬が緩む。
機会を設けてくれて、親しくなろうと動いてくれたことだけで十分嬉しかったのに。

「そう言ってもらえるようになって、ありがたい限りです。これも全部立花くんのおかげですね」

私がそう言うと、当の本人はきょとんとした顔をした。
覚えていないらしく、七松くんに何を言ったんだと突かれてもどの話だ?と首を捻っている。
なんだ、気にしていたのは私だけだったらしい。
鉢屋くん達にも言っていたくせに、と思わずこけそうになるが、おかげでここ数日は色んな交流が出来た。
それに免じて忘れていることは許してあげよう。
相変わらず距離感を掴み損ねていた六年生とも、少し打ち解けられた気もすることだし。

「せっかくお誘いいただいたところ申し訳ないんですが、仕事が山積みなのでこの辺で失礼しますね」

食べ終えて早々に立ち上がり、楽しい話をありがとうと開きかけた口を閉じる。
視界が一気に暗転し、頭が揺れて咄嗟に机に手をついてへたり込む。
がしゃん、と盆に当たった手が皿を鳴らした。
みんなが私を呼ぶ声がするが、頭の中で反響する。
あたまいたい、あつい、きもちわるい。
頭のみならず、胃のあたりもぐるぐると回る感覚に、これもしかして、と思う頃には誰かに抱えられ、私は医務室へ連れて行かれた。

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