というのも、いつの間にやら衝立を一つ用意してくださっており、寝る時も着替えも、可能な限り配慮してくれていた。
それを知ったら、色々と悩んでいた部分はすんなりと落ち着いた。
事務員として働くことに慣れた体は、いつもの時間に目が覚めると、仄かに香る食事の匂いと水の沸騰する後に、土井先生を起こさない気をつけながらも慌てて戸を開けて寝室を出る。
その後に振り向いたのはきり丸くんで、皆の朝食を用意してくれている最中だった。
朝の挨拶とお礼と謝罪を伝えて、慌てて手伝いに参加する。
「ここに帰ってきてる時、朝はこんな感じなんだ?」
「大体は俺がやって、あとは土井先生に手伝ってもらう感じ。いつも通りなら、もう少ししたら起きてくると思いますよ」
「ごめんね、思ったよりよく眠れちゃって…。物音気付かなかったな」
「それめっちゃいい事じゃないですか」
きり丸くんが嬉しそうに笑っている。
眠りが浅ければ、多分この微かな物音で目が覚めているし、それどころか外から聞こえる自然の音ですでに目が覚めていただろう。
自分が思っていた以上に安心して眠ってしまっていたみたいだ。
土井先生が、自分の身の回りのことに無頓着なのは聞いている。
学園で共に生活をしていたとて、朝出会うのは早くて食堂なので、すでに身支度が整えられてからだ。
ここでの生活は、アルバイトを手伝ったり何かのお裾分けでお邪魔したりした、日中のことしか知らない。
それと同時に、きり丸くんの事を思って少し悩む。
鍋の中には水が多めの、見るからに傘増しされたおかゆがあった。
夕べ市場に買いに行った食材を思い出して、その中からネギを選んで刻む。
うん、お昼から私がご飯作ろう。そうしよう。
ここに住まわせていただくお礼が、きり丸くんと二人で家事のお手伝いなのは、正直見合わないと思っていたところだ。
食費を負担すればきり丸くんも許してくれるはず。
何より、きり丸くんはこの夏休みは稼ぎ時だろうし、たくさん食べて動けるようにしてあげないと。
「おはよう」
寝起きの少し掠れた声が背後からした。
振り返ると跳ねた髪の毛は寝癖なのか判別し難く、少し胸元がはだけた土井先生が、眠気眼を擦って立っている。
恋というのは恐ろしく、私はその姿を見て顔こそ微笑みにとどめているが、胸の奥では驚くほど早く心臓が鼓動していた。
初日からこれでは先が思いやられる。
それに、自分は異性に対してこんなにどきどきすることができるのだと、初めての感情に動揺していた。
鍋に落とし蓋をして、自分の心にもぐっと蓋をする。
本当に良くない、切り替えなくちゃ。
外に出ていたきり丸くんが戻ってきて、入れ替わりで顔を洗いに出て行かれた背中を見送る。
「どうかしました?」
「えっ!?あ、いや、なんか、変な感じだなって。学園で一緒に生活してても、二人の寝起きに遭遇した事ないから、これが夏休み終わるまで続くのかーって思ってたところ」
「確かに、俺もなまえさんの寝起きに会ったことないや。ま、すぐに慣れますよ」
けろっと笑ったきり丸くんが、落とし蓋を開けて中の様子を確認する。
知らない間に粥に色がついていて驚いていた。
勝手に味付けを加えてしまったの、怒るだろうか。
「たくさんアルバイトするなら体は資本だから、少し足しちゃった。ここで暮らすお礼に私にご飯のことは任せてほしいな」
「でも」
「ダメなら、やっぱり泊まり込みのお仕事今から間に合うか、学園長先生に聞いちゃおうかなぁ?お知り合いの方のお家の場所、教えてもらってるし、行けちゃうなー」
「なんでそんなずるい事言うんだよー!なまえさん!」
頭を抱えてしまったきり丸くんの頭に手を置き、微笑む。
素直になってくれたかと思いきや、出会った頃のように他人に対して自分の気持ちを抑えられたり、難しい子だな。
夏休みの間に、もっと子どもらしい一面が増えてくれたら、私としてはとても嬉しいなと思う。
夏休み中の私の宿題、かな。
「お願いしますって言っていいんだからね。学園で暮らす前は、味はどうかはさておき私もご飯作ってたんだから。さ、朝ごはん食べちゃおう!アルバイトもあるんでしょ?」
夏休み前に私が言った通り、本当に、本当にたんまりとありとあらゆるアルバイトを引き受けてきているらしく、暫くは暇になることは無さそうであった。
多分だけど、土井先生にも手伝わせる気満々なんだろう。
一年は組が補修で夏休み登校にならないようにかなり頑張っていらしたし、目の下にクマをこさえていた日もあった。
一週間ほどは休ませてあげたい気持ちが強い。
大量のアルバイト、私だけでこなせたらいいけど。
土井先生が身支度を整えて、見慣れた姿で囲炉裏の前に座る。
準備はすでにできていた朝ごはんを三人分よそい、みんなで手を合わせる。
「いただきます!」
こうして、私と土井先生ときり丸くんの、長いようできっとあっという間に過ぎていく夏休みが、本格的に幕を開けた。