道中では山田先生と土井先生のお部屋の二つ隣が、私の部屋であると伺っていたのだけど。
こちらに向かっている間に、「例の小松田さん」がぶち壊したと言う表現の通り、見事に私の部屋の障子戸を粉砕したらしく、現在部屋の中が外から丸見えの状態だと言うのだ。
入門票のサインをお願いしてきたのが苦笑いのヘムヘムだった時点で土井先生は何かを察したらしく、話を聞けばこう言う事情があったらしい。
私には、まだヘムヘムが何を言っているのか理解できなかったが、怪我をした小松田さんにお願いされ、代わりに出迎えてくれたそうだ。
一週間前は半信半疑だった小松田さんのやらかしが、こんな形で信憑性を増すなんて…。
「すみません、初日からこんな形で」
「話には聞いてたので…これも忍術学園の洗礼ってことですかね?あはは」
「もっと怒ってもいいんですよ、相変わらず人がいいんだから」
額に手を当てて深々とため息をついていらっしゃる。
胃が痛むのは、一年は組だけが原因じゃなさそうだ。
「荷物を置いたら、学園長先生のところへ向かいましょうか」
時折鹿おどしの風情ある音が響く中、土井先生と並んで学園長先生にご挨拶をした。
「早々小松田くんが申し訳ないのお」
「こちらこそ、日中お使いになられる客間を使わせていただくことになってしまい恐れ入ります。戸がなくとも休めますので、移動いたしましょうか?」
「女子がそんなことではいかん!全ての客間が埋まることも少ない。戸が直るまで暫し辛抱してくれい。ヘムヘム、用具委員会に修理を急がせなさい」
「ヘムゥ!」
学園長先生がどこかへ向かうよう手を振れば、ヘムヘムは走って出て行ってしまった。
道中、あまりにも気になっていたためヘムヘムについて尋ねれば、ヘムヘムは忍犬というらしく、独特な鳴き声は特訓の成果らしい。
犬も訓練すればあそこまで進化するという、新しい知識を得た。
障子戸は用具委員会が修理、か。
明日探しに行ってみよう。
「先に伝えた通り、今日は休校日。仕事は明日から、小松田くんに責任を持って部屋に迎えに行くよう伝えてある。学園内の事は、このあと土井先生に説明をお願いしてもよいかの?」
「承知しました」
「うむ、これにて解散!明日から頼みましたぞ」
「お役に立てますよう、精一杯」
「ええい先週も思ったがなまえくんは固すぎる!もっとこう、小松田くん程ではないが肩の力を抜きなさい」
手のひらをつけて深々と頭を下げようとすれば、学園長先生に呆れたように止められた。
肩に力を入れているつもりはなかったのだが、そう受け取られては仕方ない。
「えー、っと…お役に立てますよう、頑張ります」
恐る恐る下げた頭を元に戻せば、学園長は肩の力を抜くことが課題じゃな、と呟いた。
学園長先生の庵を出て、そのまま学園を案内してくれるという土井先生の服は、私服のままであった。
「あの、土井先生?学園の中ですし、お着替えになられた方が良いのでは?」
「今日は休みですから。さて、一日で覚えられるとは思っていませんので、のんびり回りましょう」
聞くところによると、どうやら学園はかなりの広さを持つらしく、また、万が一外部に漏れてもいけないので場所を書き記すこともできず、己の記憶に叩き込まないといけない。
物覚えはいい方である自覚はあるが、聞き馴染みのない名称もあるだろうし、少し不安だ。
よく使うであろう場所を中心に、外観と名前を擦り合わせていく。
本来の部屋がある職員長屋を案内してもらえば、散らばった木の破片を掃除している井桁模様が見えた。
もしかしなくても、あそこは私の部屋だろう。
「お前たち、掃除してくれていたのか?」
「あ、土井先生となまえさんだ!」
「え、なまえさん?」
「なまえさんもう来てるの?」
そんな声がすれば、中から乱太郎くん、きり丸くんが現れた。
縁側を掃除してくれていたのはしんべヱくんだったらしい。
声を揃えてこんにちは!と、元気な挨拶をしてくれた。
「こんにちは。せっかくのお休みなのに、お掃除してくれてたの?」
「学園長先生が、お礼におやつくれるって言ったので、えへへ」
「し、しんべヱったら…私たち、きり丸のアルバイトの手伝いをする予定だったんですけど、無くなって暇になっちゃったんです」
「俺はおやつより駄賃が欲しいけどな」
稼ぎが無くなった事に不貞腐れているのか、どこか不満げに言えば、土井先生がすかさず頬を摘んで伸ばした。
「本人を前にしてそんなことを言うんじゃない!」
「まぁまぁ。彼らのせいじゃないですし。きり丸くん、手出して」
「こうっすかあ?」
片手に箒を握ったまま、もう一方を私へ突き出す。
そこへ銭を一枚握らせれば、目を銭の形にしてあへあへと大喜びだ。
「ちょっと、なまえさん!」
「あと、これお団子三本入ってるから。お掃除が終わったらみんなで一本ずつ分けてね。でもこれは私からのお礼だから、後でちゃんと学園長先生からも頂くんだよ」
道中の腹ごしらえにと、持っていた団子が役に立ってよかった。
はーい!と元気な声と、報酬を得たことで水を得た魚の如くキビキビと働き出したきり丸くんを確認して、さぁさぁと次の場所への案内を促す。
全く、と呆れたため息を吐いて、歩みを進めた土井先生の後を追った。
「あんなことしちゃダメじゃないですか」
「あんなこととは?」
「あなたのせいでもないことで、きり丸に報酬をあげたり」
「いいじゃないですか。姉から弟へのお小遣いみたいなものですよ。それより土井先生、やっぱりお着替えになられた方がよかったのでは?」
「そうやって話題を変えようとして」
「いえ、すごく見られてますので。私たち」
特に、子供たちの居住する区画、忍たま長屋と呼ばれるあたりへ足を踏み入れてからと言うもの、そこかしこから視線が突き刺さっているのだ。
目が合うなり慌てて隠れる子もいれば、見ていないふりを決め込む子、負けじと見つめ返してくる子にはそっと手を振れば、ぺこりと頭を下げてくれたり、手を振りかえしてくれたり、三者三様。
「ちゃんと気付いていますよ。実は、あの日食堂にいた一年は組と教職員以外は事務員が増えることを知らないんです」
「え、そうなんですか?」
「あの子たちが言いふらしていなければですけどね。なまえさんの明日一番のお仕事は、全校生徒の前で挨拶をすることからですよ」
「全校生徒の前で!?そんな話聞いてませんが」
「えぇ、今伝えましたから」
しれっと伝えられた事に衝撃を受け、怨みがましく土井先生の顔を睨む。
「そんな、私挨拶なんて考えてませんよ」
「挨拶なんて頑張ります!とか、そんなので十分です」
一体どんな重たい挨拶をするつもりなんですか、とけたけたと笑っている。
そんな声が気になったのか、少し先の障子戸が開いた。
「土井先生、学園内で堂々とデートですか」
「デ!?ひっ」
その声に釣られたのか、続いて両隣の戸も勢いよく開いた。
思わず驚いて情けない声が出る。
「小平太、そんなわけないだろう」
驚いて土井先生の後ろに思わず隠れてしまった私に反して、土井先生は動揺もなく顔を覗かせた少年を嗜めた。
「驚かせてしまってすみません。彼らは学園の最上級生になります。なまえさん、先にご挨拶しておきましょうか」
「あ、そうですよね…えっと」
背後に隠れている間に、気づけば真ん中の部屋の前に四人の男の子たちがいた。
「土井先生の推薦で、明日から事務員として働かせていただく事になりました、みょうじなまえと申します。ご迷惑をお掛けすることもあると思いますが、よろしくお願いいたします」
土井先生の推薦であることは、なるべく言った方がいいと言われていた。
その方が聞き手の安心感が違うらしい。
土井先生が学園内でとても信頼されていると言う嬉しい話なのだが、それはそれで私への期待値も共に上がるわけなので、私の中の不安が倍増してしまう。
「恋人ではなく新しい事務員の方でしたか、六年い組立花仙蔵です」
「六年ろ組の七松小平太です!」
「同じく、中在家長次、です」
「六年は組の善法寺伊作です。恋人かと思って思わず飛び出しちゃって、すみません…」
ははは、と最後の一言に苦笑いを返しておく。
しかし一年は組のあの人数でもまだ覚えきれた自信のない中、一日にこれ以上挨拶をいただいても覚え切れる自信がない。
立花くん、七松くん、中在家くん、善法寺くんと名前を繰り返し、六年生はこれで全員なのかと尋ねてみれば、あと二人いるそうだ。
「あいつらは今頃裏山で喧嘩してますよ」
「え、えぇ…?止めなくていいんですか?」
「ああいいんです。いつもの事なので」
善法寺くんの言葉に、残りの三人が頷く。
忍者の学校って、やっぱりちょっと変わってるのかも。