43. 縁は異なもの、味なもの

「昼から、一緒に出かけないか」

神妙な面持ちで掛けられた言葉に、朝ごはんを食べる箸の手を止める。
今日はきり丸くんのバイト代理も、予定も何もなくどうしようかと思っていた最中に突然の誘い。
これって、もしかして。くのたまの子達から聞いた「デート」って、やつだろうか。
いやいや。まさかまさか。
ただの買い物かもしれないし。
二人の時にこうして誘われたのが初めてで、いや、そもそも学園の外で二人になることがこれまであまり無かったわけだけど、そう思ってしまった自分を恥じる。
勘違い甚だしいにも程がある。
とりあえず断る理由もないので、覚悟を決めて頷くと、返事を受けた土井先生はどこか安心したような顔をされた。

「お昼から何かあるんですか?」
「知らないのか?今日は毎年恒例の夏祭りの日だよ」
「あぁ!今日なんですね」

通りで、先ほどから子供達のはしゃぐ声が窓の外から聞こえるはずだ。
一緒に行く友人もいなくて、子供の頃両親と行ったのが最後だったし、例年当日になると今みたく子供達のはしゃぎ声で夏祭りを把握していたのを思い出す。
きり丸くんがいなくて残念だ。
お昼に戻るからと土井先生が出かけられ、長屋に一人取り残される。
私は意を決した顔つきで、ばたばたと用意を始めた。

「ただいま!遅くなってすま、な、い…」
「お、お帰りなさい」

くのたまの子達の言うデートという言葉に踊らされたわけでは断じてない。
もったいなかったから着ただけだと、いつ突っ込まれてもいいように心の中で復唱する。
利吉さんと任務の付き添いで着た小袖は、学園長先生のお知り合いからそのまま譲り受けることとなり、直前まで悩んだもののこっちに持って帰ってきていた。
袖を通す機会があるとは思ってもいなかったけれど、再び日の目を浴びられたのは少し嬉しい。
髪型は、斉藤くんのように器用に結うことはできないけれど、普段しない髪型なら祭りっぽく華やかにはなるかも。と横に編み込んで垂らした。
何度やっても太さが歪で、やり直した回数は覚えていない。
最中、斉藤くんの凄さをひたすらに痛感していた。
私の数少ない荷物の中から、母の形見の淡い藍色の花飾りを取り出して、髪から落ちないようしっかり差し込んで、頭を揺らしても落ちないか確認していたら、土井先生が帰宅された。

「お祭り、なので。着飾ってみました。この間と違って全部自分でやったので、あんまり華美じゃないんですけど…やっぱり変ですかね?」

戸に手をかけて棒立ちになったままの土井先生に、何も言われていないのにぺらぺらと喋る。
張り切りすぎてしまったかも、と後悔の念が襲う。

「この間は綺麗だったけど、今日は可愛らしいよ」

はっきりと聞こえた声に、目を瞬かせて土井先生の顔を見た。
土井先生の顔が徐々に赤くなっていく。
つられて私の顔も熱くなっていく。
か細い私のお礼の声を最後に、静寂が辺りを包んだ。

「えっと、い、行こうか」
「はっ、はい!」

どこかぎこちなさが残る中、絶妙に遠い距離感で並び、子供達が走っていく方向へ連れ立つ。
あまりにも絶妙で、悪戯気質な子供が一人、私たちの間を無理やり駆け抜けていった。
二人揃って驚き、土井先生が一年は組の子達を叱る時よりは少し控えめに、その子に注意をする。
それをきっかけに、少しだけ私たちの距離は縮まる。

「なまえさんはこの夏祭りは毎年行ってた?」
「いえ、子供の頃両親と行ったのが最後です。土井先生はきり丸くんと行かれてましたか?」
「去年はきり丸が設営のアルバイトをしていて、その手伝いだったな」

その光景があまりにも鮮明に浮かぶ。
きり丸くんは、今年は堺で貿易商のお手伝いアルバイトだ。
規模感を考えると、稼ぎは今年の方が大きいのかもしれない。
本当はこういうことを楽しんでくれたら、と思うけどなかなかそうもいかないのが現実。
働かざるもの、食うべからず。稼ぎが足らなければ、学園生活を送られない。

「来年は三人で行けたらいいですね」
「…そうだね」

見えてきた会場は食べ物の香ばしい匂いと、射的や輪投げの屋台で大人も子供もはしゃぎ活気に溢れていた。
記憶の中の私は、どうしてもあれが欲しいのだと、輪投げ屋の景品に並んでいた陶器で作られた可愛らしいウサギの置物を父に強請ってとってもらったのを思い出す。
私が家の子になって初めてものを強請ったものだから、父は喜んで張り切っていた。
それなのに、私の不注意でその年のうちに落として粉々に割ってしまい、泣いて悲しんだ。
また買ってあげると慰めてくれたが、結局同じようなものを見かけることもなく、私もそれきりまた物を強請ることはしなかった。
輪投げ屋の前に差し掛かり、景品に目をやりながら通り過ぎようとするとぴたりと足が止まる。
そこには、あのウサギとよく似た置物が並んでいた。

「ここは輪投げかぁ。何か欲しいものでもあった?」
「あの置物がちょっと気になっちゃって。少しだけやってもいいですか?」

楽しむつもりでちゃんと銭は持ってきている。
少しだけ挑戦して、難しければ潔く諦めようと、呼び込みをするおじさんにお代と輪投げを交換してもらう。

えい、と狙いを定めて輪が宙を舞った。

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